面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「少年H」

2013年08月15日 | 映画
戦前の神戸。
明朗快活で好奇心旺盛な少年・妹尾肇(吉岡竜輝)は、母親が編んでくれたセーターに大きく「H」と入っていたことから、「H」のあだ名で呼ばれていた。
Hは、洋服の仕立屋を営む父・盛夫(水谷豊)と優しい母・敏子(伊藤蘭)のもと、妹の好子(花田優里音)とともに、明るく元気に楽しく毎日を送り、好奇心いっぱいにすくすくと育つ。
誠実で腕のいい職人である盛夫は、神戸に滞在する多くの外国人から贔屓にされていた。
敏子は、日曜の礼拝を欠かさない敬虔なクリスチャンで、肇や好子に倒して時に優しく、時に厳しく、大らかに一家を支えていた。

幸せいっぱいの妹尾家にも、戦争の影がひたひたと迫る。
外国人が次々と母国へと帰り始めて盛夫の仕事も減ってきただけでなく、教会での礼拝に対して批難する声も大きくなっていった。
Hに洋楽を聴かせてくれた「うどん屋の兄ちゃん」(小栗旬)が政治犯として逮捕され、召集令状が来た映写技師の「オトコ姉ちゃん」が脱走して憲兵に追われる。
盛夫までもがあらぬ嫌疑をかけられて特高に連行されるに至った。
日に日に軍事統制が厳しくなり、自由に発言することも憚られる世の中へと変わっていく。

やがてHは中学に進学するが、軍事教練ばかりの毎日が続いた。
盛夫は召集は逃れたものの消防署に勤めることとなり、空襲が始まった神戸の街を忙しく走り回っていた。
敏子は「隣組」の班長になり、戦況悪化の折から、妹の好子は田舎に疎開することとなって、妹尾家の日常は激変していく。
ついに敗色濃厚となってきたある日、神戸は大空襲を受ける。
燃え盛る炎の中、敏子と共に懸命に逃げるH。
翌朝、消防活動から戻った盛夫を迎えるHだったが、焼け野原となった神戸の街の中、ただ立ち尽くすしかなかった。

敗戦を迎え、何もかも失ってしまったHたち。
家族四人、生き残って一緒に暮らせることは何よりも幸い。
突然大きく価値観が変わってしまった世の中だったが、一家は再び新たな一歩を踏み出していく…


「戦争とは、年寄りがはじめて、おっさんが命令し、若者が死んでいくもの。」
以前、何かで見聞きしたこの“戦争の定義”に大いに共感する。
そして戦争によって最も被害を被るのは、市井に生きる名もなき庶民。
戦争の色が濃くなるに連れて不穏な空気が漂い始めると、庶民はその“空気”に怯えるしかないのだが、中には“空気”に迎合して保身を図ることで不安を払拭しようとしているかのような者がいる。
やがて戦争が始まれば、働き手である夫や息子たちは戦場に送られ、残された家族も戦禍の中を命の危険にさらされ、庶民は不安に苛まれる日々を送らされることになる。
リベラルで平和に暮らす少年Hの一家を通して第二次大戦の実情が丁寧に描かれ、戦争の記憶を残しておくための記録映画としても意義深い。

厳しさを増す軍事統制下に、はばかることなく「おかしい」「間違っている」「なぜ?」を口にするH。
そんな息子に対して盛夫は、しっかりと現実を見つめることの大切さを説くと共に、家族が無事でいるためには、信仰や自分の考え、時には正義であっても自分の胸の内に収め、決して表には出さないことが大切であると家族を諭す。
多くの外国人と交流し、誰よりもリベラルな思想を持っているはずの盛夫だが、家族を守るためには全てを押し殺して生きていくことの重要性を肝に銘じる強さがあったからこそ、終戦直後の茫然自失となる状態からも立ち上がることができる、強い絆を持った家族を築くことができたのだろう。
戦争を通して描かれてはいるが、矜持を持ちつつしなやかに生きることの必要性を改めて思い知らされ、現代を生きるうえでも大切なことだと認識を新たにした。


また、神戸大空襲のシーンも、戦争の記憶を後世に伝えるものとして特筆すべき点。
轟々と燃え盛る炎の迫力はもちろんのこと、全て燃え尽くして一面瓦礫の原と化してしまった神戸の街並みに思わず息を飲む。
また、空襲時に空から降り注ぐ焼夷弾の描写も、過去に例を見ない生々しさが見事。
焼夷弾はモノに当たった瞬間や、上空で爆発するものと思っていたが、それだけではなく、地面に突き刺さって一瞬の間があってから爆発するものでもあるということを、本作で初めて知った。
残された当時の資料や体験者の話を丹念に取材して再現したとのことで、自身も戦争体験者である降旗監督の思いがひしひしと伝わってくる。


「事件記者チャボ」以来という共演を果たした水谷豊と伊藤蘭が、実際の夫婦であるということを超えて見事に役にハマっていることも、本作をより魅力的にしている。
「配役の妙」ということの重要性もまた再認識。

戦前から戦後にかけての神戸を舞台に、今までになく個別具体的に戦争の悲惨さ・愚かさを伝え、戦争に翻弄されながらもしたたかに生きる庶民の力強さに「希望」を描く、名匠・降旗監督の手腕が光る秀作。


少年H
2012年/日本  監督:降旗康男  脚本:古沢良太
出演:水谷豊、伊藤蘭、吉岡竜輝、花田優里音、小栗旬、早乙女太一、原田泰造、佐々木蔵之介、國村隼、岸部一徳


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