面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ルート・アイリッシュ」

2012年05月17日 | 映画
リバプールの教会で、イラクで戦死した兵士フランキー(ジョン・ビショップ)の葬儀が行われた。
ファーガス(マーク・ウォーマック)は、無二の親友の死に、やりきれない思いで参列していた。
「大事な話がある。今夜でないとだめだ。電話がほしい。」
フランキーが戦死したその日、ファーガスは彼から携帯の留守番電話にメッセージを受けていた。
ところが、酒の上でのいざこざが原因で留置所に入れられていたため応答できず、後悔の念に苛まれていたのである。

葬儀の場でファーガスは、知人の女性マリソル(ナイワ・ニムリ)から、フランキーの残した手紙と携帯電話を受け取る。
その携帯電話に保存されていた画像の中の言葉の翻訳を、イラク出身のミュージシャン、ハリム(タリブ・ラソール)に依頼した。
そこに映っていたのは、幸せそうな家族の映像に続いて、銃声と共に二人の少年が射殺された様子だった。
銃を撃ったのは、イラクにいる兵士ネルソン(トレヴァー・ウィリアムズ)で、その場にいたフランキーは激怒していた。
何ら罪の無い民間人が殺害される瞬間の映像が残されていたのである。
それを見たファーガスは、フランキーの死に対して不信を抱いた。

5歳で出会ったファーガスとフランキーは、将来は世界に飛び出そうという夢を共有していた。
ファーガスは、イラク戦争に民間兵として赴けば莫大な報酬が得られると、妻のレイチェル(アンドレア・ロウ)への気がかりから渋るフランキーを強引に誘って連れ出したのだった。
皮肉にも戦争に参加することで子供の頃からの夢を果たした二人だったが、体力的にも精神的にもタフなファーガスに対して、気の優しいフランキーは、戦場での過酷な毎日から精神を崩壊させかかっていた。
そしてファーガスは先に帰国したが、イラクに残ったフランキーの神経は疲弊し、ネルソンが民間人を殺したことに大きな衝撃を受け、残された遺族に賠償しなければならないと訴えていたのだった。

ファーガスは、自身も戦場で負った心の傷を抱えつつ、レイチェルやイラク軍にいる知人の協力を得ながらフランキーの死の真相を追った。
死の直前にフランキーは、世界一危険なルートと呼ばれる、バグダッド空港と市内の米軍管理地域グリーンゾーンを結ぶ「ルート・アイリッシュ」での警護の任務に、何度も就いていたことが分かる。
軍事企業の秘密を暴こうとファーガスが更に調査を進める中、レイチェルの家に何者かが侵入し、ファーガスに翻訳家として協力を続けていたハリムが暴行を受けた……


「グリーン・ゾーン」や「ハート・ロッカー」、「告発のとき」など、イラク戦争を題材にした作品が数多く作られているが、本作で取り上げられている題材は、コントラクターと呼ばれる民間兵。
国家公務員たる軍人としての兵士ではなく、各国の要人警護などのために雇われた、民間企業の“社員”である。
アメリカでは、基地の建設や施設の管理、物資の搬送、兵士への給食に衣類の洗濯など、軍隊の後方支援に関わる部分だけでなく、戦場における警備といった、あらゆる業務が民間企業に業務委託されていた。
イラクに兵士を派遣していたイギリスも同じことで、本作ではイギリスの軍事企業に雇われた民間兵が主人公として描かれている。
イラク戦争の最大の特徴は、この「戦争の民営化」にあるということを本作で改めて認識した。

戦争には莫大な経費がかかる。
しかし世界的な不況の中、戦費をいかに抑えるかは国の財政にとって重要な課題である。
その課題を解決するために、軍の戦地における業務の一部を切り出して民間に委託される。
そしてその中には、戦場における警備という軍人の本業部分も委託されているのである。
軍人としての兵士が戦場で戦死すれば、国はその兵士を丁重に扱って手厚く葬り、遺族には年金を支給しなければならない。
国家予算から考えると、その手間暇経費はバカにならない。
戦争が激化し、長引けば戦死者も増え、それに伴って莫大なコストとなっていく。
ところが、民間企業に雇われた民間兵は国としては何ら関与する必要がない。
兵士の戦死は、あくまでも委託先の企業における労務上の問題であり、国として手厚く葬る必要もなければ遺族年金を支払う必要もない。
しかも国として戦死者数を発表する際には、実際に戦場で「兵士」として亡くなった人数のうち、民間兵はカウントされないために、実質的な過少報告が可能となる。
戦争を遂行するうえで、国にとってこんな都合のいいことはない。


戦争とは、国と国との争いである。
そこには、戦争当事者たる国の国民個人の意思など存在しない。
そして国民の意思・意向に関わらず、国として威信をかけて戦うために国民を徴収し、命を“消費”する。
国が無理やり個人の命を危険にさらすのであるから、国がそのことに対して補償し、賠償するのは当然であり、国という組織の責任であるはず。
軍務の業務委託とは、この国として果たすべき責任を放棄する、無責任極まりない行為だ。

軍事企業といえば、「アイアンマン」に描かれるような兵器メーカーを意味するというイメージが強いが、戦争における兵士が担うべき業務を請け負う企業もあるということに愕然となった。
国家予算における支出の節減として様々な業務が民間に移行されることはよくあるが、“戦争業務”までも民間に委託されるのはおかしい。
そうまでして戦争する意味がどこにあるか?

そう考えるうちに、いわゆる戦争というものの本質が変わってきた気がした。
かつては、国と国とが互いの威信をかけて踏み切るのが戦争であったが、近年においては、一部の企業が利益を得るために、言いかえれば一個人が富を得るために行われるものになったのではないか。
戦争があるから利益を得る人間が出るのではなく、利益を得る人間が稼ぐために戦争があるのだろう。
なんなんだ?これは!


イラク戦争の日本人にとって知られざる一面を描く社会派サスペンスであると同時に、人の命を消耗して富を得る極悪人に戦いを挑む復讐劇でもある、名匠ケン・ローチ監督ならではの秀作!


ルート・アイリッシュ
2010年/イギリス=フランス=ベルギー=イタリア=スペイン
監督:ケン・ローチ
出演:マーク・ウォーマック、アンドレア・ロウ、ジョン・ビショップ、ジョフ・ベル、ジャック・フォーチュン、タリブ・ラソール、クレイグ・ランドバーグ、トレヴァ-・ウィリアムズ、ジェイミー・ミッチー、ナイワ・ニムリ、アンソニー・シューマッハー、スティーヴン・ロード


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