面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ユナイテッド93」

2006年09月04日 | 映画
2001年9月11日。
職場で残業中、隣の部署から戻ってきた後輩が、
「今、テレビのニュースでやってたんですけど、なんかニューヨークで飛行機がビルに突っ込んでえらいことになってますよ。」
「はぁ?何や、それ?」
平和なマヌケ声が自分の第一声だった。
すぐに職場のテレビをつけると、モウモウと黒煙をあげるビルが映っていた。
情報が錯綜していて、何が起きたのかさっぱり分らなかった。
認識できたのは、特撮ではない実像が持つ、吐き気をもよおしそうなリアルな恐怖感だけだった。

記憶を辿れば、あの晩得られた情報は次のとおり。
  ①飛行機が2機、ワールド・トレード・センターに突っ込んだこと
  ②飛行機が1機、ペンタゴンに突っ込んだこと
そして次の情報は失念していた。
  ③飛行機が1機、墜落したこと
この③について、他の3機と同じ犯行グループにハイジャックされ、何ら目標物を攻撃することなく墜落した、という情報が報道されたことさえ覚えていない(しかし本当に日本のマスメディアで報道されたのか?)。

ここを訪れていただいている皆さんはいかがだろう。
アメリカ在住の方を除いて、一般的な日本の皆さんは、今、思い出せることは上記の2つではあるまいか?
③の事実を何人の方が覚えていらっしゃっただろう。
ましてや、4機の飛行機がハイジャックされ、その内の1機であるニューアーク空港発サンフランシスコ行きユナイテッド93便が、どこにも到達せずにペンシルベニア州シャンクスヴィルに墜落した、という詳細な事実を。
(覚えていた方は是非コメントを)

その日、ユナイテッド93便は、朝のラッシュに巻き込まれて30分遅れで離陸した以外は特に問題もなく、サンフランシスコを目指して飛んでいた。
朝食が配られ、なごやかな空気が流れる機内で、突如テロリスト達が爆弾を掲げながら操縦室を占拠し、乗っ取ってしまった。
混乱状態の機内で、地上の家族に連絡をとった乗客が、飛行機がワールド・トレード・センターに突っ込んだことを知る。
なんと、飛行機を使った“自爆テロ”だ!
自分達が乗ったこの飛行機もどこかの“目標物”に突撃する!?
パニックに陥る機内。
しかしそんななか、ある乗客が意を決した。
「我々で何とかしよう!」
操縦経験のある乗客もいる。
管制塔で仕事を経験した乗客もいる。
武器になるものをかき集めてテロリストに立ち向かい、飛行機を自分達の手に取り戻すのだ!
乗客乗員達は決意し、立ち上がった…。

絶望的な状況下で、乗客はそれぞれ地上にいる家族や恋人に電話をかける。
「愛してる」とメッセージを残す姿に胸が潰れる。
以前テレビで見た、御巣鷹山に墜落した日航機に残された遺書を思い出し、いたたまれない。。

こうして最後のメッセージとともに残された機内の様子についての断片的な情報を、綿密な取材だけでなく、乗客乗員を演じる役者達が遺族とコンタクトを取りながら役作りをすることで、丹念に紡いでできた物語。
また、実際に当日管制業務に携わった人々が、本人として映画に登場し、より臨場感を演出している。
「所詮は作り事」などとあなどることなかれ。
ユナイテッド93に生まれた奇跡的な勇気は真実であり、本作はその勇気と立ち上がった乗員乗客の名誉を後世に残し、人々の記憶にとどめるためのツールとして存在することこそが、何よりも重要なのだから。

しかし、敢えて書いておきたい。
ここで言う“名誉”とは、残された人々、即ちユナイテッド93便の乗員乗客達の行動の結果として自爆テロが失敗に終わったことで助けられた人々により、彼らに贈られるものであるが、あの状況下における彼らを突き動かしたものは、ただ生き残りたいという生への執念だろう。
愛する人の元へ帰りたいという一念が、彼らのモチベーションを支えるのだ。
言い換えればそれは「生存本能」であり、“国家に対する忠誠”などという美辞麗句で片付けられるような「思考」などではない。

映画の中でも、「テロ行為を阻止してアメリカを守るのだ」というような、一部の人間が感涙に咽ぶようなセリフは無く、いかにして飛行機を自爆テロの手から奪還して生きて帰るかに知恵を絞る乗客の姿が鮮烈に描かれている。
ユナイテッド93便はワシントン方面へと針路変更していることから、ホワイトハウスを目標に定めていたと推測(映画でも操縦士は目の前の操作パネルにホワイトハウスの写真を貼っていたという設定)され、おそらくはアメリカの首都機能マヒを狙ったものと考えられる。
それを阻止した乗員乗客の献身的かつ勇敢な行動は、当然称えられるべきものではあるが、ことさらに「国家を守るために殉じた」というように話を飛躍させ、翻ってテロリストを根絶せんという大義名分に話をすりかえられ、無意味な派兵を装飾するプロパガンダとして悪用されないことを祈る。

ユナイテッド93便乗員乗客の勇気は、愛する人への個々の思いの結晶なのだ。


ユナイテッド93
2006年/アメリカ・イギリス  監督:ポール・グリーングラス
出演:コーリイ・ジョンソン、デニー・ディロン、タラ・ヒューゴ、サイモン・ポーランド、デヴィッド・ラッシュ