虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

強硬に

2011年02月01日 | Weblog

仕事の関係で、毎日けっこう歩いている。 

先日久しぶりに会った知り合いが、

「瘦せたね」

と、ちょっと心配そうに声をかけてくれた。

この年で、急激に痩せると、病気を疑う。本人はけっして急激に痩せた訳ではないが、久しぶりに会う人には、急激な感じを与えるのだろう。

自分から進んで身体を動かすことは苦手だから、強制的にその環境に自分を置くことは、いいことなのだと、思っている。

運動の方は、強制的でもいいが、精神的な苦痛は勘弁願いたい。

 

貧富の差を、日本では実感することはなかったが、ペルーで、はじめてそれを膚で感じた。

「勉強しないと、○○みたいになるよ」

と、子供に言っても、その○○が周囲にはないから、勉強の動機付けにはならない。下手な例をあげれば、それでもいいよ、と返事がかえってくる。

それが日本だった。

ペルーではそんなことを子供に言う必要は全くなかった。家を出れば、裸足のこども、信号で寄ってくる物貰いの子供、車で外に出れば、周囲には三匹の子豚の家がひしめき合っている。

子供でも、その意味を理解する。

現代でも、それほど変わってはいないだろう。一朝一夕では、格差の差を、小さくするのは困難だ。

差をなくしたいと願う人は、なくすための立場にはなかなかなれない。

そんなことはどうでもいいと思っている人が、それなりの地位につく。

だから、ペルーでは、貧富の差を埋める大事業は遅々として進まない。

 

日本でも、格差の広がりが問題視される。

格差を小さくしようと、志をもった人が、それなりの地位についているだろうか。

たぶん、違うだろうな、と想像している。


 

日記@BlogRanking      女の子ブタさん

http://putiya.com/4animal_usagi01.html  

コメント
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