水王、土王の登場の前に八社之神(八面)の舞がある。
遠山地方を支配した遠山氏は鎌倉時代後期には地頭代として荘園を管理し、
その遠山一族の中で最も有名な、戦国時代から江戸時代初期まで君臨した遠江守景広・土佐守景直ー親子二代
「源王大神(遠山遠江守)」「政王大神(遠山土佐守)」
「両八幡・先祀(家老)」 「両八幡・後祀(家老)」
「住吉明神(遠山嘉兵衛)」・「日吉明神(遠山新助)」 唯一人女の神様「一の宮」は遠山土佐守の奥方 「淀の明神(茂佐衛門)」の計八人。
遠山氏一族の支配は1616年の百姓一揆によって滅ぼされ、終わりを告げる事になる。
その数年後に疫病が流行し、滅ぼされた遠山氏の祟りを恐れた村人は、
遠山氏一族の霊を鎮めるために、後にこの八社之神の舞を加えたと伝えられている
滅亡後400年を経た今尚、遠山氏の足跡や記憶は語り継がれている。
四面(水王・土王・火王・木王)が出揃うと社の四隅に位置し、
「ほら、よーっせっ、ほら、よーっせっ」という掛け声に合わて、神々が乗り移ったかのように荒れ狂う。
興奮の中に静かに現れたのは宮天伯様
弓と鏑矢を持って現れ、東西南北天地に向かって矢を放ち、
最後に「天下泰平、国家安全、五穀豊穣、めでたく叶う」と唱え、
「叶う」と書いて、ここで面を付けた舞が全て終わる。
小さな神社から外に出ると辺りは明るくなっていました。
山里の冬。
静まり返ったこの里の夜、それぞれの神社で受け継がれる霜月まつりの興奮は
見た人でないと味わえないかもしれない。