「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

沖縄リカバリートーク (6)

2013年12月08日 23時53分15秒 | 「BPD家族会」
 
(前の記事からの続き)

○ 分裂

 病院の待合室で、 心子の受診を待っていたとき、

 診察室から 絶叫が聞こえてきました。

 「誓いを破ったんです ……!

 お父さんとの誓いを ……!!」

 心子は ペンで喉を刺そうとしていました。

 そして 失神しました。

 夜まで病院にいたあと、 何とか 僕の部屋に連れてきました。

 心子は 悪夢に再三飛び起きて、 カッターで何回も 喉を掻っ切ろうとしました。

 1時間ほどして 心子は落ち着いて、

 壁にかけてある 僕のウィンドーブレーカーに 目を付けました。

 「いいなあ、 これ ……」

 心子はいかにも物欲しそうな 甘えた眼差しで、 僕に振り返りました。

 さっきの騒ぎは まるっきりどこかへ 行ってしまっています。

 「いいなあ ……」

 「分かったよ、 あげるよ」

 「やったあー!」

 アップダウンが より目まぐるしくなっています。

 例のように心子は、 友達のことなどを 面白おかしくしゃべったり、

 たわいなく甘えたりしました。

 こういう 楽しくて愛すべき面が ふんだんにあるから、

 大変なことがあっても 心子とは離れられません。

 どんな辛いことも相殺して 余りあるものがありました。

 ですが、 またすぐに 心子は揺れ動きます。

 「…… 生きることが分からないの ……

 死ぬことしか教わらなかったの……」

 心子は忍び泣きました。

 僕に どこまでできるか分からない。

 でも 心子にはぎりぎりの誠実さで 向き合っていこう。

 僕は 心子の胸に顔をうずめて 涙しました。

 心子は、 やおら手を合わせて、 神に祈りを捧げました。

 「この人は 二十年間苦しんできた人です。

 きっと成功して、 作品が世に影響を与えますように。

 どうか、 稲本雅之の名前を覚えてくださって、 特別のお計らいをもって、

 続けて チャンスと能力を お与えください ……」

 完膚なきまでに叩きのめされるのも 心子ならば、

 癒してくれるのもまた、 心子でした。

(次の記事に続く)