5月17日(木)雨。肌寒し。
先日来、報道されている17歳少年による母親殺害容疑事件。単なる殺害容疑だけでなく首を切り離したとして持ち歩き、警察に自首するという異常さ。何ともおぞましく、私には理解不能である。
東京の多摩での少女誘拐連続殺人事件とか、神戸でのサカキバラ事件とかは、肉親ではなかった。
だが、最近の歯科医の息子の妹殺人バラバラ事件とかにみるように、肉親でありながら、殺害して切り刻むとは、どういう神経なのだろうか。
その行為に没頭している加害者の姿を想像すると、まさに身の毛のよだつ思いがする。
しかも、いずれの事件でも、加害者(容疑者)は貧しい環境に育った者たちではないようだ。
特に、今回の事件の被害者の母親は保育士だという。それも年齢から察するにヴェテランのようである。
だとすれば、我が子の育て方にも普通以上の心配りであったことと思われる。
そうしたなかにあっても、このような行為をしたのでは、とされる子になってしまったというのは、一体、どう考えればいいのだろうか。
一番安易な解釈は、本人が持って生まれた特異な資質のためとすることだろう。
しかし、こんな事件、少なくとも新聞報道というものが始まって以来、どれほど起きているのだろうか。
過去には聞いたことも無いように思う。
だとするならば、このような人間が次々のように生じるということは、やはり近年の日本社会のどのような多様な要因の相乗の結果なのだろうか。
こうした犯行に対しては、少年法の厳罰化を言ってみたところで、何の処方にもならない気がするだけである。
被害者の身になってみるとき、その場、その時の「何故!どうして?」という戸惑いと言い知れぬ恐怖はいかばかりであっただろうか。
今は唯、人間という生きものの不可思議さと、恐ろしさに改めて考え込むほかないのだろうか。
今日の国会での”衆議院教育再生特別委員会質疑”でも、この事件が話題にのぼったが、果たしてそれがいつの日にどのような効果を、あげられることとなるのであろうか。
母親の右腕も切断 部屋の植木鉢に 容疑の高3(朝日新聞) - goo ニュース
先日来、報道されている17歳少年による母親殺害容疑事件。単なる殺害容疑だけでなく首を切り離したとして持ち歩き、警察に自首するという異常さ。何ともおぞましく、私には理解不能である。
東京の多摩での少女誘拐連続殺人事件とか、神戸でのサカキバラ事件とかは、肉親ではなかった。
だが、最近の歯科医の息子の妹殺人バラバラ事件とかにみるように、肉親でありながら、殺害して切り刻むとは、どういう神経なのだろうか。
その行為に没頭している加害者の姿を想像すると、まさに身の毛のよだつ思いがする。
しかも、いずれの事件でも、加害者(容疑者)は貧しい環境に育った者たちではないようだ。
特に、今回の事件の被害者の母親は保育士だという。それも年齢から察するにヴェテランのようである。
だとすれば、我が子の育て方にも普通以上の心配りであったことと思われる。
そうしたなかにあっても、このような行為をしたのでは、とされる子になってしまったというのは、一体、どう考えればいいのだろうか。
一番安易な解釈は、本人が持って生まれた特異な資質のためとすることだろう。
しかし、こんな事件、少なくとも新聞報道というものが始まって以来、どれほど起きているのだろうか。
過去には聞いたことも無いように思う。
だとするならば、このような人間が次々のように生じるということは、やはり近年の日本社会のどのような多様な要因の相乗の結果なのだろうか。
こうした犯行に対しては、少年法の厳罰化を言ってみたところで、何の処方にもならない気がするだけである。
被害者の身になってみるとき、その場、その時の「何故!どうして?」という戸惑いと言い知れぬ恐怖はいかばかりであっただろうか。
今は唯、人間という生きものの不可思議さと、恐ろしさに改めて考え込むほかないのだろうか。
今日の国会での”衆議院教育再生特別委員会質疑”でも、この事件が話題にのぼったが、果たしてそれがいつの日にどのような効果を、あげられることとなるのであろうか。
母親の右腕も切断 部屋の植木鉢に 容疑の高3(朝日新聞) - goo ニュース
1日働いて疲れた体で息子たちのアパートに世話をしに行き、そこでこんな最後を遂げた母親の無念はいかばかりでしょうか。その日が誕生日?だったようですね。
普通の家庭の普通の子(精神科に通っていたようですが)がこういう凶行に走る・・・また殺害の仕方の異常さ、遺体の一部を持ち歩く神経、どんな専門家でも答えは出せないように思います。
子育ての失敗、とも思われないこういう事件がジワジワと増えそうで何ともやりきれませんね。
先ほどもヤフーのニュース拾い読みしてましたら、被害者の夫のコメントが出ていました。
他人事ながら気の毒になります。とても、現実のこととは受け止められないでしょうね。
この容疑者の少年は、アメリカで先日起こった銃乱射32人無差別殺害事件に強い関心を寄せていたようにも、報じらています。
世界中での情報が国の内外を問わず、映像を伴って瞬時に飛び交う。それが、眠っている何か強く刺激するのでしょうか。そして連鎖反応を生む…。
貧乏とは無関係のところでの物と情報があふれる中での人間同士のお互いの温もりの蒸散とでも言ったらいいのでしょうか。
いままで無かったと思います(全部バラバラにして
壁に飾る予定だったとか。。。。
ゲームとインターネットによる過剰情報がすべての
要因に思えてなりません。
<ゲームとインターネットによる過剰情報がすべての
要因に思えてなりません。>とのこと。
私は、PCでのゲームやったことがないので、その面白さや、現実との区別がわからなくなるという恐ろしさが想像できないのですが、そうだとすると、これは大変なことですね。
唯、いくら、ゲームやインターネットでの情報過多とは言え、それで子どもの母親に対する感情までもが喪失してしまうなんてことがおこりうるのでしょうか。母親への愛情は、普通はたちがたいものがあって、他人は対象にしても、自分の母親だけは格別であろうとしか、私にはかんがえられないのですが…。
どんなものなのでしょうか。
ところで、ここのところご無沙汰しております。
ゆっくりお話したいものでね。
今日は、東京へ日帰りで行って、今、家に着いたところです。
コメントありがとうございました。
知れませんね。
こういう犯罪は時代を問わず存在しているものですし。
でも近年、
イラクで捕らわれた人の処刑シーンや自殺者の投稿映像等など、死の映像がインターネットで安易に閲覧できる状況になっています。興味本位で(ホラー映画を見る感覚で)そういったサイトにアクセスしている子供たちが、感覚的に麻痺してしまうのも無理ないような気がします。
是非アトリエにて
最近の作品など見せていただけたら!
と思っています。
<イラクで捕らわれた人の処刑シーンや自殺者の投稿映像等など、死の映像がインターネットで安易に閲覧できる状況になっています。興味本位で(ホラー映画を見る感覚で)そういったサイトにアクセスしている子供たちが、感覚的に麻痺してしまうのも無理ないような気がします。>とのこと。
映像からの刺激、実に強いものがありますね。
私は、幼い頃、田舎弁護士をしていた祖父に育てられたのですが、「映画を見てはいけません」と厳しく映画館へ行くことを禁じられていました。
映画から悪いことを覚えるという、祖父なりの多数の刑事被告人を弁護しての偏見的持論でした。(笑)
でも、今の状況を見ていますと、あながち全てが見当外れとも思えなくなりますね。
なお、私はたいていアトリエで何かゴソゴソとやってますので、いつでも息抜きがてらお気軽にお立ち寄り下さい。
今、ほーむ・ぎゃらりー用のホームページを開こうと、ホームページ・ビルダーと悪戦苦闘中です。うまくページ間のハイパーリンクができなくて困っています。もし助けていただければ幸いです。勝手ながら宜しくお願いいたします。
僕もホームページ・ビルダーを使ってます。
mixiの方にメッセージいただければ、なにかしら
お役にたてると思います。
今日も悪戦苦闘、何とかサーバーに転送できたのですが、貼り付けた写真が抜けていたり、せっかくつけたボタンが針の頭になったりと、散々ですが、一応リンクもはれていました。
お暇な時に一度ご足労願って、アドヴァイスいただきたいものと願っております。
mixiの方、暫く使っていなかったら、パスワード忘れてしまいました。両刀使いは無理なようです。(笑)
よろしくお願いいたします。