平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

DIVE!! 森絵都・著~そこにはあなたにしか見ることのできない風景がある

2011年09月14日 | 小説
 「DIVE!!」(森絵都・著 角川文庫)は見事なスポーツ小説だ。
 主人公は、飛び込みでオリンピックを目指す少年たち。
 着水までのわずか1~2秒の世界に自分の持てるすべてを投入し、一瞬の輝きを作る。
 その<一瞬の輝き>のために、彼らは何年も青春のいろいろなことを犠牲にして練習をする。

 こんなせりふがある。女コーチが知季(ともき)という未知の潜在能力を秘めた少年に語るせりふだ。
 「あなたは確実に伸びる。磨けば磨くほど上達し、苦しめば苦しむほど大きな選手になる。もちろん、それは楽なことじゃない。でもね、あなたはがんばった分だけ確実にその手応えをつかむことができるの。それは今まで味わったことがないほど、リアルで、気持ちがよくて、そしてわかりやすい手応えのはずよ。この生ぬるい国で、ほかにそんなものを感じ取ることができる?」「そこにはあなたにしか見ることのできない風景があるわ」

 そう。スポーツ選手は、普通の人間が感じることができない<手応え>や見ることができない<風景>を見るために日々練習し、闘っているのだ。
 こんな女コーチの言葉に挑発されて、知季はハードな練習をし、次のような<手応え>を感じていく。
 「自分の体が変わりつつあるのを、知季は単純におもしろいと思った。これまで味わったことのない手応えがそこにはあった」
 こんな知季に対して、女コーチはさらに指導を行っていく。
 「回転にスピードが加わった分、入水姿勢を整えるのに余裕ができたのがわかる? ただ漠然と体の変化を感じるだけじゃなく、意識的にそれを活かそうとしてる?」
 「たった一度でもこの技を極めたのなら、あなたはすぐにそのコツを呑みこむ。三回転半の景色を瞳で憶えこむ。だから最初の一回だけ、この壁さえやぶれば、あとは簡単なのよ」
 見事な肉体表現だ。
 肉体の変化やひとつの技術をマスターした時の状態を的確に表現している。
 こういう表現を読むとワクワクする。

 そして、知季が大技・三回転半をマスターした時はこんな表現。
 「一回転目の目印、二回転目の目印、三回転目の目印、そのビジュアルを瞳で憶えこむ。目の前で駆け抜けるすべてが静止画さながらに見てとれる」
 知季は<三回転半>の景色を瞳で憶えこんだのだ。

 これがスポーツをする喜び。
 しかし、作者の森絵都さんは非情だ。
 こんな<風景>が見られるのは、限られた天才たちにしか与えられていないことを描くのを忘れない。
 知季は天才で、類いまれな動体視力と体の柔軟性があった。
 しかし、彼をコーチした女コーチは選手としては天才ではなかった。
 そんな自分を彼女はこう語る。
 「欠点はどこか、どこを直せば、もっとよくなるのかは直感的にわかるのよ。でも頭でわかっていても実行できるとは限らない。違う、こうじゃないんだってわかってるだけに、動かない体が歯がゆいのよ。成長すればするほど、そんないらだちは募っていった。私自身がよくわかっている、自分の限界を」
 こんな詩的な表現もある。
 「水に映える選手がいる。まるで水の粒子がその子にだけスポットライトを浴びせているように、誰もがその選手に注目せずにはいられない。水に愛されているのか」

 このような形でスポーツを描いた「DIVE!!」。
 知季の他にも、様々な<水に愛された少年たち>の物語が描かれて見事な青春小説になっている。


コメント
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