江(上野樹里)にとって秀吉は人生を翻弄された憎むべき存在。
しかし、愛と憎は裏返し。かけがえのない存在でもある。
その人がいるから負けられない。その人と反対の立場にいるから自分を確認できるみたいな。
だから江はこう言った。
「これほど憎い者はおりませぬ。わたしが殺したい。だから病などで死んでもらっては困るのです」
愛憎入り交じったいいせりふ。
秀吉の江に言ったせりふもいい。
「最後の頼みじゃ」
江は秀頼のことかと思うが、次に出た言葉は意外な言葉。
「幸せになれや。こたびこそは徳川の家で幸せになってくれ。これにてさらばじゃ、江」
それまで、秀吉がまわりに語っていたことは、ただただ秀頼の将来のこと。だが、江の時はそうではなかった。
秀吉がこう言った理由は何でしょうね。
人生を翻弄してしまった江への謝罪。謝罪の延長としての「幸せになってくれや」。
秀吉にとっても江は大きな存在で、拒絶されていたことがずっと気がかりだった。だから人生の最期で許されたかったんでしょうかね。
あるいは、自分の子供に対するような親としての愛。
この辺は曖昧で、どうとでも解釈出来る所が、せりふとして深い。
現に江も戸惑っていましたし。
そして秀吉の最期は、北政所(大竹しのぶ)の胸の中で。
それは淀(宮沢りえ)でも、三成や家臣たちの中でもなかった。
北政所の母親のような大きな愛に包まれての安らかな死。
いくら栄耀栄華を極めても、最期に求めるのは愛する人の胸の中、人間とはそういう存在なのかもしれません。
「生きるとは夢幻のごとくじゃなぁ」
桜の中でつぶやいた言葉も秀吉の最後にたどりついた心境を語って、深い。
ある意味、日本人の死生観。
心通った後の「敵」との死別。「篤姫」を思い出せそうです。帰国してからの視聴を楽しみにします。
セビリヤにて。
セビリアからわざわざありがとうございます。
仇敵・秀吉がいなくなって、江は次のステージへ。
いよいよ江のドラマが始まりそうです。
もう30話ですが……。
「私から浅井の父を奪い……千姫をも手にしようとしている」
江自身が枚挙するように江にとって秀吉はこの世で最も憎い者。枚挙にしたがって振り返って見れば、江にとって秀吉がいかに大きな存在だったかが実感できます。
というわけで、何だか今回には一種の「最終回」的な雰囲気を感じました。
>それまで、秀吉がまわりに語っていたことは、ただただ秀頼の将来のこと。だが、江の時はそうではなかった。
>この辺は曖昧で、どうとでも解釈出来る所が、せりふとして深い。
誰よりも憎んでいる相手なるがゆえに、誰よりも深い絆だった、ということではないかと思います。
ですから、これまでのエピソードの中で江と秀吉との愛憎そのものをもっと中心的な主題としていたならば、より筋の通った良いドラマになっていただろうなとも思いました。
お帰りなさい。
世界を股にかけてのお仕事、すごいですね。
私などは半径500メートルの生活をしておりまして。
>江と秀吉との愛憎そのものをもっと中心的な主題としていたならば、より筋の通った良いドラマになっていただろうなとも思いました。
同感です。
この作品はどうも人間関係があっさりとしか描写されないんですよね。
いろいろな人物を出し過ぎて、焦点がぼやけ、拡散してしまっている。
江は、信長、秀吉、家康の直接的な目撃者であるわけですから、今度はぜひ狸親父になりつつある家康との葛藤をしっかり描いてほしいですね。