司馬遼太郎「竜馬がいく」では千葉道場の千葉さな子はこんなふうに描写されている。
「色が黒く、ひとえの瞳が大きく、体が小ぶりで、表情が機敏に動く娘だった。いかにもこういう娘は、江戸にしかいない。さな子は、逆胴の名手だった。相手が上背を利用して面を撃ってくるとき、さな子は相手の竹刀を自分のしないの表で軽く摺りあげつつ左脚から体をななめに退き、すばやく手を返して、パンと逆胴を撃つ。舞踏に似た美しさがあった。
毎日、道場に出ている。紫が、好きらしい。防具のひもはすべて紫をもちい、稽古着は白、はかまは紫染めのものをすそ短かに結んでいた。その姿が少年のように可愛い」
<機敏><すばやく><舞踏に似た美しさ>、これが司馬さんのさな子のイメージ。
<紫>という色も印象的だ。
さて、このさな子と龍馬の出会いはなかなか興味深い。
司馬さんはさな子の主観でこう書いている。
「はじめは、(なんという男だろう)と、とまどう思いがした。
さな子がはじめて竜馬を見た時は、かれが道場にあいさつに来た時だったと記憶している。兄の重太郎にともなわれて、父の居室にゆくべく、道場から白洲を竜馬は横切ろうとしていた。さなこは、障子の隙間から見て、(まあ)と息をのんだ。よほどのおしゃれらしく、大旗本の御曹司のような服装をしている。(いやなやつ)ところが、髪を見ると油っ気がなく、まげがゆるみ、まったくの蓬髪だった。(やっぱり、田舎者なんだわ)しかし、ふしぎなはかまを穿いていた。いまどきああいうはかまを穿いている馬鹿はいない。(田舎の大通かしら)さなこは、おかしくなった」
(なんという男だろう)(いやなやつ)(田舎者なんだわ)(田舎の大通かしら)(さなこはおかしくなった)
さな子の気持ちはくるくる変わっている。
しかし、竜馬がさな子に強いインパクトを与えたことは確かだ。
恋愛の始まりは第一印象。
そしてインパクトなんですね。
その後、さな子は様々な形で竜馬と関わっていく。
道場で圧倒的な強さを見せる竜馬に(いつか、坂本さまと立ちあってみせる)と思う。
単なる好奇心からライバル心や尊敬に気持ちが変化している。
一方で、こんな思いも抱く。
道場が休みの時に竜馬が稽古にやって来た時のことだ。
さな子と竜馬はこんなやりとりをする。
「あの、せっかくでございますけど、きょうはお命日で、道場はお休みでございます。兄がそう申しませんでしたか」
「そういえば、なにか聞いたような覚えがありますね」
「お忘れになりましたのね」
「なにぶん昨日のことですからな。覚えているのがどうかしている」
「まあ、昨日のことなら、もう坂本さまはお忘れになりますの」
「ああ、忘れますとも」
このやりとりの中でさな子はこう思う。
(なんとたよりないひと)
竜馬は恋愛の達人ですね。
<強いインパクト>を与えて、<尊敬>させて、一方で<頼りない面>を見せて母性本能をくすぐる。
女性の気持ちを右に左に動かしている。
そして、休日で誰もいない道場で、さな子と竜馬は竹刀を交える。
父親が禁じていたため、さな子が竜馬と戦うのは初めてだ。
そして、さな子は竜馬に(やっぱり、できるなあ)(乙女姉さんよりはるかに強い)(女だてらになんという娘だ)と思わせるが、板敷に叩きつけられて負けてしまう。
その時の描写はこうだ。
よほど口惜しいのだろう。さらに組みついてきた。竜馬は足払いをかけた。さな子は倒れたが、まだ屈せずにとび起きた。面をぬがされるまでは負けではないだろうというつもりらしい。三度目にして組みついてきた時、竜馬はやむなくさな子をねじふせ、首をねじ切るように、スポリと面をぬがした。「悔しい」顔を真っ赤に上気させながら、きらきら光る目で竜馬をにらみすえている。「あなたの負けだ」「もう一度お願いします」「いやだ」「なぜです」
完敗するさな子。
これでさな子の気持ちは完全に竜馬にいったに違いない。
男勝りで負けず嫌いのさな子。
自分より上の男がいるというのは屈辱であり、初めての経験であり、同時に他の男との明確な差別化がなされたはずだ。
女性の気持ちを上へ下へと動かす竜馬。
こんな恋愛テクニックを無意識にやっているからすごい。
さて、大河ドラマでさな子との出会いはどのように描かれるであろうか?
「色が黒く、ひとえの瞳が大きく、体が小ぶりで、表情が機敏に動く娘だった。いかにもこういう娘は、江戸にしかいない。さな子は、逆胴の名手だった。相手が上背を利用して面を撃ってくるとき、さな子は相手の竹刀を自分のしないの表で軽く摺りあげつつ左脚から体をななめに退き、すばやく手を返して、パンと逆胴を撃つ。舞踏に似た美しさがあった。
毎日、道場に出ている。紫が、好きらしい。防具のひもはすべて紫をもちい、稽古着は白、はかまは紫染めのものをすそ短かに結んでいた。その姿が少年のように可愛い」
<機敏><すばやく><舞踏に似た美しさ>、これが司馬さんのさな子のイメージ。
<紫>という色も印象的だ。
さて、このさな子と龍馬の出会いはなかなか興味深い。
司馬さんはさな子の主観でこう書いている。
「はじめは、(なんという男だろう)と、とまどう思いがした。
さな子がはじめて竜馬を見た時は、かれが道場にあいさつに来た時だったと記憶している。兄の重太郎にともなわれて、父の居室にゆくべく、道場から白洲を竜馬は横切ろうとしていた。さなこは、障子の隙間から見て、(まあ)と息をのんだ。よほどのおしゃれらしく、大旗本の御曹司のような服装をしている。(いやなやつ)ところが、髪を見ると油っ気がなく、まげがゆるみ、まったくの蓬髪だった。(やっぱり、田舎者なんだわ)しかし、ふしぎなはかまを穿いていた。いまどきああいうはかまを穿いている馬鹿はいない。(田舎の大通かしら)さなこは、おかしくなった」
(なんという男だろう)(いやなやつ)(田舎者なんだわ)(田舎の大通かしら)(さなこはおかしくなった)
さな子の気持ちはくるくる変わっている。
しかし、竜馬がさな子に強いインパクトを与えたことは確かだ。
恋愛の始まりは第一印象。
そしてインパクトなんですね。
その後、さな子は様々な形で竜馬と関わっていく。
道場で圧倒的な強さを見せる竜馬に(いつか、坂本さまと立ちあってみせる)と思う。
単なる好奇心からライバル心や尊敬に気持ちが変化している。
一方で、こんな思いも抱く。
道場が休みの時に竜馬が稽古にやって来た時のことだ。
さな子と竜馬はこんなやりとりをする。
「あの、せっかくでございますけど、きょうはお命日で、道場はお休みでございます。兄がそう申しませんでしたか」
「そういえば、なにか聞いたような覚えがありますね」
「お忘れになりましたのね」
「なにぶん昨日のことですからな。覚えているのがどうかしている」
「まあ、昨日のことなら、もう坂本さまはお忘れになりますの」
「ああ、忘れますとも」
このやりとりの中でさな子はこう思う。
(なんとたよりないひと)
竜馬は恋愛の達人ですね。
<強いインパクト>を与えて、<尊敬>させて、一方で<頼りない面>を見せて母性本能をくすぐる。
女性の気持ちを右に左に動かしている。
そして、休日で誰もいない道場で、さな子と竜馬は竹刀を交える。
父親が禁じていたため、さな子が竜馬と戦うのは初めてだ。
そして、さな子は竜馬に(やっぱり、できるなあ)(乙女姉さんよりはるかに強い)(女だてらになんという娘だ)と思わせるが、板敷に叩きつけられて負けてしまう。
その時の描写はこうだ。
よほど口惜しいのだろう。さらに組みついてきた。竜馬は足払いをかけた。さな子は倒れたが、まだ屈せずにとび起きた。面をぬがされるまでは負けではないだろうというつもりらしい。三度目にして組みついてきた時、竜馬はやむなくさな子をねじふせ、首をねじ切るように、スポリと面をぬがした。「悔しい」顔を真っ赤に上気させながら、きらきら光る目で竜馬をにらみすえている。「あなたの負けだ」「もう一度お願いします」「いやだ」「なぜです」
完敗するさな子。
これでさな子の気持ちは完全に竜馬にいったに違いない。
男勝りで負けず嫌いのさな子。
自分より上の男がいるというのは屈辱であり、初めての経験であり、同時に他の男との明確な差別化がなされたはずだ。
女性の気持ちを上へ下へと動かす竜馬。
こんな恋愛テクニックを無意識にやっているからすごい。
さて、大河ドラマでさな子との出会いはどのように描かれるであろうか?
加尾さんに向かって、「加尾のことが好きだ。でもおなごとして好きなのか、妹(友達?)として好きなのかわからん」
龍馬はただ素直に気持ちを言っただけなんでしょうが、こんなことを言われたら女の人は縁談も断ってしまうと思います。
ひどいよなぁ。でも私も言われたい。
><強いインパクト>を与えて、<尊敬>させて、一方で<頼りない面>を見せて母性本能をくすぐる。
>こんな恋愛テクニックを無意識にやっているからすごい。
テクニックというよりも「地」なのでしょう。まさに「大物」「英雄」のイメージですね。
福山龍馬の「揺さぶり」ですが、男性の私から見ても、こうした場面では「yes」「No」をはっきりさせることが礼儀だと思うので
>ひどいよなぁ。
と私も思います。
この時点での福山龍馬はまだ「未熟な誠実さ」といったところかと思いました。
ともあれ、昨晩についてのコウジさんの記事はもうすぐアップですね。
いつもありがとうございます。
加尾に対するせりふ、これも達人ですよね。
おっしゃるとおり、これではまだ可能性があると思って、女性は期待しますよね。
これを駆け引きでなく、素直に言っているところが、またニクい。
本当に罪つくりですね。
逆に弥太郎が可哀想。
第4回では「夜明けが来た~」でしたからね。
男女の関係というのはうまくいかないものです。
いつもありがとうございます。
おっしゃるとおり「地」でやってる所が、人たらしの部分なんでしょうね。
きっと龍馬といっしょにいると、上がったり下がったりジェットコースターのようにエキサイティングなんでしょう。
yes、no についてはまだ若いし、優しいんでしょうね。
自分の気持ちがわからないし、NOと言ったら傷つけてしまうのではないかと思う。
おそらく龍馬が後に加尾に言う断りの言葉としては、「自分は国のため命を捨てる人間だから、いっしょになれない」ということでしょうが、その認識に至るまでにはまだ、時間がかかりそうですね。