今、話題になっている「赤いきつねのCMは性的か?」論争。

CMの内容は──
女性がドラマを見ながら涙を流し、カップ麺の「赤いきつね」を食べるというものだが、
これに性的なものを感じるので、けしからん! というわけだ。
僕が見るに、このCMの創作者さんは狙っていると思う。
性的なものを醸し出そうとしていると思う。
ただ、あくまで醸し出すレベルなので、
これをエロいと考えるか、ただカップ麺を食べていると考えるか、は見る人次第。
…………………………………
さて、ここで表現とは何かを考えてみる。
僕は「表現とは多かれ少なかれ官能的なものだ」と考える。
絵画を観た時の陶酔。
音楽を聴いた時の恍惚・高揚。
小説を読んだ時の夢見心地。
コミックの何気ないコマから感じる色気。
役者さんから滲み出る艶。
要はこれらの要素が多いか少ないかだけ。
僕は多い作品の方が好きですね。
「赤いきつね」のCMを批判している方はジェンダー論から批判されているんだろうけど、
それは現実の話。現実の問題。
「現実問題と創作をまず分けて考えてほしい」し、
「批判してもいいが、創作とは官能的なものであることを理解してから批判してほしい」と思う。
創作とは現実の常識とか価値観から外れた所にあるものだ。
だからそれらに縛られてしまったら、表現はたちまちつまらなくなる。
現実はひたすら息苦しいものになる。
ホワイト化社会。
無菌社会。
社会が真っ白で無菌状態になったら、息苦しくて窒息してしまう。
……………………………
以下は、なるほど、と思ったネットの言葉。
・動物ってお互いに、性的な魅力を相手に感じさせようとするのが本来なんじゃね?
・ほとんどの人間は現実と創作を区別して「それはそれ」の精神で楽しめると思うし、
そういう程度の能力がある客層にアプローチしてると思うんだけどね。
・萌え絵などの手法で、紅潮した頬、うるんだ眼、半開きの口、髪を耳にかけるしぐさ、口元をアップで強調する。
やたらくねくねした動き(首をやたら動かす)、「おいひい・・」とか幼児のようなしゃべり方・・
おいなりさんをはむっと唇でくわえてみせる、したたる汁など手垢のついたエロ絵の記号が多い。
↑
この方が指摘しているとおり、創作者は『狙っている』とは思う。
でも、これも表現の手法のひとつだし、目くじらを立てるものではない。
・何処に『フェチ』を感じるかは人それぞれなので性的に感じても別に良いと思います。
それを声高々に主張したり、他人を攻撃する道具にする事が間違ってるとは思います。
・食欲も性欲も快感に通じるものなので、それを感じ取ってもらえたのは作品としては、ある意味成功なんだろうけど、「自分はエロに感じます!」って世界に発表できる奴って性癖を公開してるようなもんだよな。
↑
そう言えば、小説家の吉行淳之介は「女性の食べる姿はエロい」って書いていた。
「赤いきつね」の動画はこちら
赤いきつね 緑のたぬきウェブCM 「ひとりのよると赤緑」 おうちドラマ編(YouTube)
さて皆さんはどう感じられるでしょう?

CMの内容は──
女性がドラマを見ながら涙を流し、カップ麺の「赤いきつね」を食べるというものだが、
これに性的なものを感じるので、けしからん! というわけだ。
僕が見るに、このCMの創作者さんは狙っていると思う。
性的なものを醸し出そうとしていると思う。
ただ、あくまで醸し出すレベルなので、
これをエロいと考えるか、ただカップ麺を食べていると考えるか、は見る人次第。
…………………………………
さて、ここで表現とは何かを考えてみる。
僕は「表現とは多かれ少なかれ官能的なものだ」と考える。
絵画を観た時の陶酔。
音楽を聴いた時の恍惚・高揚。
小説を読んだ時の夢見心地。
コミックの何気ないコマから感じる色気。
役者さんから滲み出る艶。
要はこれらの要素が多いか少ないかだけ。
僕は多い作品の方が好きですね。
「赤いきつね」のCMを批判している方はジェンダー論から批判されているんだろうけど、
それは現実の話。現実の問題。
「現実問題と創作をまず分けて考えてほしい」し、
「批判してもいいが、創作とは官能的なものであることを理解してから批判してほしい」と思う。
創作とは現実の常識とか価値観から外れた所にあるものだ。
だからそれらに縛られてしまったら、表現はたちまちつまらなくなる。
現実はひたすら息苦しいものになる。
ホワイト化社会。
無菌社会。
社会が真っ白で無菌状態になったら、息苦しくて窒息してしまう。
……………………………
以下は、なるほど、と思ったネットの言葉。
・動物ってお互いに、性的な魅力を相手に感じさせようとするのが本来なんじゃね?
・ほとんどの人間は現実と創作を区別して「それはそれ」の精神で楽しめると思うし、
そういう程度の能力がある客層にアプローチしてると思うんだけどね。
・萌え絵などの手法で、紅潮した頬、うるんだ眼、半開きの口、髪を耳にかけるしぐさ、口元をアップで強調する。
やたらくねくねした動き(首をやたら動かす)、「おいひい・・」とか幼児のようなしゃべり方・・
おいなりさんをはむっと唇でくわえてみせる、したたる汁など手垢のついたエロ絵の記号が多い。
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この方が指摘しているとおり、創作者は『狙っている』とは思う。
でも、これも表現の手法のひとつだし、目くじらを立てるものではない。
・何処に『フェチ』を感じるかは人それぞれなので性的に感じても別に良いと思います。
それを声高々に主張したり、他人を攻撃する道具にする事が間違ってるとは思います。
・食欲も性欲も快感に通じるものなので、それを感じ取ってもらえたのは作品としては、ある意味成功なんだろうけど、「自分はエロに感じます!」って世界に発表できる奴って性癖を公開してるようなもんだよな。
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そう言えば、小説家の吉行淳之介は「女性の食べる姿はエロい」って書いていた。
「赤いきつね」の動画はこちら
赤いきつね 緑のたぬきウェブCM 「ひとりのよると赤緑」 おうちドラマ編(YouTube)
さて皆さんはどう感じられるでしょう?
性的なものというより、それ以上に何か巨大な違和感があります。
説明がしにくいのですが、AIを介入させている感じですね。演出が不自然で違和感があるんです。
シナリオや絵コンテあたりの段階で、AIが入っていると見ました。
そのAI的な不自然さが「性的」と感じられるんでしょうね。
いつもありがとうございます。
>性的なものというより、それ以上に何か巨大な違和感があります。
そうなんですよね。
何を感じるかは人それぞれなんですよね。
僕は人がクチャクチャ音を立てて食べるのが苦手なので、音が気になりました。
ASMRというジャンルがあるのですが。
作画や背景で、AIに拠るCG処理がなされた可能性はありますね。
制作会社の公式から、AIは使用していないとのコメントが出たようです。
ただ、わたしはどこかの時点で誰かがAIを使用した可能性を否定しません。作画動画の作成レベル(最終段階)ではなくて、絵コンテ脚本といった初期段階で介入させている可能性はありそうです。
というのも、何回か見返して気がついたのですが、この女性の「お部屋」には、おカネあるのか貧乏なのか、といった情報がないんですよね。
こういった映像制作をするにあたっては、まず絵コンテを切ると思うんですが、この女性の職業とか暮らしている場所とか生活レベルとか、そういったものをある程度想定して書いていくでしょう。そうしないと視聴者の共感を得られないからです、CM映像であればなおのことです。
ところが、このCMにはそういった生活感がないわけですね。食べ物のCM映像であるにもかかわらず、生活がスコーンと抜けているわけです。おカネがありそうなのか、ビンボーそうなのか、そういった情報すらないわけです。
数秒、10秒、30秒とみているうちに、それは強烈な違和感になっていきます。
イラスト作成系の生成AIも、生活感のある画像作成は割と苦手と理解していますし、やはりAIっぽいと感じますね。
おっしゃるとおり生活感のなさは指摘されていますね。
「もう少しリアルを追求すべきではないか?」
「女性の設定(どんな会社に勤めていて、年収はどれくらいで、彼氏はいるのか、趣味や好きなアーティストは? など)をはっきり描かなくても、画面から滲ませるべきではないか」
など。
まあ、アニメの基本は「誇張」「デフォルメ」なので、どこまでリアルを追求するかは作り手のさじ加減なのですが。
………………………………
作画に関しては──
・座椅子の座部がない。
・テーブルの奥の脚がない。
・アップの時の箸を持つ手が極端に省略されている。
・窓のすぐ横にドアがあるのはおかしい。
などが指摘されていますね。
僕も制作会社のコメントを読みましたが、どうなんでしょうね?
ジェンダー論からAIか否かまで、このアニメCMが提供した話題ってすごいですよね。