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旅の淡彩スケッチ便り

水絵描きと申します。旅と絵を描くことが好きです。国内外を旅行した思い出とともに旅先で描いた絵を載せています。

トプカプ宮殿

2013年06月21日 | 旅行記

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前日はトロイを発った後、ほとんど一日中バスの旅でした。昼前、今まで旅行してきたアジア側からフェリーでダーダネルス海峡を渡り、初めてヨーロッパ側に足を踏み入れました。

夕刻、最終目的地イスタンブールまで一気に到達。ホテルに一泊後は今回の旅行のハイライト イスタンブール市内観光です。

絵は旧市街にある丘の上に建つトプカプ宮殿。15世紀から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住したところです。


トロイの木馬

2013年06月15日 | 旅行記

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旅行7日目には世界遺産トロイ古代遺跡を訪れました。絵はその遺跡にある復元された巨大な木馬で、人が木馬の中に登って入れるようになっています。

ギリシャ神話によると紀元前1200年中期のトロイア戦争で、難攻不落のイーリオス城を陥落させる決め手になったのがこの木馬です。

ギリシャ軍率いるオデュッセウスは攻撃が手詰まりになったため、その中にギリシャ兵を隠した巨大な木馬を作らせイーリオス城内に運び込ませる計略を立てました。この作戦が成功して城は陥落、ギリシャ軍はトロイアに勝利しました。


聖母マリアの家

2013年06月09日 | 旅行記

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絵はパムッカレのホテルに泊まった翌日に訪れたエフェソスのパナヤカプルの丘にある聖母マリアの家です。イエス キリストの磔刑の4年後、マリアは聖ヨハネに伴われてここを訪れ、オリーブの茂るこの丘で余生を送ったと言われています。

家はその家があった基礎の上に1951年に再建されました。ローマ法王が訪れたこともあり、キリスト教徒の聖地になっているようです。


夕暮れのパムッカレ

2013年06月03日 | 旅行記

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旅行5日目はローマ帝国の温泉保養地として栄えたヒエラポリスを訪れました。この辺りは地震の多発地帯で何度も地震に襲われていますが、ローマ劇場やローマ浴場などが遺跡として残っています。

絵はそのヒエラポリスのすぐ下にある世界遺産パムッカレの石灰棚です。パムッカレとは、トルコ語で「綿の宮殿」という意味だそうです。昔からこの地方は良質の綿花の一大生産地でした。

まるで純白の棚田のような景観です。水が流れる石灰棚に入って1時間近く水浴びしましたが、今まで砂漠のような乾燥地帯ばかり見てきましたので水のある風景に癒されました。


カッパドキアの熱気球 その2

2013年05月28日 | 旅行記

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朝7時、いよいよ乗船です。4ブロックに分かれた籠に6人ずつ計24人が乗り込みました。私が居た場所は気球のパイロットのすぐ隣です。少し心配になったのでライセンスを持っているのかと尋ねたところ、長い間やっているから心配するなとのことでした。

やがて気球は音もなく上昇。上下動はバーナーのオンオフ、横移動は風任せのフライトです。途中高度500Mくらいでしょうか、住宅地の上を飛んだり樹木スレスレに飛行したり、スリル満点です。鳥になった気持ちでカッパドキアの風景を堪能しました。

一時間が経過して飛行が終わりに近づき、降下地点を探して地上にいるスタッフと連携しながらロープを投げ、気球を運ぶトラックの荷台の上に見事ランディング。運転手が上手かったので事なきを得ましたが、もし狭いトラックの上に降りられなくて横倒しになったらどうなっていたかと思うと、今でも少しひやりとします。地上に降り立った後、その場で無事のフライトを祝って、シャンパンで乾杯しました。

先週このカッパドキアで気球の衝突事故があり、3人が亡くなったというニュースを聞いてぞっとしました。今年2月にもエジプト ルクソールで燃焼事故があったばかりです。気球がこんな危険な乗物と知っていたら乗りませんでした。よく無事で帰れたものです。

絵は朝日に輝く洞窟住居の傍を飛行する気球です。


カッパドキアの熱気球 その1

2013年05月22日 | 旅行記

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「知らぬが仏」とはこういうことを言うのでしょう。今回のトルコ旅行では熱気球に乗ってカッパドキアの空を飛ぶのを一番の楽しみにしていたのですから。

旅行前に掛けた保険では、割増の対象となる「旅行先での危険なスポーツなど」には入っていないこともあって、事故が起こるなんて考えてもいませんでした。今考えると呑気なものです。

当日は朝3時に起床。前夜泊った洞窟ホテルから熱気球会社差し回しの車に乗って出掛けました。まず街中のレストランでコーヒーと軽いおつまみの朝食。オプショナル料金2万2千円を支払いました。なんと受付の女性は日本人。聞くとこちらで熱気球会社を経営している社長の奥さんとのこと。腹ごしらえをした後、出発地点まで車に乗って移動しました。

野原の真ん中で降りると、夜明け前の真っ暗の中で、横倒しになった気球にガスバーナーで熱風を送り込んでいました。すぐ近くにももう一つ、さらにその奥にも。近くを見渡しただけでも10個近い気球がありました。(空に昇ってわかったことですがこの日だけで30個以上の気球が飛びました)絵はその気球から眺めたカッパドキアの風景です。


バスホテル

2013年05月16日 | 旅行記

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サフランボルからアンカラへ戻る途中、サービスエリアで絵のようなバスが停まっているのを見ました。バスからぞろぞろ人が降りてきたので聞くと、ドイツのフランクフルトからやってきた観光客でした。

空路イスタンブールに着いた後、夜は後ろの寝台車で眠り、昼は前のバスに移って旅行をしているそうです。小さな窓が30以上ついていますのでかなりの人数が乗れそうです。何処にでも泊れて、そこからすぐに観光が始まるので機動性は抜群です。お風呂はどうしているのかと尋ねたところ、時々ホテルを借りてシャワーを浴びるとのことでした。

大きなドイツ人がプライバシーのない狭い空間の中で夜をどう過ごしているのか気になりました。鼾をかくのもいるでしょうし、いくら旅行費用が安くてもこんな旅行は真っ平御免です。


サフランボルの街

2013年05月10日 | 旅行記

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再びトルコに戻ります。絵はアンカラを発って着いた世界遺産サフランボルの街です。サフランボルの名は香料サフランの集積地として発展した歴史に由来します。

乾燥した峡谷に位置する旧市街には五つのトルコ式浴場や三つの隊商宿(キャラバンサライ)の他、二十五のモスクなど多くのイスラムの歴史的建築物があります。

あちこちに国旗が立っていたので聞いてみると8月30日はトルコの「勝利の日」とのこと。1922年のこの日は、トルコ軍率いるアタチュルクがギリシャ軍に勝利を収めた日でそれを記念した祝日でした。


藤満開の三溪園

2013年05月04日 | 旅行記

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先週陽気に誘われて横浜の三溪園へスケッチに行きました。ちょうど藤が満開を迎えていました。トルコ旅行を中断してその時描いた絵をUPします。

三溪園は明治から大正にかけて製糸、生糸貿易で財をなした横浜の実業家 原三溪が東京湾に面した三乃谷と呼ばれる谷あいの地に造りあげた広さ約175へ―ベの日本庭園です。


広大なトルコの大地

2013年04月28日 | 旅行記

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トルコは広さが81万平方キロ。日本の2倍以上の国土に7千万人の人達が住んでいます。10日間の旅行期間中バスに乗って毎日平均300キロは走りましたがそれでも西半分の一部を見て回っただけにすぎません。

絵は旅行2日目、アンカラから世界遺産の古い街サフランボルへ行く途中のバスの車窓から眺めた風景です。遠くに小さな湖が見えています。雨が少なくて農業や酪農をするには不向きなのでしょうか。イスタンブールなどの近郷は別として他の地方は街と街の間にはほとんど人が住まない荒野が広がっていました。


アンカラの丘

2013年04月22日 | 旅行記

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郷里から戻りましたが旅行中にぎっくり腰になりました。幸い軽かったのですが悪化すると困るので今養生に努めています。

昨年8月下旬、トルコを旅行しました。成田からイスタンブールを経由して国内線に乗り換え、最初に着いた街がここアンカラです。トルコの首都であり、人口600万人を擁するトルコ第二の大都市です。この街の歴史は古く、ローマ時代にはアンキラと呼ばれていました。(この名はアンキュラ(谷底)という言葉に由来していて、昔から地下水が豊富だったそうです)

絵はそのローマ人が築いたアンカラ城近くの高台から再開発中の市街を眺めたものです。ミナレット(礼拝への呼びかけに用いられる塔)が聳える市街を見てイスラムの国に来たことを実感しました。


春まだ浅き観音沼

2013年04月16日 | 旅行記

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郷里の和歌山で同窓会があり、明日から出かけます。帰りは奈良に一泊して絵を描く予定です。そんなわけでしばらく家を空けますので早めにUPします。

絵は早春の観音沼(福島県南会津)、山にはまだ残雪が残っています。20年近く前に初めてここに来た時は知る人ぞ知るひっそりとした秘境のような所でした。それ以来毎年訪れていますが、数年前甲子温泉から下郷町に抜けるトンネルが開通してからアクセスがぐっとよくなり観光客(特にカメラマン)が増えてきました。それでも沼畔には観音堂以外には野暮な建物が一切ないので絵になるところです。

一周40分ほどの小さな沼ですが秋の紅葉はもちろん、荒涼とした冬間近かの時期や春の水芭蕉が咲く季節もそれぞれ趣があります。私の絵だけではその美しさを表現できませんので写真を数点添付します。

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船橋港親水公園

2013年04月11日 | 旅行記

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絵は先週に引き続いて鈴木新先生のスケッチ教室で訪れた船橋港親水公園です。

この辺りは船橋の地名の元になった所で、昔ヤマトタケルノミコトが東征の折、海老川に船を並べ、その上に板を渡して軍勢を渡らせたという伝説があります。そのような船で造られた橋のことを船橋ということから船橋と呼ばれるようになったそうです。今は小さな海老川ですがかっては現在よりも水量、川幅がありました。


佃島の住吉神社

2013年04月06日 | 旅行記

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シンガポールに住んでいた娘家族が夫の転勤で北京勤務となりましたが、PM2.5の公害や孫達の教育の問題もあってやむなく娘婿は単身赴任、娘は二人の子供と東京のマンションに住むことになりました。我々老夫婦もその引っ越しに巻き込まれ、てんてこまいの一週間でした。

絵は先日参加した鈴木新先生のスケッチ教室で訪れた佃島の住吉神社です。かって家康が関東に下降した折、摂津(大阪)国の漁師を江戸に移らせてここに住まわせました。元々は名前のない砂州でしたが土砂を埋め立てて拡張して島となり、故郷の名を付けて佃嶋と名付けられたとのことです。


早春の21世紀の森公園 その2

2013年03月31日 | 旅行記

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先日半日ドックを受けました。幸い少し高かった血圧やコレステロールも下がってほっとしていますが、問題はメタボです。ウエストが90センチにもなりズボンが着けなくなって困っています。体の燃焼効率が悪くなっているのでこれからは努めて体を動かしてシェイブアップしなければと思います。

絵は先週に引き続いて21世紀の森公園です。先週の絵から少し離れた所から描きました。