緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

ある食道がんの患者さんのこと

2018年12月02日 | 医療

10数年以上前のこと。

他の医療機関にいたころのことです。


ある食道がんの患者さんを
がん治療医から入院中に
依頼を受けて看ていました。

頚部の疼痛には、
NSAIDs、
オピオイド、
鎮痛補助薬として
まだ、プレガバリンはない時代でしたので、
クロナゼパムとカルバマゼピンで
コントロールをつけて、
退院されました。

とても、細かく医師や看護師の説明を
メモに取られており、
病棟スタッフは、
少し抵抗感を持っていたようでした。


退院後、抗がん治療の
診療科のみの受診でしたが

3か月ほど経過したころ・・
食事が摂れないとのことで
私の外来を緊急に受診されました。



外来のベットに
うずくまっていらっしゃいました。

食道がんの術後でしたが、
嚥下機能は良好でした。

よく問診してみると
飲み込んだものが
落ちて行かないと感じられており、
主治医からは術後の影響もあるのではと
言われたとのことでした。



抗がん治療・・
つまり、手術や薬物療法に関わっていると
そのことに気持ちがとられてしまうことも少なくなく、
一歩離れた立場で拝見することが
とても、大切だと感じています。

結局、オピオイドの便秘からの
悪心が原因でした。

腸の中に便が多量にあれば、
蠕動も良好に働きませんので、
食事が落ちて行かないと
感じることも了解できます。





腹部単純X-P写真を
一緒に見てもらいながら、
どれが便で、腸のどこに見えているか
患者さんはベットから起き上がれない状況でしたので、
ご本人の目線に入るように、
そして、聞こえるように、
傍に付き添っていた奥様に説明をしました。

ご主人に代わって、
メモを熱心にとってくださっていました。

そして、下剤の増減方法について
私からも、紙に書いてお渡ししました。




今でこそ、オピオイド受容体拮抗薬で
便秘の管理は楽になりましたが、
それ以前は、患者さんの協力なしには
一旦、強固な便秘になってしまうと
本当に大変でした。
多くは、入院となり、
そこで、便秘のコントロールを行っていましたので。




ですから、一日排便がなければ、
液状の下剤を5滴増やし、
出過ぎた時、水様性ならマグネシウムを減らして・・・
などという説明を受けることは、
患者さんにとっては、
大変なことだっただろうと思います。

でも、ご夫婦で本当に一生懸命
耳を傾けてくださいました。


そして、お伝えしました。
とても、病院に近い方でしたので、

3日後、もう一度外来にいらっしゃって下さい。
それまでに、1回、お腹に痛みが無く、
お通じがでることを目標にしましょう。




3日後・・・
患者さんは、奥様と一緒に
笑顔で、今度は座っていらっしゃいました。




出たんです。
一杯。
前の外来の翌日、
朝、ちょっとお腹は痛かったのですが、
まずまずでした。
その翌日もでました。
今朝も・・・
そうしたら、また食事がゆっくりですが、
食べられるようになって。

今日は大丈夫です。



ほっとしました。
下剤が効きすぎると
下痢や腹痛といった、
好ましくない副作用が起こり得ます。
ですから、3日後の外来としましたが、
一生懸命取り組んでくださり、
もう、大丈夫。

2週間後の受診まで、
できれば毎日の排便で
食事が小分けしながら
悪心なくとれることを
目標にすることにしました。




次の外来・・
美味しいというまでは行きませんが、
ほぼ目標達成していますよ
と、患者さん。
奥様が本当に工夫されながら、
嚥下も維持でき、
排便も良好でした。



ただ、病状は次第に
進行して行きました。

そのことについて、
外来で話し合うようになりました。


その後、在宅訪問医を導入することとなりました。


その在宅医は、よく研究会や
患者さんのことを通して、
連携をしてくださる先生でした。

外来から直接お電話をし、
痛みのこと、
飲めなくなった時のこと、
最後の時の希望、
奥様の事、
など、伝えしました。


よくお電話でやり取りをさせて頂き、
薬剤コントロールの方法を
お伝えするなどしていましたので、
最期が近づいていることも
病院の私にも伝わってきました。



暫くして、在宅でお亡くなりになりました。




奥様が病院に
ご挨拶に来てくださいました。

その時ことは、十数年経っても、
今も心に残っています。

先生がね、
今週は、お通じがでること
なんて、目標を作ってくださったでしょ。
家でも、それができたとき、
主人は喜んで、
次の外来には、それができたことを主人が伝えると、
先生は一緒に喜んでくださったでしょ。

それが、私達は嬉しくて、
また頑張って。

最期があることは、
私達、わかっていたんです。
でも、できる目標を見つけてくださって、
それをかなえることで
亡くなる直前まで、
できることがあったんだなあって思います。






緩和医療に関わっていると、
再発進行がんとなり、
最期の時に至ることは
少なからず、あります。

そのような中にあって、
私達は、長期的な目標(これは、希望や夢でも構いません)と
短期的な実現可能な目標を話し合って、
決めながら、道のりを一緒に歩みます。

海外では、これを
ケアゴールという言葉を使うものですから、
まるで、乗り越えなければいけないものとか
行きついた先の到達目標のように
誤解されることもあります。

そうではなく、
短期目標とは、
達成可能な小さなステップのことを指します。

その小さなステップを重ね続ける中で、
私は、患者さんは死まで成長し続ける存在なのだと
感じます。

人生を歩みきった患者さんの
力強さに心から敬服です。


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