ゆうしゃケン  小心翼翼・平々凡々

団塊世代の技術系サラリーマンだった。引退した今は妻と二人で平和な生活を願いつつ、趣味と独り言でストレス発散

長姉快気祝い(2)・・・その後が大変だった

2006-05-22 20:27:29 | 平々凡々
span style="color: #FF0000;">写真は長姉宅の胡蝶蘭宮里聖司が上がり3ホールで連続ダボをたたき優勝を逃がした後、チャンネルを相撲へ。優勝決定戦をみる。白鳳が強い。モンゴル勢がこれからの主役は間違いないところか、などと思っているといつの間にかソファーに倒れこんで眠っていた。
 首筋や肩が痒いので眼をさます。ここしばらく雨が降ったので、蚤かダニでも出たのかなと思って、掻く。ところが痒みが止まらない。シャワーを浴びてさっぱりすれば落ち着くと思って、風呂場へ。シャワーの後、体を見ると、大変。体中に赤いぶつぶつができている。両腕やおなか、尻が特にひどくミミズ腫れになっている。蕁麻疹だ。全身がますます痒くなってきた。
 さばやいわしなどの青魚で蕁麻疹ななったことがあるが、それはもう15年以上も昔の話で、最近はない。妻に緊急病院の確認をしてもらうと、近くのK総合病院が空いているとのことで慌てて飛び出す。病院に飛び込んだのが7時。妻も気遣って付いてきた。看護婦に症状を説明する。私は痒いので早く注射を打って欲しいのだが、引き続いて担当の若い医者があれこれ尋ねてきて、聴診器で胸まで診る。薬のアレルギーはないので早く打ってくれ、と督促。やっとのことで看護婦さんが注射をしてくれた。かなりの量の赤黒い液体だった。
 気のせいか、かゆみも治まってくるような感じがして帰宅。妻には夕食には酒を飲む、と云っていたのだが吐き気がするようで、とても食べる気にはならない。錠剤を3錠頂いた。3日分だ。今日の分、1錠でいいのに、と思うが、親切心なのだろう。治療費は締めて2030円。洋風料理代と思えば安いものか。ただ、何が原因なのか分からない。しばらくは洋風料理はやめなくては。
 大河ドラマが終わった9時くらいには痒みも完全に引いて、感覚は正常に戻った。注射の効果だ。ちょっとブログをのぞいた後就寝。ただ、体は熱くほてっているようで、部屋が日中の暑さがこもっていたためもあり、熟睡ができなかった。
 心配した妻が途中で様子を見たらしいが、その時に夢を見ていた私は妻の手を邪険に払って、かつ叩いたらしい。夢の中であるが悪いことをした。ごめんなさい。時々夢をみてベッドから落ちることはあるが、妻を叩いたのはそんなに多くない。夢の中で蕁麻疹が出たのが妻が原因と勝手に思い込んだのだろうか。それとも日ごろのうらみつらみが噴出したのだろうか。しばらくは下手に出なければ。

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長姉快気祝い(1)

2006-05-22 20:20:41 | 平々凡々
21日。朝から快晴。天気が良い。庭に出てみると、みかんの木に小さな羽虫が何百と棲み付いていたので殺虫剤を散布することに。長袖、長靴、麦藁帽子と完璧なスタイルで散布。鼻が良い妻はにおいがすごいので外に出られない、と居間で次女の結婚式の写真の整理。今日の昼に親戚が集まって長姉の快気祝いが催されるのでそのときに写真を渡すつもりなのだ。
 JRで黒崎へ。会場へは歩いて20分くらい。妻は日傘を差している。日曜の昼なのに人通りは少ない。女性のショッピングは小倉や博多に流れているのだ。会場まであと少しのところで車が横に止まったので見ると、すぐの姉だ。迎えに来たらしい。あいかわらず親切だ。ありがたく乗せてもらって会場の洋食館へ。皆さんもう全員集合だった。
 妻方の長姉は80歳になる。元気で太極拳を指導しているが、ひざの関節が痛くなり3月に足の手術をした。杖は必要だが、順調に回復して今日が快気の宴となった。義理堅い夫婦で、人生の節目には人を呼んで会を催す。数年前は金婚式のお祝いが開かれた。兄も近頃は足が痛いらしく、出歩かないが色艶が良い。もともと色白な人だ。
 集まったのは5家族、8人。妻と一番似ている若松の姉は、次女の結婚式の前日に血圧が急に高くなって緊急入院したが、それも治まったようで元気そうだ。すぐの姉の旦那さんは実家の法事だそうで欠席。
 姉の挨拶のあと、ワインで乾杯。その後洋風会席。イタリアの白ワインで飲みやすい。聞くと焼酎は置いてないそうで、冷酒かワインしかないとのこと。結局ワインで通すことになった。
 料理はイタリア風?創作ものらしい。季節の花が添えられていたりして女性陣には大受け。次から次へ料理が運ばれ、日頃は刺身などの純和風が多い私には名前も分からない珍しい料理だったが堪能した。席は掘り炬燵風で、足が下ろせるので姉たちには楽だったみたい。
いつものように口達者な姉たちの近況や昔話などを聞いたり、次女の結婚式写真を披露したりして2時にお開き。長姉宅に場所を移すことになった。家は東京から帰ったときに新築したもので、シャッターは全自動、防犯システムも完備しており、我が家とは違ってレベルが高い。姉が足の手術をしてから手すりなどを取り付けたが、色合いも良く違和感がない。同じ建築メーカーに頼んだとのことだ。2時間ほどして、飲みつかれてお暇することに。中間の姉が方向が違うのに、わざわざ送ってくれるとのことで感謝・感謝。
 家に帰って、男子ゴルフを見たり、相撲を見たりしてくつろいだ。が、この後が大変だった。写真は最後に出た料理。おかゆ

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父誕生日

2006-05-22 20:07:09 | 平々凡々
20日、父の誕生日だ。91歳になる。昨年9月に倒れてから入院中。病院でリハビリをしているが足腰の衰えはどうしようもない。認知症もひどくなり、分かるのも私たち夫婦と、孫娘、弟だけだ。妻は3日にあげず、私は会社が休みの土、日に見舞いに行っている。妻の発案で誕生日ということで午後から外出許可をもらって福知山の麓、鱒渕ダムに出かけることにした。父にとっても思い出の場所である。 外出は4月の桜が満開の折に、小倉城に出かけて以来、約1ヶ月ぶり。車の中から外をじっと眺めている。何を考えているのだろう。殆どしゃべらないので良く分からないが、若い頃の思い出が浮かんでいるのだろうか。ダムの水は田植えの時期でかなりの放水をしているが、満水に近い状況だ。昨日までの雨がからりと晴れ、湖面がきらきらと輝き、すがすがしい思いがする。車椅子でダムの湖畔の遊歩道を巡ることにする。舗装しているので歩きやすい。妻と交互に車椅子を押す。父は何かを思い出したのだろうか、湖面を跨ぐ赤い吊り橋に差し掛かると泣き出しそうな顔となった。感情が表に出たのだろう。何か云っているが、良く分からない。
途中に野いちごを見つけた。子供の頃に昆虫採集の傍ら、せっせと摘んだ野いちごを思い出す。時期は少し早いような気がするが、近頃は地球温暖化で早くなっているのだろうか。草むらに分け入って摘んでいると福知山登山の帰り道であろうか、老夫婦がやはりイチゴを手にぶら下げて通りかかった。父に手渡すと唇を赤く濡らしながら、懸命に食べている。私も口に入れる。甘酸っぱい香りが広がる。途中でかなり食べたが、見かけが良いイチゴは草の茎に刺す。娘たちへのお土産だ。
 遊歩道は20年前と変わっていないが、木々が大きくなっている。特にところどころに植えられている梅の木が大きくなっているのには驚いた。実が鈴生りになっており、地面にも落ちている。このまま落ちるに任せるのは勿体無い、と思う。旧ダムの放水口に差し掛かると、昔と同じように黒アゲハやカラスアゲハ、アオスジアゲハなどが乱舞していた。食草に群がっているのだ。
 湖畔を巡って1時間半、陽射しが強いので父も疲れただろうと思い、帰ることにする。時々感情を表すが、穏やかな顔をしている。病院でも穏やかで扱いやすい、と聞いている。老人医療のしくみが大幅に変わるそうで、大変な時代になるかもしれないが、これからも長生きして欲しいものだ。
(帰って、デジカメを見たところ、いつの間にかマニュアル操作になっており、せっかくの写真が露出オーバーで使い物にならない。ブログ用にと思っていた湖畔の風景や野いちごの写真がパー。がっくり。写真は写りが悪いけど、紹介させてください)

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