小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

ある内科医

2009-01-05 04:07:25 | 医学・病気
ある内科医

研修病院の男子病棟の時、ある内科の医者が毎週、見学に来た。精神科医は内科は弱いから内科の先生が来てくれると助かるので歓迎するのである。その先生は理由は知らないが、精神科に興味を持って見学に来ていた。はじめは、優れた良い先生だと思っていた。しかし、だんだん、氏が嫌いになった。一見、紳士そうに見えたが、だんだん化けの皮が剥がれてきた。まず態度がおかしい。日本の精神医療はまだまだなっていない、などと言う。男子病棟の医長が、精神科の欠点を言うと、それを逆手にとって精神科を非難してくる。こんな態度はおかしい。どんな偉い立場かは知らないが。
そもそもどんな組織でも、世の中は容易に自社を見学などさせてくれるものではない。どんな組織や企業にも知られたくない欠点や企業秘密はある。だから、見学させてくれるところがあったら、自分は部外者なのに頼みを聞いてくれたという見学者の立場をわきまえなくてはならない。その自覚が全然、無いのだ。
そして見学者や取材者が知りたがっているのは、組織の欠点、実態である。そういうのは普通の企業だったら言いっこない。しかし医長は、正直に欠点を言っていた。そしたら彼は、えー、と驚いて本気で非難してきた。私は彼が頭がおかしいと思った。
人間は普通、自分の欠点など言わないものである。言う場合は、自分を不利の立場にしてまで、あえて本当の事を教えてくれた事に、心の内に礼を言うべきだ。そして非難など、もってのほかである。しかし、その先生は、欠点を知ると、それを逆手にとって本気で非難してくるから、あきれた。物事の道理がわからないのだ。
どんなに自分が空手が上手くても、柔道を学びたいと思ったら自分を白紙にして柔道家の先生に礼儀正しく頭を下げて教えを請うべきだ。それが礼儀であり、またそういう気持ちが無ければ、人間は柔道など身につける事など出来ない。
その先生は、いくつかの学会の評議員で、「僕は日野原先生とも親しいんだ」などと言っていた。そんな事は関係ない。自分が内科で偉くても、精神科は部外者ではないか。偉そうに批判するなら自分が精神科を責任もってやってみろ。精神科医は苦しい日本の医療行政の現状の中で精一杯、頑張っているのだ。世の中や医療行政は精神科を中心に回っているのではない。さらに嫌なのは、人間が学問を超える事はないのに、その先生は、我こそは学問なり、という態度だったことである。
精神科では、結構、素人に患者を診させるということもする。
専門家の視点ではなく、専門に偏ってない一般の人の視点からどう見えるかということも参考にするためだ。そういう点で、私も男子病棟に配置された時、診断の難しい患者を全部、任された。私はそれらの患者の病態を全部、解明してカルテにびっしり書いてしまったので、その先生はもはや、私以上の考察が書けないため、病院に来れなくなってしまった。何やら、本当かな、とか、そんなにお前はすごいのか、とか疑われそうだが、事実、本当なのである。私は研修の時は張り切って真夜中まで勉強していた。私のカルテは患者の病態研究の考察論文のようなものだった。
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