何事もそう思うのですが、それを生業としている専門家というか、プロといわれる人たちの感性や勘の出どころはどこか違うのですね。さすが、と唸らせるものがあり、確かに素人にはまねのできない優れたものが潜在的なところにプールされているのでしょう。実に学ぶべき点が多いものです。さらにプロではないが、相当の潜在力を持ったアマチュアの方も僕の周囲にもいます。
そんな方もまた教え方がうまくてよく理解できるものです。ぼくのコンピュータの師匠は、今は遠くに行ってしまったA君です。やがて彼はプロとして独立したのですが、札幌にいる頃はぼくがSOSをだすとすぐにリモコンのように電話でやりとりをして見事解決!と叫んだこともしばしば。
何のお礼もしない代わりに、わが妻の手料理で夕食を楽しみながら、四方山話をして遅く帰宅するといったことをしていました。今は東京に行ってしまったので、ぼくの師匠は近くにおらず、不安です。いまのところ機械のほうが忠実に動いてくれているので、助かっています。
A君やプロの人たちはたちどころに解決する能力をどこで磨いているのだろうかと、ぼくには不思議に思うばかりです。どこか発想源が違うのかもしれませんね。でも教え上手と教え下手の方がいることも事実です。だからプロのセンスを身につけることが早い方となかなか理解できずに一人で苦心惨憺としている人も多いのではないかとも想像します。
ぼくも早くコンピュータを操ってみたいと思ってはいますが、いまのところコンピュータのルールを忠実に忘れないように従う家臣のようなものです。キーをたたく正確さと早さ、文章を作成したりすることは、かつて英文科にいたせいか英文タイプを学んだことが今になって生きていることだけが取り得でしょうか。
やさしいタイガー