「この選挙 土下座で一票 甘くない」。 これは僕が作った川柳である。今、日本国中参議院選挙期間中ゆえ、候補者の選挙カーが走り回っている。 すでに泣き声で話す候補者もいる。中には候補者本人が自動車に乗っていなくとも、録音した自声も流れてくる。
はたして誰をオラが街の先生にすべきか、思案している人も多いことだろう。政党? 学歴? 多少嘘っぽい学歴も大目に見て。 年齢? やっぱり若い人に継いでもらいたい? 土下座するような人はいや! 知名度が高いから安心できる?・・・・。 みんなとりあえず見える形からしか候補者を選べないのだ。 街頭で突如政党の偉う人に推薦言葉をもらってぺこぺこ頭を下げるだけの候補者に 「よっしゃ、まかしといて」ととてもいえない。ぼくは。
東京都の知事を見て気付いたはずだ。 このところ3代にわたって知名度の高い人物が頂上に立ったが、彼らのふるまいを以前に遡ってみてみると、 なんとなく首をかしげたくなるような言動があった。でも表に立たせてしまった。結局はあらぬ期待だった。やや姿勢を斜めにしてみていた人は、不祥事を知って 「それみたことか」と嘆き節をうなっているかもしれない。
どこの町も村も大なり小なり同じことを繰り返してはいるのだが、そもそもたった2週間程度で立法や行政の責任的立場に送り出すにしてはあまりにも情報が乏しい。 何をしたいのかはっきりさせず、ただ自分の名前を連呼し、がなり立てるようなだみ声で、そしてまた土下座するようないじましい態度に、 投票の一票がもらえるほど選挙は甘くないことは知っているはずなのだが。
本当に政治にかかわりたいと思うものは、普段から足元の声を受けえとめ自分ならどういう政策を創り、政党役員に訴え実現することができるか、 血の出るような格闘をして街頭に立ってもらいたいものだ。徳川家康はこういった。”勝つことばかり知りて、まくることを知らざれば、害その身に至る”と。
僕たち市民も真剣に熟考し、どういう人物に政治を託したいのか、しっかり助走やストレッチをして本番の箱に入れたいものだ。
やさしいタイガー