秋篠宮家に悠仁さまが誕生した。ご長男ということで、大喜びの人、複雑な思いをする人と国民もひとしきり話題にしていることだろう。9月13日の新聞には旭川でちょうちん行列が行われた記事と写真が掲載されていた。誰かが招集をかけたのだろう。いろんな人がいろんな方法で心から喜ぶのはいいことで、毎日暗いニュースの中で久し振りに国民的祝賀の雰囲気が漂った。しかしぼくにはちょっと気になっていた。
まだ小学生の低学年のころ、徴兵のために戦場に赴く人を近所の人と一緒に見送るためにちょうちんを持って歩いた記憶がよみがえってきた。70歳を越した人なら、一度や二度そんな行列にかり出された経験をお持ちだろう。顔は笑っていても心の中では今生の別れを覚悟して深い悲しみとともに見送る親たち、暗い夜ぼんやりした明かりのちょうちんが一層先の不安を掻き立てるような思いで歩いた人も居ただろう。勇ましい軍歌を歌いながら、人はどんどん消えて行ったあの時代を思い出してしまう。
折角のおめでたいことに水をさすような気はないが、あのころ、勝ってもいないのに「勝った」といってはちょうちん行列に集められ、暗い夜道を歩いたことは今でも心に焼き付いている。まさか日本が再びそんな道に行くとは思っていないが、このような本当におめでたいときには、それぞれが静かに心の中でおめでとうございます、と普通の家庭のように祝福をする方が、今の日本人にはあっているように思う。複雑そうな皇室のニュースをうわさのように耳にするとき、ちょうちん行列の残した想い出はぼくには決して明るい想い出とはなっていない。
やさしいタイガー