LE REGARD D'ALAIN DELON

アラン・ドロンさんの魅力を探ります。

太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(5)

2005-07-29 | TV APPEARANCES
1995年にN●K・BSで放送された特別番組
『シネマ100スペシャル~フランス映画は大人のテイスト』より

この番組のメイン・パーソナリティを務めたアラン・ドロン(当時60歳)が
冒頭で語った『太陽がいっぱい』についてのコメントです。
時に過ぎ去った日々を懐かしむように遠くに視線を移しながら、
にこやかに私たちに語りかけてくれます。
(野沢那智の吹替え音声が絶品でした。)

“『太陽がいっぱい』は日本でとても評価してもらうことが出来ました。
この映画で私は日本の皆様に愛してもらうことができました。
日本を訪れるたびに、世代の別に関わらず、
たくさんの人が私に『太陽がいっぱい』のことを語ってくれます。
この1本の映画は私の人生にとても大きな意味を持つのです。”
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MAKING OF “1 CHANCE SUR 2”(4)

2005-07-24 | BEHIND THE SCENES
『ハーフ・ア・チャンス』メイキング第4回目。

ロシアン・マフィアたちの奇襲を受けてそれに応戦する場面の撮影現場です。

駆け寄ってくるパラディを銃弾から守る為、ドロンが迎えに行き
二人で身を伏せる一連のアクションをルコント監督のそばで真剣に練習しています。
その成果が出て本番では二人ともスタントなしで見事に演じています。

またベルモンドはスタッフ相手にボクシングのポーズを取るなどリラックスする姿が見れました。

ベルモンドとドロンがパラディを人質に取られて振り向く場面では
振り向きざまドロンが左手に銃を持ち変える仕草を見せてくれます。
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MAKING OF “1 CHANCE SUR 2”(3)

2005-07-23 | BEHIND THE SCENES
『ハーフ・ア・チャンス』メイキング第3回目。

ベルモンドがパラディをサーキットに連れ出してレースの手ほどき中
怒ってやってきたドロンとベルモンドが口論する場面です。

運転席に座るパラディに向かって何やらふざけるドロンの姿や、
口論のシーンでベルモンドのアドリブに大笑いする二人の笑顔が見れます。
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MAKING OF “1 CHANCE SUR 2”(2)

2005-07-22 | BEHIND THE SCENES
『ハーフ・ア・チャンス』メイキング映像(フランス版)より第2回目は
映画のラスト・シーンの舞台となったニューヨークのセントラル・パークでのロケ現場です。

ドロンとベルモンド二人がベンチで言葉を交わすシーンで、
例によってベルモンドのギャグにドロンが爆笑しています。

スタッフ共々和気あいあいとした現場の雰囲気が伝わってくる楽しい映像です。
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MAKING OF “1 CHANCE SUR 2”(1)

2005-07-21 | BEHIND THE SCENES
1998年作品『ハーフ・ア・チャンス』のDVDの特典映像にあるメイキング・ビデオですが、
日本版に比べてフランス版は40分のロング・バージョンとなっており、
これ自体が1本の映画として見ても十分楽しめる内容となっています。
ドロンとベルモンドの笑顔満載のこのフィルムより、
映画でのシーンごとに区切ってその映像をご紹介していきます。

まず第1回目はドロンとベルモンドがヴァネッサ・パラディよりパイプを
プレゼントされるシーンです。
何やらベルモンドが可笑しな事を言ったようで、
ドロンは顔をくしゃくしゃにして笑い転げています。
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FROM MY SCRAP BOOK (8)

2005-07-20 | THE BRILLIANT PHOTOS

ロードショー誌より。
(6)に続いて『エアポート’80』の撮影中のスティール写真です。
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THE CONCORDE AIRPORT'79 (2)

2005-07-18 | THE 70'S CINEMA
アラン・ドロンが扮するのはコンコルドの名パイロット、ポール・メトラン機長で、
いかなる時も冷静沈着で、常に的確な判断を下す大変魅力的な人物です。
まるで『チェイサー』や『フリック・ストーリー』の主人公のようでもあり、
決して『プレステージ』の主人公のようではありません。(あったら困りますが・・)

『タワーリング・インフェルノ』でのニューマン&マックィーンの先例もあるように、
いわゆるパニック映画では主人公が単独で超人的に活躍する物語よりは、
二人の主人公が互いに協調し友情を育んでいく物語にする方がより感動的になります。
偶然にもこれはフランス映画でドロンが演じてきた映画の数々にもあてはまるもので、
この映画でも、ドロン機長とジョージ・ケネディ扮するシリーズの常連、
ジョー・パトローニ機長との間で信頼関係が構築されていく様が丁寧に描かれています。

また2回の攻撃から逃れてフランスにようやく到着した直後の機内で、
ドロン機長がデビッド・ワーナー扮する整備士に向かって
操縦席から振り向きざま「ありがとう。」と語りかける場面も
いつか何かの映画で見たシーンを思い起こさせます。

このようにこの作品の脚本家はあらかじめドロンの魅力について
かなり研究してシナリオを書いた形跡が見られることから、
いかに作品の出来はよくなくとも、
ドロン機長は魅力ある役柄として引き立っていると思います。

共演のシルビア・クリステルは撮影終了後のある雑誌か何かのインタビューで
撮影中ドロンから自分の演技についてかなり手厳しい評価を下された、と
ドロンの事を快く思っていない主旨の発言をしていました。
しかし確かにドロンの指摘の通り、
微妙な心理面の変化を、顔の筋肉に力を入れることなく表現することが出来るドロンに対して
全くそれに受け応えできず、ただ目を泳がせるだけの彼女の演技は
見ていて逆に気の毒になりました。

この映画の音楽の担当はラロ・シフリンです。
ドロンの作品では以前に『危険がいっぱい』『泥棒を消せ』を担当しており、
ドロンとはこれが3作目となります。(偶然とは言え珍しいことだと思います。)
このサントラ盤はCD化もレコード化も恐らくされていませんが、
メイン・タイトルとラブ・テーマはけっこう私は気に入ってます。
いつかCD化されることを願っています。

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THE CONCORDE AIRPORT'79 (1)

2005-07-17 | THE 70'S CINEMA
The Concorde: Airport '79 (1979)

70年代、精力的に活動を続けてきたアラン・ドロンですが、
その締めくくりに(というわけでもないのでしょうが)
突如ハリウッドのパニック超(?)大作に主演したのがこの『エアポート’80』です。

アメリカでの当時のドロンの知名度がどれほどのものであったのかはわかりませんが、
とりあえずタイトルロールでは主演扱いで、丁重に迎えられていたのは事実のようです。

しかしながら出来上がった作品は、1969年の『大空港』から始まった
エアポート・シリーズの「最後を飾るにふさわしい。」
と言うより「シリーズ打ち切りの引導を渡した。」
という表現がぴったりのどうしようもないB級トホホ作品となってしまいました。

恐らく企画段階でユニバーサルの製作者たちの頭の中には、
まず「コンコルドありき」から始まり、
次にそのコンコルドがミサイルに狙われたり、戦闘機から攻撃を受けたり、
着陸でブレーキが効かなくなったり、制御不能になってアルプス山中に不時着したり、
などといったシーンを思い描いたのでしょう。
ストーリーはそれらの“妄想”に現実感を持たせるための道具にすぎず、
そこにある程度名前の知れたお手軽俳優たちをキャスティングし、
シリーズの統一感を出すためにジョージ・ケネディにお出で願って、
最後に「さて主演スターを誰にしよう?」となったはずです。
そこで何人かのフランス人俳優がピックアップされた中で、
英語が堪能で、かつ主要マーケットである日本での知名度が格段に高い
アラン・ドロンに白羽の矢が立った、というのが事実ではないでしょうか。

出演の要請を受けたドロンはことのほか喜んだことと思います。
まず第1にこのような大規模予算のハリウッド大作に、
以前ハリウッド進出に挫折した自分が迎え入れられること、
さらにフランスが当時世界に誇っていたコンコルド機を
自分が祖国を代表してアピールができること、
またそれに見合うギャラの高さなども当然引き受ける基準にはあったでしょう。
しかし、私はそれ以上に、(あくまで推測ですが)
“尊敬するバート・ランカスターが第1作目で主演したエアポート・シリーズに
自分も主演することが出来る。”
ということにドロンは特別な意義を見出したのではないかと思います。

そういう気持ちでいたからかどうかは別として映画の中でのドロンの演技は
決して手抜きのないヨーロッパの名優としての誇りを感じさせ、
周りのユーモアまじりのにやけたハリウッド俳優たちとは一線を画しています。

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FROM MY SCRAP BOOK (7)

2005-07-16 | THE BRILLIANT PHOTOS
Toubib, Le (1979)

ロードショー誌より2回にわたって紹介された
『未知の戦場』(『LE TOUBIB』)
のスティール写真です。

これらの写真だけ見るかぎりにおいては
早く見たいと期待したものです。

しかし映画の出来は・・・・
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『LA PISCINE』 ET 『LE CERCLE ROUGE』

2005-07-15 | THE SOUNDTRACKS
Piscine, La (1969)

Cercle rouge, Le (1970)

先月フランスで発売された
『LE CINEMA DE MICHEL LEGRAND』です。

1950年代から現在に至るまで、
ミシェル・ルグランが手がけた膨大な映画音楽を4枚組のCDにまとめた
正にルグラン・シネマ・ミュージックの決定盤と言える本作の中で、
ドロン出演作品からは2作品の音楽を聴くことができます。

まずは恐らくこれが世界初CD化となる『太陽が知っている』のメイン・テーマです。
ルグランと姉のクリスチャンヌ・ルグランとのスキャットで始まり、
前半の二人のアドリブ合戦の後、アップテンポなリズムに変わってからの後半は
コーラス隊のスキャットをバックに、
ステファン・グラッペリのめくるめく音色の変化が美しいバイオリンン・ソロに移り、
最後は再びコーラス隊も交えた二人のスキャットで幕を閉じます。
ちょうど今のこの蒸し暑い季節に聴くには一服の清涼剤となる一曲です。

そしてボーナス・トラックとしてCD4枚目の19曲目に収められている
『仁義』(未使用バージョン)は本作の最大の目玉といっていい大変珍しい一品です。

『仁義』の音楽は当初ジャン・ピエール・メルヴィル監督がルグランに要請していたものの、
結局出来上がった作品がメルヴィル監督のお気に召さず、お蔵入りとなりました。
そしてその後を引き継いだのが『影の軍隊』でメルヴィル作品の音楽を担当した
エリック・ドマルサンだったのです。

『仁義』サントラ盤のライナー・ノーツによりますと、
当初自分に依頼が来るものとばかり思っていた『仁義』の音楽が
ルグランに要請されたことに大変失望を感じたドマルサンは、
それまで私生活でも交流を深めてきたメルヴィルと距離を置くようになりました。
しかしその後メルヴィルから突然の呼び出しがあり、
「『仁義』の音楽をルグランに替わって担当して欲しい。」との要請があったとのことです。
しかしながらルグランとの友情関係にひびが入ると懸念したドマルサンは、
その要請をいったんは固辞しました。
そのときにルグランからドマルサンに直接電話がかかり、
「『仁義』の音楽については気にしないで取り組んで欲しい、
アレンジなどで自分が協力できることは何でもする。」
と言ってくれ、ようやく引き受ける決心がついたそうです。
ドマルサンはこのときのルグランの大きな心にいたく感銘を受けたと書かれています。
正に映画の内容を彷彿とさせるような舞台裏の男の友情劇にこちらも感銘を受けました。

さてそのお蔵入りとなったルグラン版『仁義』の音楽の中身について。
基本的にはビブラホンを使ったモダン・ジャズで、この曲自体の出来は素晴らしいのですが、
ルグランの持つ独特のセンスと明るさがどうしても顔を出してしまっており、
『仁義』にある“乾いた暗さ”を表現するには至っておらず、
ここはメルヴィル監督の判断が正しかったと言わざるをえません。

このCDには上記のドロン関連2作以外にも
イーストウッド監督作『愛のそよ風』、
『真夜中の向こう側』、『面影』、マックウィーン遺作『ハンター』、『モン・パリ』など
これまでCD化されていなかった作品が多数収録されており、
ルグラン・ファンにとってはもとより、20世紀映画音楽の記録として大変貴重なアルバムです。

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Mazda Cappella (2)

2005-07-14 | CM FILMS
カペラCM第2弾。

煙草に火を点けるドロンの映像から始まります。
その後森の中で乗馬をする少女たちを発見したドロンが
やおら停めてあったカペラに向かって走りだし、
木々の間をなぜか蛇行運転しながら彼女たちに近づき、
何か一言二言しゃべった後笑顔でバイバイ・・・

どうもダーバンのCMに比べると違和感ありすぎる映像です。



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D'URBAN (4)

2005-07-13 | CM FILMS
私が初めてTVで見たダーバンのCMがこの狩猟編。

それまで知らなかったこの俳優の存在感に圧倒され、
人生を変えた(大げさですが)CMです。

今観ても短いカットの積み重ねの編集技術が素晴らしく
短編映画としても十分に楽しめる超一流の作品です。
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FROM MY SCRAP BOOK (6)

2005-07-06 | THE BRILLIANT PHOTOS
ロードショー誌より、
『エアポート’80』撮影中のスナップ写真です。

当時この作品ほど公開を期待した作品はありませんでした。
出来上がった作品についての感想はいずれまたゆっくりと書きますが、
掲載される写真の数々はとても魅力あるものばかりでした。
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FROM MY SCRAP BOOK (5)

2005-07-05 | THE BRILLIANT PHOTOS

(4)と同じ撮影時の写真です。
(スクリーン誌より)
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SOLEIL ROUGE レッド・サン (2)

2005-07-04 | THE 70'S CINEMA
アラン・ドロンはチャールズ・ブロンソンとは既に『さらば友よ』で共演済みですが、
あの作品では明らかにブロンソンのキャラクターに魅力があり、
ドロンは13歳年上のブロンソンを立てた映画だったと思います。
しかし『レッド・サン』ではそういう一歩引いたところが全く無く、
ブロンソン相手にやりたい放題の悪役ぶりです。

三船敏郎とドロンが共演する場面はさほど多くはないのですが、
“日本の侍”と“フランスのサムライ”が対決する、という魅力的な図式は
正にドロンが敵役であればこそ実現するものです。

共演女優のウルスラ・アンドレスは、テレンス・ヤング監督と
『007ドクター・ノオ』以来のコンビ復活という話題が一般的です。
しかし私には当時私生活でジャン・ポール・ベルモンドのパートナーであった彼女が
ドロンの恋人役で、しかもブロンソンとの間で心が揺れ動くという役柄を演じることに
製作者の粋なお遊びというものを感じてしまいます。

ドロンは左利きの拳銃使いであるという設定を撮影現場で初めて知り、
猛練習の末に指に血豆を作りながらもマスターした、という有名な逸話がありますが、
この作品のあと『ビッグ・ガン』でも左利きの殺し屋のガンさばきを見せてくれます。
しかしこの作品では右でも撃つシーンはあり、両手使いの設定のようでした。
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