ブログはじめました!(since2012,feb)

・・・🌸  山も花も初夏を迎えています  🌺・・・

盛金富士

2024年04月03日 | その他の山

茨城県で有名な山は?(*・ω・)/ハーイ 筑波山: 877m(日本百名山)

     最高峰は?(*・ω・)/ハーイ 八溝山:1022m(関東百名山)

    盛金富士は? (*・ω・)/ハーイ イワウチワの群生地があります

3月31日「盛金富士」へ遠征してきた。

 7:45 JR常磐線特急ひたち3号・・・JR水郡線(水戸と郡山を結ぶ)で10:20下小川駅へ

10:20 下小川駅(無人駅)

左)盛金富士  右下)熊野山 中央)久慈川と水郡線

バイモ:(編笠百合)ユリ科

球根が二枚貝に似ていることからこの名がある。

日本原産のコバイモは一茎一花だが、バイモは数花付ける。

コバイモ:藤原岳(三重県)

ムスカリ(園芸種)

枝垂れ桜 soon!

10:35 登山口の富士神社鳥居

落葉樹林

中央)奥久慈男体山:m 左)長福山 @伐採地から

10:55・11:20 伐採地から木段の尾根道へ

北側斜面に”凄い数”のイワウチワが、急斜面に広がっているので

 撮るのも見るのも容易ではありません、これがここまで残っている理由か?

イワウチワ:イワウメ科(イワカガミと同属)

葉が団扇に似ているのでこの名がある。

必ずしも岩場に咲くとは限らない、繁殖力が強いので群生を成す。

  

     

石仏が二体  

この急登を行くと・・・・

11:25 盛金富士:340m

 盛金富士は久慈川西に位置し、南北に連なる八溝(やみぞ)山地の一つ

鷲子(とりのこ)山塊に属する山 【日本山名辞典にはない】

せまい山頂には石祠、ベンチ、三角点、説明板

久慈川下流域

11:30 降ります、急登!!!

ミツバツツジ 

ジジババ(地元ではこの名で呼んでいた)

キケマン

カタバミ

ボケ

12:15 下小川駅で急ぎ昼食、熊野山へ

 残された時間は2時間行けるか  

熊野山:

久慈川を下小川橋で渡ります(水郡線鉄橋)

13:00 この登山口を見逃した・・・・(橋を渡ってすぐだった)

 周囲を散策し、時間をつぶしました。

常陸?スミレ

マメシダの描いた作品

ニリンソウ

キクザキイチゲ

(仲睦まじい)テンナンショウ

平川橋(沈下橋)

増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。

有名なのは四万十川。上流にダムがないので増水時流れの調節ができない。

したがって沈下橋が多く設置されている。

盛金富士

  行程:標高差299m/6km/3,5時間

  6:55 山手駅=10:43 品川駅(常磐線)水戸駅(水郡線)=10:25 下小川駅 

   ⇒10:35 富士神社鳥居 ⇒10:55 イワウチワの群生地 ⇒11:25 盛金富士 

   ⇒12:10 下小川駅 ⇒(熊野山へ周辺散策)⇒14:12 下小川駅


二上山(奈良)

2022年05月12日 | その他の山

(京都)西山の夕景

5月9日、京浜東北線・・新横浜・・🚅・・新大阪・・地下鉄御堂筋線・・天王寺

  近鉄阿部野橋・・近鉄南大阪線 10:30 二上山駅へと”遠距離移動”    

10:30 二上山へ出発  

二上山(奈良県葛城市)ってます

標示は完璧です 

10:50 登山口(写真は山頂にあったものです )

針葉樹林帯から広葉樹林帯へ

ミツバツツジ(終わりかけています)

11:20 六合目(展望台)

まったりとした奈良の原風景?

ここから上り一辺倒  

11:50 大津皇子の墓

大津皇子:天武天皇の第3皇子に生まれたが、

 あまりに勇敢で聡明な資質のために24歳で謀反の罪をきせられ、死罪になった。

皇子の死を嘆き悲しんだ姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が詠んだ

「うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山(ふたかみやま)を 弟背(いろせ)と我が見む」

という万葉集の歌は有名です。

【訳】この世の者である私は、明日からは二上山を(亡くなった)

                                           愛しい弟と思い、見ることにしよう。

12:10 二上山:517m、眺望はまったくありません

奈良県当麻町と大阪府太子町の境、生駒山地の南部に位置する「二上火山群」の主峰。

北の雄岳と南の雌岳からなる。雄岳の頂上に*大津皇子の墓がある。

雌岳 へ向かいます

鞍部まで下って、

ベンチで雨空を見ながら昼食

12:30 雌岳へ・・・・

日時計と眺望に恵まれています。

東方向に大和三山(香久山:m、畝傍山:m、耳成山m)

 霞のなかでした。

南方向に葛城山、西には大阪湾や淡路島も・・・霞んで見えず

チゴユリ

鞍部へ戻り、祐泉寺へ降ります、沢沿いの急登、植生には恵まれていた

カンアオイの葉(細長い?)

ウマノアシガタ:キンポウゲ科

これが平衡状態

指名手配:調査中

シャガ

13:10 祐泉寺:天台宗、山門が登山口

What is This?  

〇 ● まる 丸  

13:40 當麻寺(たいまてら)へ寄ります

聖徳太子の導きにより、612年に創建、681年には現在地に移されたと伝わる。

「奥院」浄土宗総本山知恩院の「奥の院」として建立された。

日本最古の東西両塔や梵鐘・石灯篭など数多くの文化財を伝える古寺。

「御影堂」の背後に二上山を拝す

浄土庭園

現世を石組と渓流で表現し、阿弥陀浄土の世界が広がっていた

地蔵菩薩

宝物殿の庭

東塔

仁王門

門前町を歩いて当麻駅へ 

お気持ちは充分に伝わります

「相撲発祥の地」とか

  行程:標高差413m、7km、3,5時間

 10:35 近鉄二上山駅 ⇒10:50 登山口 ⇒11:20 6合目 ⇒11:55 雄岳(大津皇子の墓所)

  ⇒12:30 雌岳・昼食 ⇒13:10 祐泉寺 ⇒13:40・14:00 當麻寺 

  ⇒14:10 近鉄当麻駅 ・・🚋・・🚃・・ 京都駅(泊)

**

>>>空海 14

秘法を学ぶ

「学生よ、お前がそこまで仏法のことに熱心ならいい工夫を教えてやろう」

山野を歩き回っている乞食のような私度僧に云われた。

この私度僧は万巻の経典をたちまち暗誦できるという秘術を教えた。

つまり、ある真言を、ある場所へ行き、そこで一定の時間内に

 百万遍唱えるというもの。

この苦行を反復するうちに、人間の意識下に眠っているどの層かが急に

 光芒を放ちはじめ、その光芒に照らし出せば八万四千と云われる経文を

 意のままに暗誦できるようになるというものであった。

インドに伝わる「虚空蔵求聞持法=こくうぞうもんじほう」という秘法。

記憶力をつけるために虚空蔵菩薩という密教仏にすがり、

 その菩薩の真言を一定の方法で唱える。

真言とは言語の一種であるが、人間の言語ではなく、原理化された存在

(法身如来)たちがしゃべる言語である。

むずかしい、誰でも簡易に会得できることではない

 


宝篋山(ほうきょうさん)

2022年04月13日 | その他の山

4月12日茨城県土浦市へ遠征、宝篋山を歩いてきました。

宝篋山を知ったのは、筑波山へ上った際地元の人に「あれが宝篋山」と教えてもらった縁です。

根岸線~宇都宮ライン~常磐線で土浦駅へ約2時間の移動。

9:25 筑波山口行きの関東🚌で「宝篋山入口」BS 10:05着 

晴れ、気温は夏日の予報(中央の電波塔が山頂)

10:10 沢沿いの道「常願寺コース」を行きます

ハルジオン

クサボケ

田圃の畦道を歩いています

迷うことはないようです

ムラサキサギゴケ:ゴマノハグサ科(小さい花が多い)

ヤマネコノメソウ

沢の小道を行きます。

宝命の滝・くすしろの滝わずかな落差の流れを命名していますが気が付かなかった?

天狗岩、沢沿いの道低山とは思えない雰囲気です

雅滝:落差2m?

ユリワサビ

イチゴ

11:10 尖浅間山(とがりせんげんさん)315m

キランソウ:シソ科   

      

スミレの皆さん            キジムシロ

ヤマツツジが一輪

ムラサキケマン

12:00・12:15 宝篋印塔

宝篋印塔とは「宝篋印陀羅尼」(呪文)を内に収めた供養塔をいう。

鎌倉中期以降各地に造立された。 

塔形は方形の階段状の基壇・方形の塔身・笠・屋頂に相輪を載せ、塔身の四面に古くは梵字を刻んだ。

宝篋山の山頂には山の名前の由来となった高さ約2.5mの宝篋印塔が建っており、

 鎌倉時代中期に建てられたと言われている。

内部には、このお経を納めれば、天災を免れたり、来世で苦しんでいる先祖を

 極楽に導くことができたり、現世で苦しんでいる人々を救うことができる等、

八つの功徳があると言われています。     【豆知識より抜粋】

筑波山を正面に昼食     

12:15 宝篋山:461m、撮ってもらいました

「宝篋城跡」を散策し、極楽寺コースを降りました

ジュウニヒトエ:シソ科

ウラシマソウ:サトイモ科テンナンショウ属

「コブシの路」わずかに花が残っていました

パンパンに乾いて少し歩きづらい道 

早くもチゴユリが咲いてました

何・・・・・・・だ 

ホウチャクソウ?と

道は沢沿いへ

ニリンソウがいっぱい咲いてました 

杉林に「風花」が舞ってます

シャガ

里に下りてきました 

最後の宝篋山   

写真のない花たち   

オオイヌノフグリ、タンポポ、シキミ、シダ類、ホウチャクソウ、ナズナ、タネツケバナ

  行程:標高差440m、7km、約3時間

  9:25 JR常磐線土浦駅 =10:05 宝篋山BS ⇒10:10 小田休憩所・(常願寺コース)

   ⇒沢沿いの道)11:10 尖浅間山:315m ⇒12:00 宝篋山:461m 

   ⇒12:15 (極楽寺コース) ⇒13:30 小田休憩所 ⇒13:44 宝篋山入口BS

**

>>>空海 その11

・・・15歳の空海は讃岐の国を出てゆく

これ以降、定住のかたちとしては、故郷に帰ることがなかった。

空海が都に上ったのは延暦7年、帝は「桓武」。

空海が畿内の地を踏んだ頃は「奈良」と通称されすでにさびれはじめていた平城京。

桓武は延暦3年、突如奈良から山城国長岡への遷都を宣言する。

新都といっても荒蕪の丘陵地に過ぎず、

 「この地を開いて帝都たるべき新都市を建設せよ」と命じた。

奈良ではどれほどすごしたであろう?おそらく早々に発ち長岡に向かったはずだ。

彼はひとまず叔父の阿刀大足宅に寄寓して、

 大学に入れるだけの学力を蓄えなければならない。

叔父は「明経科=行政科」がいいだろうとこの甥のために決めていた。

空海は素直にこの道に進むのだが、結局はこの創造力に溢れた少年は、

 ぼう大な注疏の暗誦をして、いっさいの創意が許されないという知的煉獄にあえぎ、

  そこから脱出するにいたる。【空海の風景:二より】


生瀬富士

2020年11月17日 | その他の山

茨城県には5つの富士山がある。

日本で一番富士山の多い県だ。(2番目は栃木県の4つ)

今回は袋田の滝近くにある生瀬富士へ行ってきた。

上野🚉水戸と乗継いで水郡線(水戸⇔郡山結んでます)初めて乗ります

10:40 袋田の滝近くにある登山口まで歩きます

滝川の紅葉(旧道から)

左)生瀬富士:406m 右)立神山:420m

11:10 登山口(表示が消えかけていた)

  

沢沿いを行きます

灌木も🍂来てますね

もう終わりかけてました

生瀬富士

11:45 沢沿いから登り基調へ、標示が出てきました

急登を登ります、T崎さん

稜線に出て眺望が、筑波山方向

🍂  👏  

左)杉の植林帯 右)広葉樹

12:00 正面に岩場(山頂直下)

右に正規ルート、左へトラバースしたので岩を直登することに

ここを抜けてきました 

12:15 生瀬(なませ)富士

袋田の滝から流れ落ちた滝川の北面に切り立った断崖の山が続く。

袋田の滝の上流にある「生瀬の滝」と同名の山。久慈山地の一峰。

本来のルートはここに出てくる。

三角点、せまい山頂で昼を食べた

奥に久慈山地の山、左は立神山

日光から那須連山は灌木に遮られ撮れなかった

12:40 反対側に落ちるように降ります

トラロープでサポートされています

立神山への最低鞍部、約50~60m登り返します

13:35 立神山:420m

【日本山名辞典】に記載なし、生瀬富士より14m高い

生瀬富士

👏コウヤボウキ👏 

👏 👏 👏

「滝本」を俯瞰する

久慈山地:久慈川と山田川の境にある南北に長い、奥久慈男体山:654m

生瀬富士、月居山(つきおれ)山:404mがある。

道を案内してくれた茨城県のご夫妻、助かった

13:50 かずま分岐(通称四差路)⇔「袋田の滝展望台」へピストン

柵もない展望地から袋田の滝を「俯瞰」する

13:50 分岐へ戻って滝本へ降りる

日差しが出て見事な彩でした ↑  ↓

  

この急登を落ち葉に足を取られながら降りてきました

足底に疾患のあるT崎さんしてました

大きな一枚岩

14:20 滝本へ無事下山 

袋田の滝の流れ

立神山

袋田の駅まで戻ります

久慈川の流れ

15:20 袋田駅到着、16:03水郡線で帰途に着きました。

昨年の台風19号で久慈川に架かる橋げたが流され、水郡線は✖不通に。

(現在は一つ手前の上小川駅~🚌の代行輸送で日立大子駅を結んでいる)

急ピッチで橋梁新設工事が進んでいました。

来年3月時刻表改定までには🚆開通させるとか。

     行程:累積標高差590m、9km、4.5時間   

    10:40 袋田駅 ⇒(旧道)11:10 生瀬富士登山口 ⇒12:15~ 生瀬富士・昼食

     ⇒13:00 立神山 ⇒13:35~13:50 かずま分岐 ⇔袋田の滝展望台ピストン

     ⇒14:20 滝本下山口 ⇒(バイパス)15:20 袋田駅


安房高山

2019年03月04日 | その他の山

3月2日、Ⓜaitabiツアーで千葉の三郡山~安房高山まで縦走した。

三郡山:337mは、富津市、君津市、鴨川市の3つの境に位置する、房総半島最奥の山。

安房高山:365m標高の高い山、頂上からの展望はすばらしく、

元清澄方面の山並みや、遠く鴨川の町並みから銀色に輝く太平洋の眺めは良い。

この二つの山は国土地理院の地形図にも示されていない無名峰。

9:35 東京駅~アクアラインで千葉へ、登山口の奥山BS

高宕山(関東百)登山口

春です、ホトケノザ、オオイヌノフグリと菜の花

   

高宕山までは「関東ふれあいの道」

 

何~~~だ、筍じゃないよテンナンショウ

24名の参加者、若(少数)男女

10:25 ここで関東ふれあいの道とはお別れ  

未踏の山域へ   

小さなピークはほぼトラバース、足場は悪い(のピークがあった)

低山だがあなどれない、製の表示板がまさに道標(みちしるべ)

要所に標示が 

「カゴノキ」はげた木肌がの肌に似ているからこの名がある

サルノコシカケ

高宕山に生息する猿は天然記念物、見たことはないが。

12:00 笹郷山:308m、山頂の笹小塚 

下ります、登りも下りも急登 

12:05~20 展望のある岩場で昼食 

タイミンタチバナ

小灌木ヤブコウジ科、センリョウ・マンリョウの仲間

高宕山

モミノキ:標高300m足らずの低山にモミノキ大木は珍しい 

木洩れ日も

鹿野山そうマザー牧場のあるところです(奥の稜線)

三郡山、やっと視界に入ってきました

ヤセ尾根を歩いて 

イズセンリョウ

オニシバリ(鬼縛)

ジンチョウゲ科の落葉低木。葉は細長い。春に黄緑色の花を開き、

 名は鬼をも縛れるというところから。夏に葉が落ちるので、なつぼうずともいう。

14:00 杉林に何やら人だかりが・・・・・。 

 

樹木に囲まれた山頂には、小さな立て札があるのみ。

急登を下って林道へ出ました

14:30 請雨山(じょうさん)登山口

雨乞いの山?なのに「火の神」愛宕神社が?

愛宕神社があった

千葉最高峰、愛宕山:408m(レーダーサイトが見えるところ)

「標高は一番低くて登りやすいが、別の意味で最も登りにくい山」

頂上付近が自衛隊の管理区域にあり、許可を得なければ立入ることができない。 

航空自衛隊峯岡山分屯基地といい、首都圏唯一の防空レーダー基地。

14:40 山頂の祠

一旦下り林道に出て、再度登り返し

15:15 安房高山

少し遅れ気味なので、急ぎヤセ尾根を下ります

標高305mの[目立つ]無名峰

15:35 君鴨隧道へ無事下山、バスの待つ場所まで林道を歩く

安房高山 

スハマソウ(州浜草)   

「雪割草」の一種ですが、本当の「ユキワリソウ」は、サクラソウ科の高山植物で、これとは違います。

園芸品の世界では「雪割草」といえばキンポウゲ科のスハマソウやミスミソウの仲間をさす。

      

ヤブツバキ

     行程:標高差225m(累積標高差800m)約13km、6時間 

   7:30 東京駅 =(アクアライン) 9:35 奥畑BS ⇒10:25 高宕山分岐

    ⇒12:00 笹郷山(笹子塚) ⇒12:05~20 展望所 ⇒14:00 三郡山

    ⇒14:40 請雨山(愛宕神社) ⇒15:15 安房高山 ⇒15:35 林道下山口

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ⓂaitabiTDに[元高尾山森林インストラクター]のT村さんが参加していた。

樹木と花に知識があるので種々教えをいただいた。

まさに歩く辞典が後ろにいたので興味あるツアーになった。