関東百名山に天園(159m:神奈川県)がある。
神奈川在住の自分は、ここを何度も歩いている。
しかし、「天園」を意識して歩いたことはない。
先日Ⓜツアーに参加した際、「天園」について質問された。
「行ったけど場所が解らず帰ってきた」と、
ガイドブックを読んでいけば問題ないが、全員がそうとは思えない
(現に自分もガイドブック等読んだことはない)
10月27日「天園(=六国峠)」紹介を含め、”意識”してあるいてきた。
10:45 スタートは北鎌倉駅(いつ来ても人が多い)
円覚寺と建長寺のコラボでの開催です、「禅」です、「膳」ではありません
”最初で”最後の紅葉でした。
10:55 明月院(アジサイ寺)閑散としています。
石仏を左に見て・・・
ここから「天園ハイキングコース」に入ります
まだ住宅街
ハイキングコースです
今泉台(住宅地)からの道と合流します(標示は鎌倉市設置のもの)
11:20 「勝上献展望台147m」
建長寺から300円の入場料を払って、半僧坊を経てここに出ます。
(入場料が無駄になるため明月院から登ってきました)
鎌倉五山一位「建長寺」を俯瞰しました
「十王岩」展望は木々に囲まれ見えません
砂岩が苔むした道です
:ハコネギク :蕗 :アザミと蜜蜂
セイタカアワダチソウ:キク科アキノキリンソウ属
土手や荒れ地、休耕田などに大群落をつくる北アメリカ原産の多年草。
明治の頃日本に渡来した帰化植物、今では秋の風景にとけ込んでいる。
種子でも繁殖するが、地下茎が地中を横に走り、他の植物が育つのに
害になるような物質を分泌しながら、自分の勢力を広げる。
極めて攻撃的な植物で、その猛烈な繁殖力などのゆえに各地でいろいろな話題にされる植物。
花粉症の元凶とも云われたが、風媒花ではなく虫媒花であることが判明し、その疑義ははれた。
12:00 大平山159m(鎌倉市の最高峰)パートナーです
多くの人が昼食をとる場所です
遠く「みなとみらい地区」
鎌倉天園の手前にあった、「横浜市内最高点」の標示
12:10 ここが「天園=六国峠」 ↑ ↓
東郷平八郎さんが「天の園のようだ」といってこの名があるとも
相模・伊豆・武蔵・上総・下総・安房の6国が見渡せたので「六国峠」とも呼ばれている。
:相模湾 :稲村ケ崎
伊豆半島から丹沢山塊、雲に霞んでいました
天園の茶屋に降りて、下ります(見事な竹林です)
左:瑞泉寺、今日は右へ(紅葉の名所)獅子舞を経て鎌倉宮に下ります
沢筋を下ります、銀杏、モミジの木も目立ちました。
(紅葉は11月中旬~下旬とか)
12:40 「獅子舞」を下って、二階堂地区に
永福寺跡 ↓ ↓ ↓
鎌倉宮
清泉小学校の児童が書いたレポートです
鶴岡八幡宮、(コスプレの団体ではありません)
小町通りへ、いつも楽しみな「試食」でお世話になっています。
今日の小町通りは、遠足?課外授業?の小学生で混雑していた
13:15 いつものレストランで”ランチ”後帰途に着きました。
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10:45 北鎌倉駅 ⇒11:00 (天園ハイキングコース)へ ⇒11:20 勝上献展望台
⇒12:00 大平山 ⇒12:10 天園 ⇒12:40 (獅子舞)二階堂地区へ
⇒13:15 小町通り 【約12,000歩】
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「鎌倉」の名の由来は・・・・諸説あるが3つ載せてみます。
●東夷(東国の蝦夷=関東以北に住んでいた人々)は戦いをよくした。
その戦いで大勢の人が倒れ、その遺体が谷(くら)を埋めるほどだった。
そこで屍倉(かばくら)と云ったのを後世「かまくら」というようになった。
〇この土地に神様の倉があったので「かみくら」、「かまくら」となった。
◎鎌倉のかまは「かまど」のことで、「くら」は谷、「かまくら」というのは「かまどの谷」
という意味をもっている。鎌倉の地形は三方が山で、一方が海のためにかまどの
形をしている。小さな谷もこのような形が多いので「かまくら」の名が生まれた。
名前の意味を記した古文書でも見つかればそれが事実となるが、
土地の名前(山の名前も含めて)推測するしかない。
あまり積極的な意味がないケースが多い、さて「鎌倉」は・・・・