ブログはじめました!(since2012,feb)

・・・🌤  やっと秋山へ  ☀・・・

九州百名山5座登頂Ⅲ

2014年09月30日 | 日本百名山

九州百名山5座登頂Ⅲです。

5月29日(5日目) 晴れ

   霧島連山縦走予定だったが、新燃岳(しんもえだけ)が火山活動中なので縦走はできない。

 韓国岳と高千穂中岳のピストンとなった。 (前回は天候不純=強風)で中止、自然には勝てない。

  Ш 霧島温泉 =えび高原 ⇒韓国岳 ⇒大浪池 ⇒大浪池登山口 =高千穂河原 

     ⇒高千穂中岳 ⇒(往路下山) =指宿国民休暇村

       (行程:標高差=韓国岳460m、高千穂中岳350m、約10km)

バスで「えびの高原ビジターセンター」へ(右が韓国岳、左は硫黄岳)

5合目までは低い灌木の続く道を行く。

岩がゴロゴロした登山道、下のほうはミヤマキリシマが満開だ。

視界が開ける5合目、白鳥山の麓に三つの池、遠く地熱発電所の水蒸気も見える。

:火口内

火口湖(カルデラ)水は溜まっていないが、標高差が300mある。

:火口壁

:山頂

9:45 韓国岳(1700m)山頂、高千穂峰は霞んで見えないが、噴煙を上げる新燃岳は見える。

さすがに人影はない。 (前回登った時は強風で写真を撮るのにも苦労した)

:大浪池

縦走路に未練を残しながら、大浪池へ下る。かなり急な下りだが木道が整備されている。

  

樹林帯に入ると、ミツバツツジ、ヤマツツジ、ミヤマキリシマ、レンゲツツジの饗宴だった。

それぞれがまさに自分がNO1とばかりに咲き誇っている。

:韓国岳

大浪池を半周し、12:00 大浪池登山口へ。

バスで昼食をとりながら、高千穂河原に移動、かって霧島神宮があった場所が登山口。

大鳥居がその面影を残している。

12:45 登山開始、登山口には「消毒マット」が設置されている。

(家畜の口蹄疫対策だった)

新燃岳の火口壁

樹林帯、山頂直下の岩場を歩いて、13:50 中岳(1332m)山頂。

山頂はお花畑、ミヤマキリシマが満開だった(数は少ない)

    

高千穂峰とミヤマキリシマです。

往路下山、花や葉に白い火山灰が付着しているのが痛々しい。

新燃岳噴火の影響だ、来年の花はどうなるのだろうか?

15:00 下山、バスに乗り、薩摩半島の突端、指宿市まで移動。

18:00 指宿国民休暇村へ。名物”砂風呂=有料800円?”は体調を考え、今回は遠慮した。

 

     【日本百名山 98 霧島山(1700米)】の・・・・怪

  「前略~その雲にそびゆる高千穂の高嶺は、霧島山の代表である。 建国の記念日の歌に

   高千穂を持ってきたわけは、わが国の創始を解く『古事記』に、天孫ニニギノミコトがこの峰

   に降臨されたと記してあるからである。「日向之高千穂之久志布流多気」と書かれている。

   そしてその高千穂峰の頂上には、有名な天の逆鉾が立っていた。 天孫降臨は神話的伝説

   であろうが、その伝説にふさわしい秀麗な山容を、高千穂峰は持っている」

                                        (日本百名山 霧島山より抜粋)

   霧島山群はあるが、霧島山はない。標高をみると1700米だから韓国岳を示唆している。

   文章を見ると高千穂峰(1574m)を重点的に紹介している。

    霧島山は、韓国岳なのか高千穂峰なのか良くわからない。

    (ちなみに2006年5月に高千穂峰~韓国岳を縦走しているので問題ないが)

 

**

5月30日(最終日) 晴れ

  日本本土最南端にある開聞岳に登る。海門岳の異名もある、この方がわかりやすい。

  Ш 指宿温泉 =登山口 ⇒2合目 ⇒7合目 ⇒山頂 ⇒往路下山 =鹿児島空港

      (行程:標高差760m、約8km、6時間)

 「この山の本来の名は開聞(ひらきき)岳であった。北麓に古い由緒を持った開聞神社がある。

 延喜式には枚聞(ひらきき)と出ているが、開聞の方が古字だそうで、ヒラキキは平来の意で、

 もとは地名であった。そのひらさきが音読みで開聞岳となり、さらに海門山という別名さえ生じる

 ようになった。海門山とは巧妙な当て字だ。」       (日本百名山 開聞岳) 

開聞岳

登山口~2合目までは車道歩き、2合目から5合目は樹林帯に、

 木洩れ日に照らされた新緑は鮮やかだが、花はない。

かろうじてタツナミソウを見た程度。

長崎鼻(7合目から)

5合目を過ぎると見晴らしも開け、足元に岩が多くなる。

登山道はうまく出来ている。

直登ではなく、北麓の登山口から東側に廻り、南~西に出て、北側に出た時には山頂に着く。

薩摩半島に切れ込んだ錦江湾と思って見ていたものが、実は池田湖だったりする。

池田湖

登山道は一人歩くのがやっとのスペース、下る人がいればいれば待たなければならない。

今日は日曜日、多くの登山者が出ている。

11:00 開聞岳(922m)山頂へ、昼食。せまい山頂は満員の盛況。

:山頂

写真を撮るのも、昼飯を食べるのも一苦労。

360度の眺望も移動がままならないので、充分に楽しめなかったのが残念だ。

11:20 往路を下山、13:30 登山口に。

バスで休暇村へ戻り、温泉で汗を流す。 鹿児島空港へ移動、帰途に着いた。

 

            日本百名山 開聞岳49 完登

 

  parther  

Z30 SML siberian Green(gregory)

今回のツアーを一緒したparther です、まだ現役です。

 

 

 


九州百名山5座登頂Ⅱ

2014年09月28日 | 日本百名山

九州百名山5座登頂Ⅱです。

 5月27日(3日目) 小雨

  久重山に登り、法華院山荘(山小屋)に下る。

  牧の戸峠 ⇒沓掛山 ⇒久重別れ ⇔久重山 ⇒御池 ⇒中岳 ⇒天狗ケ城

   ⇒久重別れ ⇒北千里浜 ⇒法華院山荘

 「九州本島で一番高いのは久住山。久住山は山群の総称であってその主峰は久住山。

 同じ発音を持つ九重と久住が、そんな分け前に落ち着くまでには、長い間山名の争奪戦

 があったそうである。正しい名は九重か久住。 うっかりどちらへも加担できない。

 およそ地名鳴るものは、土地の人の利害と結びついているからである。

 九重も久住もそれぞれ自己主張するにたる古い文献を持っている。

                              (日本百名山 久重山から)

7:00 宿舎からマイクロバスで牧ノ戸峠へ移動。

小雨・風の中、完全防備でスタート。

沓掛山までの整備された登山道脇には、ミヤマキリシマ・イワカガミが雨に濡れていた。

ここから西千里浜にある避難小屋までの道は大きな岩がゴロゴロしている。

久重別れの分岐点でガスが動き、晴れ間も見えてきた。

:久住山

久重山の登りはガレ場、日差しも視界も良好、元気に登る。

:山頂

10:50 久重山頂(1786m)、広くない山頂、多くの人で満杯。

岩が目立つ斜面にはミヤマキリシマが多い、あと1週間もすれば山が燃えるような

赤に染まるという、これも圧巻だろう。

往路を下山し、久重別れに戻り中岳をめざす。

:中岳

霧にかすむ御池の畔を通り、岩場を登りきると中岳山頂へ、昼食。

この天候では談笑しながら食べるとはいかない。

12:30 天狗ケ城(1780m=岩)を経由し北千里ケ浜へ下る。

北千里ケ浜は岩の殿堂、溶岩がゴロゴロしている地球規模のロケーションだ。

:猿岩

奇岩も目立つこれは「猿岩」と命名されている。

「賽の河原」的な景色だが、規模が大きいから「千里が浜」と名付けたのだろう。

ここを抜け、急な岩の道を下れば、14:15今日の宿舎「法華院山荘」だ。

:法華院山荘(28日朝)

ここは山小屋、といっても温泉あり、水洗トイレありの別荘?

:ワッペン

:富士山

小屋に飾ってあった「日本百名山」のワッペン(レアもんでしょう)

:久重連山の説明

源泉は60℃あるといわれるが、ヌルイお湯につかって朝起きたら喉が痛い…ヤバ。

            日本百名山 48 久重山完登

**

5月28日(4日目) 晴れ

  今日は山登りはなし、法華院山荘からバスの待つ長者原までの移動。

    法華院山荘 ⇒雨ケ池越え ⇒長者原 =久住”夢”大吊橋 =霧島温泉・ホテル霧島キヤッスル

      (行程:約5km、2時間=長者原への移動)

 朝起きたら喉が痛い、熱もある昨夜のヌルイ温泉のせいだ。

9:00 「坊がつる」湿原を横に見ながらスタート。

この湿原はラムサール条約に登録されている、夏にも歩きたい場所だ。

:大船山

中央大船山(1768m:タイセンサン)、来週にはミヤマキリシマが満開で、

全山燃えるようになるという。

:平治岳

平治岳(1642m:ヘイジダケ)です。

:ミヤマキリシマ

:ハルリンドウ(ブルーが本州とは違う)

:サワオグルマ

:ギンリョウソウ

:平治岳とミヤマキリシマ

11:00 春の花を愛でながら長者原着、ここからバスに乗り、一昨日泊まった

久重観光ホテルで昼食だが、時間があるので、九重”夢”吊大橋へ寄った。

:九重大吊橋

九重“夢”大吊橋(ここのえ“ゆめ“おおつりはし)は、歩行者専用の吊り橋。

日本一高く長い歩行者専用橋である。

 長さ390m、高さ173m(日本一)の吊橋、500円払って往復してきた。

 *?滝

九重観光ホテルで昼食後、約300kmを移動し、鹿児島の霧島温泉へ。

今日の宿舎はホテル霧島キヤッスルホテル(2度目)温泉で汗をだし、風邪薬を飲んで就寝。

 

⇒ B)九州百名山5座登頂Ⅲへ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 


九州百名山5座登頂Ⅰ

2014年09月26日 | 日本百名山

「毎日贅沢登山!名峰めぐりここに極まる! 阿蘇山・祖母山・九重山・霧島山・開聞岳」

ツアー会社がうった、フレーズです。 まさに大名旅行の登山でした。

主催はCT この時期よく利用していました。 参加費は 138,000円でした。

2010年5月25~5泊6日の旅程です。

5月25日(初日)

 今日は羽田~熊本へ飛び、阿蘇高岳~中岳を麓の阿蘇に泊まります。

      羽田=熊本空港=仙酔峡 ⇒仙酔尾根 ⇒高岳(1592m) ⇒中岳(1506m)

       ⇒火口東 ⇒仙酔峡=阿蘇(司ビラパークホテル)泊

       (行程:標高差700m、約7km、約4時間)

        

 阿蘇山と呼ぶ時には、カルデラの中の火丘群を指す。

根子岳・高岳中岳・杵島岳・烏帽子岳の五岳、今回は最高峰の高岳と、中岳を歩いてきた。

「阿蘇の熔岩の拡がりは、鹿児島県を除く九州六県に及ぶと言われる。

分離していた大昔の九州を新しい陸地に形成したのは、阿蘇の爆発の結果だという。 

そういう夢のような話はともかく、現在私たちの眼に裾野と映じる部分だけでも、その広大さは

富士裾野も遠く及ばない」    (日本百名山 阿蘇山)

 

:鷲ケ峰

12:00 昼食後、仙酔尾根(バカ尾根)を行く、鷲ケ峰の岩峰が見える。

登山道は溶岩を石で固めてあるが、歩きずらい。 東風が吹き体を冷やしてくれる。

   

登山道脇に咲く「ミヤマキリシマ」初対面だ。:バカ尾根

ガイドが「稜線は風が強いので歩けるかどうか?」と脅かす?

風は強く、雲も大きく動いている、下山者に聞くと「風が強く、周囲は何見えない」といっている。

:高岳

13:45 高岳火口壁(稜線)に出る、風はあるが歩行可能。

:高岳山頂

14:00 高岳(1592m)ガスで何も見えません。

寒い!!高岳から中岳へのガレ場の下りでフリースを着た。

:中岳

14:20 中岳(1506m)あいかわらずのガス。

中岳からの下りは馬の背と呼ばれ、中岳火口壁(活動中)の直近を歩く。

風向きによっては火山性ガスの中を歩く、今回はまさにそのケ-ス、走って下った。

16:00 仙酔峡の駐車場に無事下山、今日の宿舎「阿蘇の司ビラパークホテル」へ。

5人部屋、4名の先輩と、とくに気を使うことなく過ごした。

                                       日本百名山46 阿蘇山完登

 

**

5月26日(2日目) 曇り時々晴れ

 今日は祖母山(1756m=宮崎県最高峰)に上る。

   阿蘇=北谷登山口 ⇒千間平 ⇒茶屋場 ⇒国観峠 ⇒祖母山 ⇒神原=牧ノ戸温泉

     (行程:標高差656m、約8km、約5時間)

 祖母山(そぼさん)別名姥ケ岳とも呼ばれる。

   祭神豊玉姫命は神武天皇の祖母にあたることから山名がきたのだという。

 「九重山の最高点に立った時、南のかなた遥かに、雲海の上に一連なりの山が見えた。 

 ~中略~九重は火山で、明るくのんびりした高原の見応えあるに反して、祖母は古生層の山で、

 黒々とした森林に覆われている。その対照にも心惹かれた」  (日本百名山 祖母山より)

 

宿から北谷登山口までタクシーで約90分、深い山だ。

9:30 登山口へ、雨がポツリと落ちてきた、スパッツを付けて歩きはじめる。

霧の中、新緑が眩しい、鹿でも歩いていれば絵になるロケーションだ。

:鹿が・・・

この鹿の死骸があるのでトラバースを考えたが、沢沿いの道も先日の雨で増水しており

当初予定通りの道へ、道を塞ぐほどでもないので横に見て通過した。

11:00 三県境(大分・熊本・宮)を通過、

11:20 国観峠、平坦なところ、霧で視界が悪く何も見えない。

:シャクナゲ

9合目を過ぎて、山頂直下の登りは足場も悪く渋滞?周囲を見るとシャクナゲが咲いている。

期待していなかっただけにうれしい。

:山頂

12:10 祖母山頂、厚いガスで何も見えない、昼食。

:お弁当

昼食もそこそこに山頂を散策、東側の斜面にツツジを見つけた。

:アケボボツツジ

アケボノツツジだった、ゆるい足元(堆積したコケ)に注意しながら。

山頂避難小屋を経由して国観峠へ戻り、往路を下山する。

:笹の花

年に1回しか咲かない笹の花に出会った。  

:御杜の滝

国観峠から神原(こうばる)へ下る、沢沿いの道、渓谷美を楽しんだ。

余談だが、九州では『原』を ばる と読む、田原(たばる)坂はお馴染みだ。

15:50 神原登山口へ下山、日差しは戻っていた。

ここから明日の九重山登山口になる、牧ノ戸温泉の九重観光ホテルに移動。

源泉掛け流しだが、人の少ない温泉は薄ら寒かった。

天井でネズミが運動会をやっていた。

                    日本百名山 47 祖母山完登

 

  twins  

   

mei 集中してます。               hinata レゴブロックでキリン作りました。

 

 

 

  

 

 

 

 


Yokohamaウォーキング

2014年09月25日 | walking

24日(水)今日は飯山観音~順礼峠(厚木)をハイクする予定だった。

16号の影響で午後から雨、南風も吹くとの予報で中止・・・・。

Yokohamaウォーキングへ予定変更、歩いてきた。 (目標は20,000~25,000歩)

     【横浜の建築物を林市長にかわりまして紹介します】

 往き:自宅 ⇒元町 ⇒中華街 ⇒県庁 ⇒県立博物館 ⇒ランドマーク ホテルニッコウ(ランチ) 

 帰り:ランドマークタワー ⇒大桟橋 ⇒山下公園 ⇒港の見える丘公園 ⇒自宅

10:00 曇天、雨も懸念されるなか、山越えで元町へ。

 チャーミングセール期間中だが、かっての賑わいはない。

中華街を横断し、本町通り(官庁街)を北へ進むと、

県庁の尖塔

1928年竣工、屋上の五重の塔をイメージしてつくられた塔屋は「キング」の

愛称で親しまれている。 外観の全体構成はクラシックでありながら、細部には

的なデザインが施されている。 (国の登録文化財)

:開港記念会館

 開港50周年を記念して建てられた、横浜市開港記念会館(ジャックの塔=右端)は、

古き良き横浜を体感できる貴重な存在。 

 :神奈川県立博物館 

株式会社横浜正金銀行は、かって存在した日本の特殊銀行。

通称「正金」、現在の三菱東京UFJ銀行の前身とされる。 

現在は、神奈川県立歴史博物館として、神奈川県にまつわる歴史的な文物を、

現代の神奈川と伝統文化の5つのテーマに分けて展示している。

展示ゾーンの外に講堂、ミュージアム・ライブラリー、コレクション展示室、喫茶室、

ミュージアム・ショップなどのゾーンがある。 

:チョイモビ 

国土交通省の認定制度により、横浜市内でのみ走行が許可されている小型電気自動車

(EV)が「チョイモビ」です。

このチョイモビは横浜市で実証実験が行われ、終了したが、新たなルールで使えるようだ。

↓   ↓  ↓ 詳細は下記にアクセス下さい。

http://www.choi-mobi.com/ 

:ランドマークタワー

11:30 由緒ある建物見ながら、目的地のランドマークタワーへ

今日の昼食は、コンビニのパンとコーヒーではなく、正式な「Lunch」

間違いなく ”away” です。

:前菜

①トマトとカッテージチーズのテリーヌ以下9品

⑩メインディッシュ:ホタテのベーコン巻き以下5品(撮る前に食べちゃった)

:デザート

⑯グリオットチェリーのフロニャルド以下5品

 約1時間、完食です、美味しかった(月並みですが)

:CAFE Flora

ドッグヤードガーデンから撮りました。

:帆船日本丸

帰りも歩きます、空模様が怪しい。

:わかりやすい

:横浜第二合同庁舎 

現在の横浜第二合同庁舎、元は1926年に再建された横浜生糸検査所。

平成2年の横浜市認定歴史的建造物として認定されている。

:神奈川県警

悪名高い「神奈川県警」、最近は不祥事の声を聞かないが、肥満警察官が多くいるとか。

 

『神奈川県警の肥満率は約割と高く、人に人が肥満の職場も――』

 

県民が誇れるような、組織に脱皮することを「一県民」としてお願いしたい。

:象さん

象の鼻公園を守る象さん、ルですね。

:インド水塔

山下公園にある「インド水塔」、インド式の水飲み場だ。 

関東大震災で被災した横浜の在留インド人が追悼のために横浜市に寄贈した。

横浜市認定歴史的建造物に認定されている。

:モザイクタイル

横浜市四代目建築課長・鷲巣昌設計によるこの水塔は、イスラム建築を彷彿させる作り。

塔内の美しいモザイクタイルは一見の価値がある。 

:山下公園

山下公園、だいぶ「ベイブリッジ」も近くなってきました。 空が怪しい・・・・・。

:銀杏並木

臭い 

銀杏は雌雄異株で、実は雌株にのみになる。

4 - 5月に新芽が伸びた後に雌花、雄花とも開花する。

実が結実する為には、雄株の花粉による受粉が必要である。

花粉は1km程度離れた雄株からでも飛散してくるという。 

:この木は雌株 

銀杏の効用は、膀胱(ぼうこう)の括約筋を強くする作用があるといわれる。

焼いた銀杏を毎日5~7粒食べると、夜尿症(尿漏れにも?)に効果がある。

:ニューグランド

 開業昭和2年、横浜・山下公園前に立つ日本のホテル史と共に歩んできた由緒あるホテル。

ナポリタン」発祥の地と云われる。 →大好きだけどここで、食べたことはない。 

:マリンタワー

横浜開港100周年の記念事業として1961年に建設された横浜のシンボル。

高さ106m、2層の展望フロア、360度の大パノラマから見える夜景は必見。

2階まで吹き抜けのホールには山下清画伯の壁画や、マリンタワーが灯台だった頃に使用されていた

灯具が展示されている。 →一度も登ったことはない。

:日本の道百選

「山下公園通り」大桟橋方面を望む

坂本龍馬さんも横浜へきていました。

信号待ち、思わず撮っちゃいました。

:フランス山

フランス山を経由して、「港の見える丘公園」へ向かいます。

:ハマナスの実

トマトかと思ったら、ハマナス(サ・ルゴサ)でした。

:ハマナスの花 

薔薇(ばら)科、葉や枝にこまかい「とげ」がいっぱいある、香りのよい花。 

夏に、ミニトマトのような形のだいだい色の実がなる。(すごく固い) 

甘酸っぱい味の実を梨にたとえて、「浜の梨」の意味で名づけられた。 

「はまなし」が東北弁でなまって「はまなす」になった。 

14:20 「港の見える丘公園」に着きました。 

  眼前には「横浜ベイブリッジ」、 右方向には「本牧埠頭」

   左方向には「みなとみらい21地区」が広がる。

    定刻に青色に染まるベイブリッジも美しいが、深夜に訪れる本牧埠頭の明かりも必見。

今日は曇天に煙るベイブリッジ、それに強い雨。  急いで下山?

:自宅の屋根

14:55 自宅に戻りました、我が家の屋根です。 

               (20309歩、約9km、約3時間) 

  twins  

大好きなプーサンと。 「mei はいい顔」

 

 

 

 

 


家系図です。

2014年09月23日 | 日記

あなたの家に「家系図」はありますか?

2012年1月「先祖代々」の墓を更新しました。

古い墓は亡き父が、昭和の初めに建之したもの、石が風化して変色しています。

そろそろ更新時が来ていたことも、背中を押しました。 

墓石の正面に直接、物故者の名前が6名彫られていました。

その他に右側に2名、父と母が刻まれています。

:旧墓

墓を更新するにあたり、新たに「墓誌」を作成し、そこに名前と没年・行年を刻みます。

墓石には戒名しか刻まれていません。

没年と行年を調べました。

父と母の生まれた役所にアクセスし、戸籍を取り寄せ、自分のルーツを探す旅に出たわけです。

:戸籍謄本

父は宮城県伊具郡の生まれ(現在の角田市)、角田市役所に手紙を書き戸籍謄本を、

 同じように母の郷里、新潟県北蒲原郡(現在の阿賀野市)から取り寄せました。

謄本発行費+郵送料)を実費で払えば、手許に届きます。

:新墓

:墓誌 

その成果です。(少し見ずらいが、9人の戒名・没年・行年が刻まれています)

新装なった「カロート」もこれだけ居れば寂しくないか?

:家紋

家紋は「立ち沢潟」、オモダカは池や沢に自生する水草で、愛らしい花が咲く。

昔はこの植物を「勝ち草」といって、戦いに勝つことにかけていたという。

葉の形が矢じりに似ている、また沢潟の鎧ということばもあって「攻めても、守ってもよい」

 よいうことから勝ち草と呼んだという。

**

戸籍を調査して解ったことを二つ紹介します。

1)世界的な「スペイン風邪」流行の影響

 当家でも大正7年に2人、相次いで18~20才の若さで逝っています。 

 調べると、この年に第一次世界大戦が終わっています。 

 この終戦に影響をもたらしたといわれるのが、スペイン風邪の世界流行です。 

 世界では6億人が感染し、5千万人の死者を出し、 

  日本では人口5500万人に対して、感染者2500万人、約40万人死亡したとありました。  

  歴史の一端を垣間見ることができました。

2)日本の行政機構(戸籍)の素晴らしさ

  母方の戸籍を見て感じたことは、年号に”慶応”とか”安政元年”とか出てきます。

  その時代からコツコツと子供が生まれれば出生届け提出、死亡すれば死亡届を受け

  それが膨大なデータとして残していることです。

  実際には毛筆で書かれているので、その「解読」に時間を要しましたが。

   ”続けることの大切さを”実感しました。

 

***

その過程で、ここまでやったのだから、「家系図」作りに挑戦しました。

  (家系図のフォーマットはネットから見つけました)

自分をベースに親子四代、父、 祖父、 曾祖父、 高祖父と、

 それぞれ父方及び母方について調査、家系図ができちゃいました。

父方については名、母方については名が戸籍で確認できました。

父方の家系図です。 左端にtwinsも載っています。 

 

  twins  

1歳11カ月、もうすぐ歳です。

いろいろな言葉を話します、スピードラーニングの成果でしょうか?