ブログはじめました!(since2012,feb)

・・・🌤  やっと秋山へ  ☀・・・

上州武尊山(日本百名山)

2014年11月30日 | 日本百名山

7月11日上州武尊山に登ります。

今日の行程は、(標高差776m、13.4km、約6.5時間)

   花咲温泉 =御沢登山口 ⇒前武尊 ⇒剣ヶ峰(巻道) ⇒中ノ岳分岐 ⇒武尊山

    ⇒中ノ岳分岐 ⇒セビオス岳 ⇒武尊牧場 ⇒スキー場下 =花咲の湯 =新宿へ

武尊をホタカと読める人は、山好き以外にはあまりいないだろう。

山名は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)からきたといわれている。

前武尊の頂上には高さ四尺くらいの銅像が立っているが、それは日本武尊を現している。

(中略)武尊山が昔から宗教の山であったことは、沖武尊の頂に御嶽山大神と刻んだ石が

立っていたり、剣が峰の頂に普賢菩薩が祀ってあるので察することができる。

                                (日本百名山:上州武尊山より) 

天気予報は午前中、午後から

5:50 マイクロバスはスキー場の荒れた斜面を喘ぐように登り、登山口に。

バスを降りて歓迎してくれたのは、待ち受けていた虫の大群だった。

虫よけスプレーをかけても、あらたな虫がまとわりついてくる。

彼らとはしばらく付き合うことになる。

急登、滑る道、最悪の登山と思いきや、シャクナゲをはじめとする花たちが救ってくれた。

:シャクナゲ 

:燧ケ岳

振り返ると遠く燧ケ岳が見えた。

:ネットより

6:55 約1時間かけて前武尊山(2040m)へ

武尊山には4つの大きなピークがある、そのピークを縦走していく。

登るのは前武尊と(沖)武尊山の二つ、残りの二つは巻いて行く。

:(川場)剣ヶ峰

剣ヶ峰(2020m)、巻き道を行く。

かなりの悪路、ネマガリダケで滑るし、灌木が前を塞ぐ、キレットもありスリリングな道だ。

これだけシャクナゲが多い山とは、うれしい誤算だ。

   

:家の串

8:00 家の串(2103m)通過、ガスも出てきたし、湿った風も吹いてきた・・・・。

:中ノ岳分岐

中ノ岳分岐から(沖)武尊山への途中に「三つ池」と呼ばれる湿地帯?がある。

水際にキヌガサソウとサンカヨウが咲いていた。

      

:キヌガサソウ(小振りだが)                :サンカヨウ

右から前武尊、中央 (川場)剣ガ峰、左 中ノ岳(2144m)

:(沖)武尊山頂

石がゴロゴロした登山道を登り、稜線に出ると 9:10 山頂へ。

360°の眺望だが雲に隠れて望めない・・・・。

下山します」の声を聞く頃には、雨がポツポツ落ちてきた。

:ネットより

:中ノ岳

中ノ岳分岐で、雨も本格的に落ちてきた、上衣のみ合羽着用。

中ノ岳分岐から武尊牧場へ向かう。

   

:ナナカマドの花      :イワカガミ

岩場(ネットより) 

下山路も悪路の連続、鎖場も2ケ所あった。 

10:50 セビオス岳(岩峰)を臨む登山道で昼食、虫と雨にうたれて最悪のランチだった。

ここから武尊登山小屋までの道が、ヌカルミの悪路、水溜りを通過するのに気を使う。

      

:ギンリョウソウ(群生も)  :マイズルソウ   :エンレイソウ

:ネットより

武尊避難から武尊牧場への道も花が多かった。

挙げれば、マイズルソウ、エンレイソウ、ツマトリソウ、ギンリョウソウ(群生)

:ベニバナイチヤクソウ

:ヤマオダマキ

13:00 武尊牧場へ、リフト乗り場への「散策路」にはベニバナイチヤクソウやヤマオダマキ等が。

13:40 武尊牧場スキー場で待つバスに乗り、花咲の湯で体を癒し、帰途に着いた。

     「虫・悪路・豊富な花たち」上州武尊山の印象である。

 

                   日本百名山 52 上州武尊山完登

 

**

  冬を越す”の場合”  

:西洋タンポポ

葉を地面に放射状に広げた形をバラの花に見立てて*ロゼットと呼びます。

冬のロゼット植物は葉を地表にペッタリ広げて凍える風を避け、日だまりの

 暖かさを利用して*光合成を行います。うっかり伸びようものなら茎はたちまち

 凍りつき、全体が破滅に向かいます。ロゼット植物が冬を越す”知恵”です。

春になり寒さが去ると、茎を伸ばし、葉を立体的に配置して成長を始めます。

やがて花を咲かせ、たくさんの種という成果を生み出し、種の保存をします

  植物の「冬を生き残るための努力」興味を呼びますね・・・。

【ロゼット:rosette】根生葉

【光合成】生物、主に葉緑素を持つ植物が、光エネルギーを用いて、吸収した

二酸化炭素(CO2)と水分から有機化合物(でんぷん)を合成すること。

                                     (広辞苑より)

 


皇海山(日本百名山)

2014年11月29日 | 日本百名山

今週は理由あって、登山は休み、過去の記録から皇海山と上州武尊山を紹介します。

2010年7月10~12日、梅雨の合間をぬって夜行1泊2日で皇海(すかい)山と上州武尊山へ

 Ⓜmaitabi を利用した。

7月10日 20:00出発、竜宮館に23:00着、翌日は5:30発、風呂も入らず就寝。

かっての皇海山に至るコースは「庚申講」がとった”修行の道”1泊2日の行程だった。

(皇海山は庚申山の”奥ノ院”)

足尾銅山(栃木県)から庚申山に登りそこで1泊、翌日鋸山の11の小さなピークを越えて、

一旦不動沢のコルへ下って、皇海山に登った。

皇海橋への林道の開通とともに、日帰りが可能になった。

**

今日の行程は、 (標高差800m、約7km、約6時間)

  竜宮館発 =不動沢登山口 ⇒不動沢のコル ⇒皇海山頂 ⇒往路下山 =花咲温泉旅館へ

                             

5:30 晴天のなか、竜宮館を出発、林道を90分かけて皇海橋へ向かう。

未舗装の林道は揺れる、適度な揺れが、居眠りをさそう。

登山口

7:05 皇海橋へ、「不動沢登山口」に着いた、不動沢沿いの道を歩く。

:不動沢

沢を右左に渡りながら登って行く。

   (クリックすると大きくなります)

:ショウキラン(鍾馗蘭)

ラン科ショウキラン属の多年草、葉緑素を持たず菌類に寄生する腐生植物。

通年地下茎の形で成育し、7~8月の花期のみ花茎を地上に伸ばし、花を咲かせる。

鱗片状の葉を持つが目立たないので、地表から唐突に花序だけが生えた姿に見える。

花は美しいピンク色をしており、1週間程度で黒くしおれる。

腐生植物であり、光合成を行わず、菌根を形成し、共生により栄養を得ている。

名は、花の形を烏帽子をかぶった鍾馗の姿に見立てたもの。 

:沢

二俣で休憩、ここからの登りは沢を歩く、急登、雨でもふればきつい登りだ。

天候に感謝する。

:滑る急登

沢を登って一安心と思いきや、足元が緩い急登が待っていた。

ロープもあるが滑る足元に気を使う。

:鋸山

9:05 不動沢のコルへ、視界が開けた、新緑がまぶしい。

庚申山からの合流点、右に鋸山が見える、11のピークを鋸の刃に例えたのだろう。

ここから山頂までは1時間の歩程。

赤城山辺り

シラビソ・コメツガの樹林帯を木の根に注意しながら登る。

:青銅の剣(ネットより)

岩を越えると道は平坦になり、「青銅の剣」が立っている。

石碑には「当山開祖木村惟一」とある。

東京庚申講の先達で、庚申山から皇海山へ至る道を開いたとある。

山頂

10:05 山頂へ、山頂は狭く、木立に囲まれ視界がないが、空はまさに、「ブルー皇海」だった。

:カラマツ林

往路を下山、不動沢のコル~沢まで下る急登は大騒ぎだった。

落石が頻発、幸い被害者はいなかったが、危険なタイミングはあった。

落石を避けるには、「登りは先頭を行き、下りは最後尾」そんな話をしながら歩いた。

皇海山

13:10 無事下山終了、皇海山の山容が見えた。

木暮さんの考証によると、この皇海山はサク山という名で正保(1644年)の図にも

記入されており、その後の地誌類にも載っているそうである。

サク山は一名*笄(こうがい)とも呼ばれた。【*男女ともに髪をかきあげるのに用いる具】

コウガイの形をしているからであろう。そのコウガイが皇開と宛字され、それが皇海となり

皇はスメと読むから、皇海をスカイと読むようになったのだという木暮説である。

                                       (日本百名山:皇海山より)

                  日本百名山 51皇海山完登 

** 

     上州武尊山に続く  

 


御正体山Ⅱ

2014年11月25日 | 二百名山

11月23日道志山塊の主峰、「御正体山」を歩いてきた。

「御正体山」興味をそそる山名だ、少し調べてみた。 

御正体山、御祖代山、御僧体山、三社台山、御相醍山、三僧大権現、三将台山、御招待山、

三正体山、三将大山、美生台山、味生台山、禊台山、見潮台山など。

読み方もミショウダイ、ミショウタイ、ミソタイ。

これだけ異字があるということは、何かにつけ里の人との関わりが深かったという証拠であろう。

という結果でこれといった決めてはなかった。

個人的には、地名・山名とも、”納得いく理由はない”というのが結論だと思っている。

ここは素直に「日本山名辞典」から抜粋した。

 頂上をマコゼンノ丸ともいう。かって信仰登山で栄え、山頂近くに寺院があったが、

明冶廃仏稀釈によりさびれ、頂上近くにこわれた峰宮を残すだけとなった。 

富士山を背に従えた、「立地条件」に恵まれた山の一つだ。

 

道坂隧道

左がバス停(終点)今倉山の登山口でもある。

9:08 バス停標識の裏を登って行く。

:稜線

御正体分岐

9:20 左←今倉山、右→御正体山

:紅葉

落葉樹は多いが楓や紅葉は少ない、林床はスズタケ?クマザサ?

:今倉山

アカマツ越しに見た今倉山

:菰釣山

道志山塊の山々、菰釣山、後ろは丹沢山塊

・御正体山

御正体山の肩越しに富士山が顔を出していた。

        

:アザミ          :トリカブト       :・・・ 

:尾根道

がふりそそぐ尾根道。

:岩下ノ丸

10:17 岩下ノ丸(1303m)、”手製の個人看板が”

牧ノ沢山

10:45 牧ノ沢山(1292m)少しりました。

11:15 鞍部に白井平分岐か?(標示なし)南に下る道があった。

八合目

白井平分岐から登りがはじまる、11:35 八合目の標示は倒れていた。

雪が

富士山が雪化粧しているのに、先週登った三頭山で気付いた。

山は雪がふっているのだ、北側の斜面にはかなり残っていた。

:ブナ林

一旦緩やかな道に、山頂かと思いきや、最後の登りが待っていた。

ブナの実

赤いのはブナの実です。

:山頂

12:00~12:35 あっけなく山頂、予定より1時間も早い、昼食。

ブナやミズナラの原生林に囲まれているので眺望はない。

皇太子登山記念碑

12:35 予定より早いので”今後の対応”を、このまま降りてバスに乗らずに駅まで歩く事に。

     

樹間越しの富士山です。

峰宮跡

13:00 「抱付岩」をトラバースし、少し登ると峰宮跡、山頂に寺院があった痕跡だ。

小さな祠と二つの石灯篭、オブジェにしか見えなかったが・・・。

鹿留分岐

13:05 鹿留分岐、唯一富士山の展望地でもある。

平成16年10月15日、皇太子が歩くために設置された標識だろうか?

        

各自がそれぞれの思いで富士山と会話し、シャッターを押してきた。

:下山道

我々は三輪神社へ降りる、単調な下りが続いた。

:上り登山道

上り登山道、白井平分岐からの登りだろうか?

14:20 林道への標示

:今倉山

:鞍部が分岐

:林道へ

:ススキが

北側の山並み、三つ峠(正面)~清八山~本社ケ丸への稜線

:アカマツ

旧登山口

この沢を渡り、登るが道が崩壊し、今は林道経由がメインになっている。

三輪神社

14:40 三輪神社に着いた、都留市駅へのバスは15:22発、迷わず歩いて下る事に。

登山口

ここが御正体入口バス停からの登山口だった?(今は歩く人はいない)

紅葉

バスに乗っていれば見れなかった紅葉、見事でした。

バス停ごとに時刻表を確認しながら歩いた、

15:18 「熊井戸」バス停でバスに乗ることにした。(バス運賃で210円分歩いたことになる)

当初の予定通り、15:40 都留市駅着、ホリデー快速富士山2号は16:34発

駅で時間をつぶし、帰途に着いた。電車は混んでいた。

         行程:標高差682m、15km、5.5時間  

       8:10 富士急都留市駅バス =9:08 道坂隧道登山口 ⇒9:20 御正体分岐 

        ⇒10:17 岩下ノ丸 ⇒10:45 牧ノ沢山 ⇒11:15 白井平分岐 

        ⇒12:00~35 御正体山:昼食 ⇒13:00 峰宮跡 ⇒13:05 分岐(富士山展望地) 

        ⇒14:20 林道 ⇒14:40 三輪神社 ⇒⇒⇒15:30 熊井戸バス停 =都留市駅

** 

   常緑樹の選択   

シイの実

マツ、スギ、シイ等の常緑樹は1年以上枯死しない葉を持っている。

葉の表面を光沢コートで覆った分厚く丈夫な葉で、冬も葉を落とさず、光合成を行います。

そのかわり、常緑樹の成長は、あまり速くありません。

夏の間もまわりの草木が急成長するのに比較し、地味な成長しかしません。

一年中、長く地道に堅実に、それが常緑樹の生き方です。

 


三頭山Ⅱ

2014年11月18日 | 三百名山

11月16日奥多摩三山の最高峰、三頭山(1531m)を歩いてきた。 

奥多摩湖を「麦山の浮橋」で渡り、ヌカザス尾根を行く、標高差1000mを登るハードなコースだ。 

パートナーはTさんです。

麦山の浮橋

9:10 小河内神社バス停、9:15 麦山の浮橋を渡る、

揺れる桟橋には「釣人」が竿を垂れていた。

:御前山

奥多摩三山の御前山(1405m)

:石尾根方面

:登山口

奥多摩遊歩道を歩き、9:30登山口に。

:奥多摩湖

杉林にきられた、九九折りの道を登っていく、振り返れば奥多摩湖が見える。

:紅葉

杉の樹林帯の切れ目に木洩れ日が、紅葉を引き立ててくれる。

      

:コウヤボウキ        :〇〇〇ハグマ類?

花はセピア色に、「越冬準備」に忙しい。

:深山橋

眼下に奥多摩湖と「深山橋」 ↑直進すれば丹波山方面 ←渡れば小菅方面へ通じている

:急登

イヨ山までは登り基調の道が続く。

:イヨ山

10:25 イヨ山(979m)、標高にして500m弱登ってきた。

:大菩薩方面

:カラマツ

ブナや落葉樹に混ざり、カラマツも紅葉していた。

イヨ山からヌカザス山まではアップダウンが続く。

:糠指山

11:20 いくつかのアップダウンを繰り返してヌカザス山(1175m)へ

 陣屋バス停~三頭橋を渡り、モロクボ尾根との合流点でもある。

 モロクボ尾根を覗いたが、この尾根もかなりの急登だった。

「オツネノ泣坂」、岩と木の根をたよりに登る、今回の一番きつい登りをこなした。

(きついこのコース登りで会ったのは3人だった)

:ブナ

ブナも多いが枯れた木も目立つ、朽ちたブナに展開する”ミクロコスモス”

:鶴峠分岐

ニセピークをいくつか越して12:00「鶴峠分岐」へ。

ここから巨岩の間を抜けると、灌木の先から人の声が聞こえる。

(分岐らしき場所を、左へ巻いて進み、御堂峠へ出ればよかったが、直登した)

:西峰山頂

12:30~13:00 三頭山西峰(この通り満艦飾の

昼食の席を探すのに苦労した。

      

富士山も姿を見せてくれた。

高尾山並とはいかないが、多くの人だった。

:こんな輩が増えている

ピークが3つあるので「三頭山」と呼ぶが、西峰のみで降りてしまった。

(御堂峠へ出て①中央峰②東峰③西峰と周るのが正解だった)

:不親切な看板

:ブナの路

三頭山は「都民の森」から気軽に登れる山なので、道は整備されている。

連れも多いのはそのせいだ。

:ムシカリ峠

もう一つ上の分岐へ、大沢山を経て三頭大滝へ下る道へ。

:三頭山西峰

      

:晩秋のスケッチです

:三頭大滝

秋川の源流です。

:滝上部

14:05 三頭大滝へ

:中部 

落差33mの「三頭大滝」滝壺に降りないと全体を収めることはできません。 

:チップの道

都民の森まではチップが敷き詰められています、通行は無料です。

チップは必要ありません)

チップ【chip】:①パルプの原料とする木材の破片 ②細片。薄片。

チップ【tip】:こころづけ。祝儀。茶代。

 ⇒  

シラヤマギク2態

:浅間尾根

三頭山~ムシカリ峠~西原峠~槇寄山~生藤山へと続く浅間尾根です。

:都民の森駐車場

14:30 「森林館」を経て、都民の森駐車場へ。

都民の森駐車場~数馬バス停への連絡バス停留所は多くの人が並んでいた。

14:46発の武蔵五日市駅への直通バスが増便され、帰途に着いた。

西東京バス」はバスの乗客は全員席に座らせてとの姿勢がある、うれしい配慮だ。

**

        行程:標高差1000m、約11km、5時間 

        8:38 奥多摩駅 =9:10 小河内神社 ⇒9:15 麦山の浮橋 ⇒9:30 登山口

         ⇒10:25 イヨ山 ⇒11:20 ヌカザス山 ⇒12:00 鶴峠分岐 

         ⇒12:30~13:00 三頭山西峰・昼食 ⇒13:05 ムシカリ峠 ⇒13:15 大沢山

         ⇒14:05 三頭大滝 ⇒14:30 都民の森駐車場 =17:00 武蔵五日市駅

 

***

 

  落葉樹の冬を越す選択  

 

植物たちも冬を迎え、それぞれ越冬の手段を考えています。

多くの木々は冬を前に葉を落とし、常緑樹と一部の植物が緑を保っています。

夏の間、葉っぱ元気に働いてデンプンを作り、大きく成長します。

しかし、光を受けるのに適した葉っぱの薄く平たい構造は、冬の寒さと乾燥には不向きです。

葉が凍って破断されると傷口から水が際限なく失われ、植物全体が干上がって、ついには

 枯死してしまうからです。

この危機を回避するために、葉の細胞に糖やアミノ酸をためて凍結防止策を講じますが

 膨大なエネルギーを必要とします。

落葉樹は葉っぱという生産部門を閉鎖し(落として)越冬の決断をしています。

いずれ春は巡ってきます。

春を待つのは小さな冬芽の部分のみ。

一点集中で、防御を強化しそこだけを守りぬく作戦です。

冬芽の中には極端な低温にも耐える能力をもつものがあり、たとえばシラカバの冬芽は

マイナス70℃にさらされても耐えるといわれます。

                                      (ただ たえこ:理学博士)

 


京都へ紅葉狩り

2014年11月16日 | 旅行

”そうだ京都へ行こう”しかもこだまで・・・ 

11月11~12日、我々二人と先輩の奥様二人、4人で京都へ紅葉狩りへ

時期的に早いが、”少しでも赤くなっていればよし”との判断で・・。

 :JR京都駅にて

11日午後から、今日は近場で永観堂と南禅寺を歩いてきた。

永観堂「禅林寺」 :紅葉で名高い浄土宗の寺院。楓に覆われた釈迦堂や開山堂などの諸堂は

   回廊で結ばれている。本尊の阿弥陀如来像は、その姿から「見返り阿弥陀」とも呼ばれる。

:拝観料

千円の拝観料は高くねえ!!じっくり見てきた(元を取らねば)

案内図、2回目だがこんなに大きいとは?覚えていない。

:山門

京都駅から「永観堂」へはTAXで、ドライバーさんが「少し赤くなっているね」と教えてくれた。

銀杏との組み合わせが

:絨毯

いいね

:山門を臨む

たっぷり1時間楽しんだ、全山紅葉には遠いが、まずまずか。

そのまま鹿ケ谷通りを歩いて「南禅寺」へ 

南禅寺:鎌倉時代に亀山法皇が離宮を改めたのにはじまる、臨済宗の寺院。

  三門の楼上から京都市街が一望できる。 

:後ろが三門

修学旅行生が多かった。

JR東海のCMから

「三門」を背景に、見事な紅葉でした(ここだけ)

大方丈の屋根

銀杏の黄葉が桜の枯葉を引き立てる。

:松と紅葉

もう一つの感はいなめないが、明日の大原に期待して・・・

地下鉄「蹴上(けあげ)」駅へ、地下鉄を乗り継いで京都駅へ

:夕食

今日の夕食は伊勢丹11階、「葵茶屋」で”葵御前”で〆ました。

宿舎は京都駅八条口から5分、京都プラザホテル(ビジネスホテル)

東寺の五重塔が見える位置にあります。

 

**

12日(水)今日は大原へ、北にあるので期待できるかも・・・

 

大原バス停、山はガスがかかっていました。

まずは寂光院へ向かいます。

:秋桜

コスモスが迎えてくれました(休耕田を活用している)

      

野辺に咲いていた花です。

期待できます。

:大原山荘

かって泊まったことがあります。

:寂光院山門

寂光院(じゃっこういん):山間に静かに佇む天台宗の尼寺。

 「平家物語」で知られる建礼門院【平清盛の息女】は一生を終えた場所として有名。

 境内には、汀の池・汀の桜など平家物語にちなむものが多い。

:諸行無常の鐘楼

・祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

・沙羅双樹の花色 盛者必衰の理(ことわり)を顕す・・の世界を見てきました。

いいでしょう?

**

大原バス停に戻り、三千院に、そのまえに昼食を食べました。

:京野菜うどん

:正門

お店の並ぶ参道を歩いて三千院へ

三千院:天台宗五門跡の一つ。境内には、客殿や宸殿が建ち、杉木立と苔が美しい

 有清園と聚碧園の二つの庭園がある。本尊は薬師瑠璃光如来(秘仏)。

 国宝阿弥陀三尊像を祀る往生極楽院は重要文化財。 

門跡とは、①皇子・貴族などの住する特定の寺の称(宮門跡)。⇒三千院

         ②祖師の法統を継承し、一門を統領する寺。また、その僧。

往生極楽院

祈ってます

:埋もれてます

:朽ちてます

わらべ地蔵の皆さんです。

:ユキノシタ

キノコ協会の皆さん

往生極楽院(正面)

:大原女

大原女(おはらめ):建礼門院に宮中より仕えた阿波内侍、出家後に入寺し「大原女」の

   モデルとされている。

   (二人の木像が本堂に飾られていたが、どちらも同じような容姿だった)

京都タワー

京都駅

三千院を後にし、京都駅にバスで戻った。

帰りの新幹線のチケットです。

12日、「12号車12番D」とluckyな席でした。

(京都観光一日乗車券(京都バス)これ一枚で地下鉄を含め乗り放題のチケット)

***

 当初懸念された脚の心配もなく、頑張った先輩の奥様たちです。

4名の平均年齢は・・・まあいいっか。