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アルテミシア・ジェンティレスキ



『絵画の寓意(擬人化)としての自画像』1638−9


ロンドン、ナショナル・ギャラリーの特別展『アルテミシア』Artemisiaへ。

ガーディアン紙のプレビューでも最高の星がつき(<あまりないことだ)、「古今最高の展覧会」と高い評価を受けている。


アルテミジア・ジェンティレスキは、17世紀のイタリアはローマに、画家オラツィオ・ジェンティレスキの娘として誕生した。

父オラツィオ・ジェンティレスキは、ローマで宮殿や教会の壁画などを手がけ、パリでフランス王妃の肖像を描いたり、のちにイングランド王チャールズ一世に招かれてロンドンへ渡り...と、なかなかの成功を収めている。

父親はアルテミシアの才能を幼い頃から認めており「弟子の中にも匹敵する者はいない」と評していた。

彼女は16歳ごろから単独で制作を始め、フィレンツェの美術アカデミーにおける初の女性会員になり、当時としては珍しい女性の画家として死ぬまで活躍の場を求めた。



『ユディットと侍女』1614−5
ユディトの目の座り具合、将軍のように堂々とした態度、緊張と興奮、
一瞬時が止まったような静寂の表現がすばらしい。


にもかかわらず、いや、だからこそ、彼女の活動が困難を極めたことは想像に難くない。

画壇は彼女を締め出して無視、社会は彼女を中傷し、メディチ家などのエスタブリッシュメントに取り立てられながらも、彼女は常に「社会」と闘わなければならなかった。

もちろん「男性社会」に単独で乗り込んでいった「女性」だったからである。


アルテミシアは師であったタッシという画家から強姦を受け、この男を告発した際、裁判で証言が虚偽ではないと証明するために自ら拷問を受け入れなければならなかった...
というエピソードの方で有名なのには非常にムカムカさせられる。
しかも被告は無罪放免ときたもんだ。


彼女は長らく忘れられた芸術家だったが、20世紀になってフェミニストの文脈で取り上げられ、その作品には男性社会とタッシへの怒りがエネルギーになって反映されていると昨今では高く評価されている。



『ホロフェルネスの首を斬るユディト』1613−14
タッシと男性社会への復讐が描かれているといわれる。
手にする剣の鞘が十字なのは、キリスト教的正義、という意味である。
血飛沫の表現は、友人ガリレオが物理法則をアドバイスしたそう。


21世紀になってわれわれの世界は変わっただろうか?


わたしが思い出したのは、自民党の杉田水脈衆院議員の女性蔑視発言(性暴力に対する相談事業についての文脈で、被害女性が虚偽の申告をする可能性を示唆、「女性はいくらでもうそをつける」と発言。彼女は今までも繰り返し女性蔑視的な発言を繰り返している)。

さらには、米TIME誌が今年の「世界で最も影響力のある100人」に選出した、権力に近い人物から受けた性暴力被害を告発したジャーナリストの伊藤詩織さんと、女子テニス選手の大坂なおみさん。

とても嫌な気分になるのは、タイム誌の選出に対して、日本国内では批判が少なくなかったこと、杉田議員がいまだに処分されない点以上に、彼女の考え方が自民党のホモソーシャルの中だけでなく、おそらく社会の中でもマイノリティではなさそうだということだ。

身の程をわきまえろ、恥を晒すな、はみ出るな、出しゃばるな、持ち込むな、空気読め、黙れ、逆らうな、売名行為だ、いうことを聞け、何々のくせに、批判する資格があるのか、などという、家父長制的というか、夜郎自大的というか、ホモソーシャル的な価値観。
彼らは何を守ろうとしているのだろう?

日本がダメだと言っているのではない。社会やシステムには改善すべきダメな点がある、と言っている。そのような指摘に対して怒るというのは、いったいどういう思考回路なのだろう? 
自己イメージを揺るがす現実は一切受け入れず、都合の悪い真実は拒絶し、誰かのせいにする...のはなぜなのか。

同調圧力? 波風が立つのを嫌うからか? 長いものに巻かれてきた自分が馬鹿に思えるからか? 社会的強者の目線から問題を論じることで心理的な満足を得られるからだろうか? 努力もしたくないが負けも認めたくないとか? 多様性が高まるにつれ、心もとない気持ちになって強い不安を感じるのか?


もちろん日本だけにこういう問題があるのではない。
しかし世界中の問題を検討しないならば、日本の問題を検討してはいけないということにはならない。

反対意見や批判を述べるものが一人もいないような社会にどんな未来があるというのか。

人間の世界は、異議申し立てをしたり、理想、正義、きれいごとを語る人がいなければ進歩もしないのである。



『法悦のマグダラのマリア』1623


わたしはアルテミシアも、伊藤詩織さんも、大坂なおみさんも心から尊敬している。
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