ボイシー日記

手がふさがっていては、新しいものは掴めない。

ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」。

2012-07-22 16:12:31 | 
野呂邦暢のエッセイに「ヘンリ・ライクロフトの私記」の
ような生活がしたいと書かれていたので読んでみた。
(今そのエッセイは手元にないので、正確な描写は覚えてない)

ヘンリ・ライクロフト氏は50歳を超えた架空の人物だが
作者ギッシングの分身である。
ある日突然、死亡した友人の終身年金を遺贈されて
ロンドンでの陰鬱などん底生活から一転、
イングランド南西部の温暖な気候のデヴォン州で隠遁生活を送る。
その生活を、春夏秋冬、四季を追って日記風に書いている一冊だ。

都会の喧噪やわずらわしい人間関係に巻き込まれないで孤独に生きる。
孤独と言っても、淋しい感じはしない。
やっと自分の時間が持てて、好きな事を好きなだけ
だれにも邪魔されずに謳歌するという
理想のリタイア生活ともいえる日常が書かれている。

デヴォン州の静かな田園地帯に居を構えて、家政婦を雇い入れ
読書三昧と、四季折々の花や樹木、生き物と親しむ日々。
家はいつも静かで、庭に来る鳥のさえずりはもちろん
鳥の翼をすりあわせる音さえ聞こえる。

分身は、時間の許す限り散策も楽しむ。
散策の途中で出会うすべての花の一つ一つを
名ざしで呼べるようになりたいという記述があったが
オイラもそんなことを考えていたことがあった。
植物図鑑を借りてきて読んだ。
歩道沿いのイヌタデぐらいは覚えたが、まだまだだ。

分身は、本に対する愛情にもあふれている。
本棚には昔から持ち続けている愛蔵本が並び、
ページを開くだけでその世界に浸ることができる。
「本は魂の食べ物だ」とも書かれている。
そうだ、そんな風に、読書三昧できたらどんなに幸福だろう。
まさに幸福感に包まれた日が続く。

しかし現実は違う。この「私記」は彼の理想であり夢物語だ。
ギッシングはこの「私記」を書いている最中も
経済的に苦しく、また病弱な身体であったらしい。
本来なら実生活で悠々自適な隠遁生活を送るのが理想であったろうが、
ギッシングはこの本の中で理想の生活を作り、生きてしまった。
分身があまりに幸福だったので、“本身”は食いつぶされたように
この本を書き終えると、すぐに死んでしまった。

また解説には、イギリス人作家でありながら日本人にも愛されるのは、
四季折々の自然を繊細に描いているところ。
そこに共感を覚えるのではないかと書かれている。
自然を愛し、自然の中でひとり思索し、人生を振り返る。
これは、英国版「方丈記」でもあると思った。
コメント
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