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明武谷は、本名を明歩谷と言います。
本名を四股名にしていた時期も長かった。
今の相撲さんには、もう一人も残っていないソップ型(いわゆる痩せ型)の代名詞であり、
その端正な顔立ちは外人女性に最も人気がありました。
これほどハンサム(今で言うイケメン)力士は現在に至るまで誰も居ませんね。
その当時の力士の平均身長は182センチ程度でしたから。
彼の、身長189センチ・体重113キロは、まさに長身痩躯の見本でした。
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1937年4月生まれ北海道出身。
角界を離れてしまいましたが、現在は78歳になっている筈です。
最高位は関脇でしたが、「起重機」という愛称で、その長身を利した(吊り出し)を得意技としていました。
同じ時期に明武谷と同じに、吊り出しを得意技にしていた、小兵の若浪(178センチ)が居て、
彼の吊り出しは小兵力士ゆえに、「天井を向いて吊る」と言われました。
明武谷と若浪との吊り合戦は実に想い出深い一番であり、
今ではそういった技と技とのぶつかり合いの相撲というのは、殆ど無くなっているのが残念です。
あの大横綱・大鵬との相撲なんていうのも想い出深いし、
彼が土俵に上がっただけで(サマになる)という、
言ってみれば「お金の取れる」力士であったと思います。
そういった力士こそファンには、たまらない魅力であり、
そんな力士の出現を私達、相撲ファンは(今ではそうでもなくなってしまってますが)望んでいるのですね。
今の力士は昔で言えば、みな(アンコ型)ばかり、
その為に、押し合いへし合いの押し出し、寄り切りばかりの決まり技。
そんな相撲なんて面白くも何ともないんですね。
在位期間は、1954(昭和29)16歳~1969(昭和44)32歳。
引退後は親方として後進の指導をしていましたが、
妻の影響でキリスト教系の宗教「エホバの証人」の宣教師になり、
(格闘技は聖者の教えに反する)として、角界を去りました。(43歳)
「明武谷」
彼が相撲界に与えた存在感は一種独特の価値がありました。
そんな相撲さんを、再び見られる事があったなら・・・
本当に、そう願っています。