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河童の歌声

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石巻の被災現場に立って

2021-03-07 12:21:43 | 東日本大震災
昨日のブログで、東日本大震災の事を書いたばかりでしたが、
その夜のNHKテレビが、大震災とそれに伴う津波の事を1時間の特別番組で放送しました。
それを観てた私はビックリしました。
何故なら、放送の殆どが石巻の状況だったからです。
私が初めて津波被災地へ行ったのが津波から3か月後の石巻。





そして高台に在る日和山公園から、
実際の被災地に下りたのが、テレビに散々映っていた坂道からで、
そこを下りた場所に在るのが津波火災で全焼した門脇小学校でした。
テレビでは避難場所として多くの市民たちがそこに集まったのですが、
小学校の女性校長先生が「もっと高い場所に避難した方がいい」と呼びかけ、
その事が多くの小学生や一般市民の命を救う事になったと言ってました。

小学校の校舎の上の階に避難すれば津波からは逃れる事は出来たのかも知れません。
しかし、学校は火災で全焼。
もし、そこから動かなかったら大勢の人達が焼け死んでしまったのです。

番組では一人の人間が非難を呼びかける事で多くの人が助かる。
そういった現象を「カスケード」という言葉で表現していました。

「カスケード」聞いた事のない言葉です。
調べたら「小さな滝が・・どうのこうの」
要するに、日本語で言えば「連鎖反応」とでもいう意味らしいのです。
こういった非常に大事な場面では、
このように聞いた事もない言葉は絶対に使ってはダメです。
誰にでも分かる言葉で言わないと、折角伝えるべき意味が伝わりません。
どうして最近の日本人はこういった愚行をしたがるのでしょう?
NHKが、そういった手本をキチっと示すべきだと強く思いました。









日和山公園には花束が沢山祀られていました。
3か月前に眼下で起こった悲劇を、皆さんはどんな気持ちで見ていたのでしょう。
目を潤ませている人々が散見されました。





時計は3時半を回っています。
地震が起きてから45分くらい経ってから津波が来たのでしょうか。
成人式の写真なのでしょうか?
この娘さんは・・生きていて欲しいですね。







どんな交通事故だろうが、
車がこんなにも原型をとどめない事故なんてありません。
津波の破壊力は想像を遥かに超えています。
これが人間だったら・・それは考えたくはありません。



これには泣きました。
3か月も経って未だ発見されないご夫婦。
ごく普通に平凡に薬局をされていた家庭が、
ある日、いきなり生活を破壊され行方不明になってしまうという現実。
昨日と同じ明日があると・・そんな事を考えもしなかった日常。
それは、あの(時)で全てが終わってしまいました。
人間にとって(死)とは、その人の人生が何もかも終わってしまい、
次の瞬間はもう(無)なのです。
彼等夫婦が何か悪い事でもしたんでしょうか。
そんな事は何もないのに、いきなり訪れた死。
これが泣かずにいられますか。
自分には何も出来ない無力感が悲しかった。
私に出来る事は、このご夫婦を思って泣いてあげる事だけでした。





石巻市民病院は、こんな姿になっていました。
地盤沈下で水が引きません。



お寺さんも流されはしませんでしたが、
墓石は軒並み横倒し、車も打ち上げていました。





それから3年半経った時には、妻と共に再び石巻へ。
がれきは撤去されていましたが、復興は程遠く、手付かずでした。
(津波はここまで来ました)というポールが建っていました。
その高さは8メートルくらいだったか?
でも、それはまだ低い方で、
陸前高田だったか、南三陸だったか?は15メートルを超えていました。
団地の4階が水没した事実を、自分ちの近くの団地を見上げてみると、
それは想像を絶する高さで、そこに居た人はどれほど怖かった事か。

あの時、東京はじめ首都圏もかなり揺れました。
しかし、津波はありませんでした。
住んでいる場所によって決定的な不平等です。
阪神大震災では、私達関東人は、対岸の火事で済んでしまいました。
でも、東北は・・辛かった。

今からでも、いつだろうと、
私は皆さんに一度でもいいから被災地に行って欲しいと思っています。
貴方が行く事で確実に(お金)は東北に落ちるのです。
その現実が大事。
そして、この現代の日本にこれほどの悲劇が本当にあったのだと認識してほしい。

2011年3月11日。
この日は日本人として絶対に忘れないでほしい。
そして、その日のあの時刻になったら、
皆さんで一斉に黙とうしましょう。





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あれから10年・・東北を想う

2021-03-06 10:38:42 | 東日本大震災




あれから10年。間もなく10年が経ちます。
2011年3月11日、午後2時46分。
東北地方を襲った大地震は巨大津波を引き起こし、
福島第一原発のメルトダウンという予想外の被害まで起こしてしまいました。



私は津波から3か月後の6月12日に石巻に行きました。
石巻の日和山(ひよりやま)公園に登り、向こう側(太平洋側)を見たのが、
初めて見た津波の光景でした。
ここに載せた写真は私が撮った写真は、敢えて一枚もありませんが、
全部がその通りでした。
この坂道を、人々は日和山公園へ登り、そこであの恐るべき光景を見てしまったのでした。

日和山から見た光景は、私は生まれて初めての衝撃でした。
あれほどの衝撃を受けた事など今までに一度もありませんでした。
目の前に広がる、かつて街があった場所には何もなく、
全てを津波に根こそぎ運ばれてしまい、殆ど何も残っていなかったのです。
ただただ息を呑んで立ちすくんでしまいました。
目からは涙が自然と流れていました。
呆然自失、あの時がまさにそれでした。

見える範囲だけでも、一体どのくらいの人が亡くなってしまったのだろう?
どれほどの人が人生の全てを失ってしまったのだろう?
その阿鼻叫喚の光景を思うと、今でも泣けてきます。



公園の下にある門脇小学校は津波火災で全焼。
小学校の右上に日和山公園があります。
眼前で自分の生まれ故郷が、人生の全てがあった場所が流されてゆく絶望感。
その悲しさ、恐怖は如何ばかりだったでしょう。
もう戻りたくても戻る場所はないのです。
今夜、寝る場所はどこにも無くなってしまったのです。







それから私は5回、全部で6回の被災地を訪れました。
気仙沼2回・南三陸町・陸前高田・そして再び石巻。
行って何をしたの?
いえ、何も出来ませんでした。
ただ、そこに居た人達の事を想っていただけです。











歌声旅行で青森県の深浦町に皆が行った時も、
私だけが別行動で被災地を独りで歩いていました。
みんなは「河童さん、独りで淋しいでしょう」と言ってましたが、
私は独りで被災地に行きたかったのです。
沢山の写真を撮りました。









最初は、「俺はこの被災地で何をしているんだろう?」
「こんな事してても意味ないだろう」という自問自答がありました。
しかしある時、被災地の人の言葉を聞いて少し救われた気がしました。

「誰であろうが、人が歩いている姿を見るだけで救われる気がする」
何と悲しく切ない言葉でしょう。
「そうか、俺が独りで歩いている姿を誰かが見て、救われているのかも知れない」
本当に被災地を歩いている人の姿なんて殆ど見かけないのです。
そして行った先では宿泊をし、食堂で何かを食べている。
タクシーも使うし、自販機で飲み物を買っている。
間違いなく、被災地にお金を俺は落としているんだ。
それが少なくても無駄な金ではないんだ。
使わなくなっていたトランペットだって寄付してきたし、
俺のやってる事は無意味ではないんだと、慰める事ができました。

歌声喫茶に行くと、私は「どうか東北の被災地に行ってください」
そういった事を少しは言ってました。
あの現場の姿は日本人として絶対に見て欲しかった。

最初は物見遊山で見物に行く事にとても罪悪感がありました。
しかし、まさか被災地の人達が、
「見てくれよ、俺達の現場を見てくれよ。
これが津波の本当の姿なんだよ。それを知らない人達に、
少しでもこの現実を見て知って欲しいんだよ、俺達は」
そういった事だったなんて全然知らなかったのです。
物見遊山でいいのです、現実を見る事が大切だったのです。

今から行っても、以前の風景はどこにも在りません。
在るのはかさ上げをした、全く新しい東北です。
それでもいい。
何が何でも東北の現場は、そして原発の被災地は、見る事が大事なんです。大切なんです。
それを見る事は日本人としての義務だと思います。
何を差し置いても一度は必ず行って、見てください。

行ったら、誰でもいいからお話をしてください。
すこしでもいいから、あの話を聞いてあげてください。
そして、東北を、あの人達を・・・忘れないでください。




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写真集・あの人達を忘れない

2020-03-23 12:40:25 | 東日本大震災


あの日から9年余・・
私は、あの日に亡くなられた人達の悲しみを忘れない。























































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またあの日が来てしまった

2020-03-11 08:57:37 | 東日本大震災
東日本大震災。
あれから9年という歳月が経ちました。

私は、石巻・気仙沼・南三陸町・陸前高田と4か所の被災地を、
都合6回訪れました。
被災地で何をしたかと言えば、何もしなかった。出来なかった。
ただ被災地を人が歩いている姿があるだけでも励まされる、
そういった声があるのを聞いていたので、きっと励ましにはなったのだろうと、
自分を慰めるしかない。

ホテルに泊まり、食事をした事は、
現地にお金を落とす事の多少の役には立ったのだろう。
使わなくなっていたトランペットも現地に寄付をしてきた。
あれは、きっと何処かの学校で役に立っているのだろう。

貴方たちの事は忘れないと誓い、涙を流した。
それしか出来なかった。




初めて、市街地が根こそぎ、何もかもが無くなっている光景を見た時は、
ただ茫然として立ち尽くすばかりでした。
それは信じられない恐ろしい光景でした。
ここに住んでいた人達は一体どうなってしまったのだろう?
ここに在った筈の街は何処に行ってしまったのだろう?
涙ばかりが流れて立ち尽くしていました。





何の罪もない人達を一瞬にして飲み込んでしまった津波。
本当に理不尽です。



石巻の復興記念碑。9メートルの高さまで津波がきました。



南三陸町の防災庁舎跡。
ここで新婚だった職員の遠藤未希さん(24)は、
最後まで非難を促すアナウンスを街に流し続け、亡くなりました。
妻のエリカさんは、涙にくれていました。
3階建てのビルは完全に水没、屋上に立っている柱にしがみついた人、
数人だけが生き残れたのです。



陸前高田のこの建物は、
4階までは完全に水没、5階に居た人にも死者を出したそうです。
私達が見慣れた団地の4階までの高さの津波。
普通に見慣れた団地ですが、上を見上げると、
4階まで水没という事がどれほど恐ろしい事かの実感が湧いてきます。







最近、映画にもなった「風の電話」
岩手県・大槌町の丘に建つ、私設の公衆電話ボックス。
と言っても電話線は通じていない不思議な電話です。

ここで親しい人を失くした人たちが、
本当に亡くなった人と普通に電話をしているみたいに話しかけ、
自分と亡くなった人と、交流をするのです。
その様は涙なくしては・・見られない。
人の(心)とは、そういうものなんですね。



流されてしまった鉄道はBRT方式という、
かつて存在していた線路の敷地に専用バスを走らせる方式になり、
街と街はバスで繋がっています。
でも、それに乗ってみると、
やはり電車の持つ安心感、信頼感とは少し違った印象があります。

東北の被災地を一度行って見てください、
彼等の現在の姿に接してください、
と呼びかけた私の声に、どれだけの人が応じてくれたのか?
分かりませんが、
まだまだ被災地の復興は長い道のりです。
もう故郷を捨てて他県に移住してしまった人も大勢います。
そして、未だに行方不明の方も大勢います。

私達は、同じ日本人として東北を決して忘れてはなりません。
あの人達の悲しみを忘れてはなりません。






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あの日を忘れない

2019-03-12 11:37:47 | 東日本大震災























































日本という国は、本当に災害大国です。
東日本大震災以降も次から次と大災害が起きています。
それにしても東日本大震災は、あまりにも群を抜いてひどかった。

私は、少しでも彼等の気持ちを理解したい、
その悲しみを分かってあげたいと、5回、被災地へ行きました。

最初は「被災地を見たい」という言葉が、
あまりにも不謹慎だと思い、言えなかった。
けれど、それは違っていたのです。

彼等は自分たちの現実を他の人達に知って欲しかったのです。
「これを見てくれ。この現実を見てくれ」
そう訴えていたのです。

その現実の物凄さに、私は呆然として息を呑みました。
あの現実は、とても涙なくしては、まともに見られませんでした。

私に何ができるでしょう?
あの瞬間の私は、ただ泣いてあげる事しか、何も出来ませんでした。
あまりの無力感に、立ち尽くすだけでした。


あれから8年。
被災地は、かさ上げ工事で、昔の町の姿はもう何処にもありません。
懐かしい故郷の姿を失くしてしまった人達の悲しさは・・・

私達は、日本人として、
あの日を決して忘れてはならない。
ただ、そう思うばかりです。






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