小さな扇状地を深く削りながら流れる谷川の一画に建っている小学校の講堂から流れてくる『仰げば尊し』の歌声に、摘み取った芹を握り締めたまま、しばらく耳を傾けておりました。白い漆喰で止められている窓ガラスの向こうには卒業式の練習をしているのでしょうか子供達の姿もゆらゆらと見えます。彼らの歌声とピアノの音がハーモニーして、遠い私の卒業式を、たった3人しかいなかった恩師を、そして友を、眼前に瞬時に誘ってくれます。
その窓辺には屋根ぐらいまであったでしょうか、梅の木と並んで一本の大きなさんしゅうの木がありました。梅の赤い花びらが散ると、待ちかねたように、今度はさんしゅう木が米粒のような黄色い花びらをつけるのです。この黄色い花びらは、「ぼつぼつ鮒がつれるぞ」という時をまた知らせてくれていました。山の子供たちにとってはそれはそれは待ちどうしい水温む春を告げてくれるのです。山には蕨が沢蟹が、時には兎までもが、小川には鮒が子供達を待ってくれていたのです。
そんな私の昔を、この「仰げば尊し」は思い出させてくれる懐かしいちょっぴり甘酸っぱい歌でもあるのです。この曲を懐かしく聴く者をして、殆どが60歳以上の人だと思いますが、時や場所は異なっていようとも、瞬時に『我母校・竹馬の友・恩師など』の子供の時代を共に思い出させるのではないでしょうか。
処が、現代の小学校では、この『仰げば尊し』という歌声は
「歌詞が古臭くて子供達の生活に合わない。故に、卒業式でも歌わない」
と、いう事になっていると聴いております。その反面、同じように古臭くても『君が代』は堂々と卒業式の歌になりきっているそうです。
全国一斉に小学生が同じ歌を長年歌い続けていくということも、現代にあっていい事でもあるように思われるのですが?
まあ、こんなくだらない事を思いながら、『仰げば尊し』という歌も何も聞こえない静まり返った卒業式の小学校を後にしました。
せめて「さんしゅうの木」だけでもと、吉備津の生んだ最も有名な人茶祖『栄西』の記念碑が立ってある所に歩を進めます。
相変わらず、春の小川の濁り水の中にメダカの学校の小さな水輪がせわしくが出来たり消えたりしています。
私達が少年時代に春を感じたのと同じくらいの大きさに伸びたさんしゅうの木が真っ青な空に向かって大きく枝を伸ばし黄色い花びらを輝かせていました。
その窓辺には屋根ぐらいまであったでしょうか、梅の木と並んで一本の大きなさんしゅうの木がありました。梅の赤い花びらが散ると、待ちかねたように、今度はさんしゅう木が米粒のような黄色い花びらをつけるのです。この黄色い花びらは、「ぼつぼつ鮒がつれるぞ」という時をまた知らせてくれていました。山の子供たちにとってはそれはそれは待ちどうしい水温む春を告げてくれるのです。山には蕨が沢蟹が、時には兎までもが、小川には鮒が子供達を待ってくれていたのです。
そんな私の昔を、この「仰げば尊し」は思い出させてくれる懐かしいちょっぴり甘酸っぱい歌でもあるのです。この曲を懐かしく聴く者をして、殆どが60歳以上の人だと思いますが、時や場所は異なっていようとも、瞬時に『我母校・竹馬の友・恩師など』の子供の時代を共に思い出させるのではないでしょうか。
処が、現代の小学校では、この『仰げば尊し』という歌声は
「歌詞が古臭くて子供達の生活に合わない。故に、卒業式でも歌わない」
と、いう事になっていると聴いております。その反面、同じように古臭くても『君が代』は堂々と卒業式の歌になりきっているそうです。
全国一斉に小学生が同じ歌を長年歌い続けていくということも、現代にあっていい事でもあるように思われるのですが?
まあ、こんなくだらない事を思いながら、『仰げば尊し』という歌も何も聞こえない静まり返った卒業式の小学校を後にしました。
せめて「さんしゅうの木」だけでもと、吉備津の生んだ最も有名な人茶祖『栄西』の記念碑が立ってある所に歩を進めます。
相変わらず、春の小川の濁り水の中にメダカの学校の小さな水輪がせわしくが出来たり消えたりしています。
私達が少年時代に春を感じたのと同じくらいの大きさに伸びたさんしゅうの木が真っ青な空に向かって大きく枝を伸ばし黄色い花びらを輝かせていました。
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