今ある吉備津彦神社の一番古い建物は元禄十年池田綱政は復興させたものだそうです。しかし、この建物の多くは昭和初期の火災でほとんどが焼失されたのだそうですが、幸いなことに、本殿と随神門だけは被災せずに残ったのだそうです。
まあ、ともあれ「吉備の中山」に備前備中の一宮が2ケ所にも鎮座ましますということは全国的に見ても大変珍しい吉備の国にしかない例なのです。どちらが先に出来たとか、どちらが優れているとかいうのではなく、2つもの大変美しい壮大な神社が此の地にあると云うことはそれだけでも希有なことで、それを誇りにしてもいいことなのです。
でも中には、どうしても此のお宮さんが一番だと言いたい輩がいらっしゃるようですね。それが郷土愛というのかもしれませんが??????
まあ、ともあれ「吉備の中山」に備前備中の一宮が2ケ所にも鎮座ましますということは全国的に見ても大変珍しい吉備の国にしかない例なのです。どちらが先に出来たとか、どちらが優れているとかいうのではなく、2つもの大変美しい壮大な神社が此の地にあると云うことはそれだけでも希有なことで、それを誇りにしてもいいことなのです。
でも中には、どうしても此のお宮さんが一番だと言いたい輩がいらっしゃるようですね。それが郷土愛というのかもしれませんが??????
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