今年最初の吉備津神社朝詣会がありました。新装成った本殿に参拝して、玉串を奉り、拍手を済ませて朝ご飯を頂くのです。如月の寒さが身を切る中での拝礼は、この頃何につけても怠りがちな我が心に活を入れてくれるようでもあります。
それを済ませて、吉備津保育園の「おにやらひ(鬼遣、追儺)」豆まき行事に参加しました。
この保育園では、近頃、自分達の家ではめったに体験することが出来なくなったような沢山の季節季節の行事をこまめに取り上げて、子供達に体験させておられます。一人一人のおおらかな心の成長をめざして、子供達が活動できる場を設定され、その中で如何に身体を動かせばいいのかを考えさせていただいているので。
「幸福なる園児よ、子達よ」と呼びかけたいような光景です。
わたしも一人の園児の祖父として何かお手伝いする事はないかと考え、吉備津保育園のおにやらいの日に、ヒイラギとめざしを持って「こんないわれもあるんだよ」と豆まきに参加させて頂きました。
幼い純な心を何時何時までも持ち続けて、幸せにと思いながら、きゃきゃと何時までも歓声を上げながら楽しんでいるこの子たちの教室を後にしました。
投げつける 園児の豆や 春立ちぬ
豆撒きや 柊鰯 鬼は外
目刺嗅ぐ 園児の声や おにやらひ
それを済ませて、吉備津保育園の「おにやらひ(鬼遣、追儺)」豆まき行事に参加しました。
この保育園では、近頃、自分達の家ではめったに体験することが出来なくなったような沢山の季節季節の行事をこまめに取り上げて、子供達に体験させておられます。一人一人のおおらかな心の成長をめざして、子供達が活動できる場を設定され、その中で如何に身体を動かせばいいのかを考えさせていただいているので。
「幸福なる園児よ、子達よ」と呼びかけたいような光景です。
わたしも一人の園児の祖父として何かお手伝いする事はないかと考え、吉備津保育園のおにやらいの日に、ヒイラギとめざしを持って「こんないわれもあるんだよ」と豆まきに参加させて頂きました。
幼い純な心を何時何時までも持ち続けて、幸せにと思いながら、きゃきゃと何時までも歓声を上げながら楽しんでいるこの子たちの教室を後にしました。
投げつける 園児の豆や 春立ちぬ
豆撒きや 柊鰯 鬼は外
目刺嗅ぐ 園児の声や おにやらひ
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