ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

ようやく読み終わった!ツアンポー本

2009年03月17日 18時42分12秒 | 探検・冒険
カトマンズに在住するチベット仏教研究者イアン・ベーカーの「The Heart of the World」(The Penguin Press)をついに読み終えた……。B5判で巻末のメモなどを含めると約500ページの大冊。英書である。読み終わるまで1年かかった。雪男を探しながら、雨の日にテントで読んだのがこの本だった。いつ購入したのかは、もうすっかり忘れてしまった。

 これ、なんの本かというと、ベーカーがチベットのヤル・ツアンポー峡谷を探検した時の顛末をまとめたものである。ベーカーは昔、チベットの山奥にはまだ誰も到達したことのないチベット仏教の伝説の地があることを知る。いわゆる、シャンバラとかシャングリラとか呼ばれる桃源郷伝説のひとつと考えていい。彼は「テルマ」と呼ばれるチベット仏教の秘密の文書を手がかりに、チベット最大の大河ヤル・ツアンポー川の大峡谷の最奥にその桃源郷があることを知り、何年もかけて探検を繰り返した。

 ヤル・ツアンポー大峡谷はヒマラヤの探検史に必ず出てくる地理的な秘境である。1800年代から英国印度測量局がパンディット(地元民を使った探検スパイ)を派遣して大峡谷内部を探検させるが成功しない。英国の探検家F・M・ベイリーやF・K・ウオードも、最奥にあるといわれる幻の滝を見つけようと目指すが、結局、地形が険しすぎて、1990年代まで誰もそこまで到達できなかった。

 本書の著書イアン・ベーカーが目指したのはこのように歴史的に謎とされてきた場所だった。そして1998年、ベーカーはついに幻の滝を発見。ナショナル・ジオグラフィックが「滝が見つかった」と大きく取り上げ、世界的に報道された。

 ベーカーが異色なのは、誰も足を踏み入れいない地理的な秘境を解明しようという昔ながらの探検家の発想で大峡谷を目指したのではなく、チベット仏教の秘密の文書やラマ(仏僧)の言葉を手がかりに滝まで到達する道があるはずだと信じて探検を続けたことである。あやしげな地図を手がかりに宝物を探す三流冒険活劇をほうふつとさせるような話であるが、本当に滝を見つけてしまったのだから「すごい!」の一言だ。

 滝が見つかったというニュースを聞いた時の衝撃を僕は忘れられない。当時、僕は大学4年生。なにせ、自分でこの幻の滝を見つけてやろうと意気込んでいた時だった。98年の夏に探検部の仲間と大峡谷の偵察に行き、翌年に本隊を組んで本格的な探検に取り組もうと計画していた矢先に、その滝が見つかったと聞いたものだから頭の中が真っ白になった。


↑ベーカーが98年に到達した滝(03年に角幡撮影)

 大峡谷は中国政府が98年以降に立ち入り禁止にしたため、90年代からアメリカ人を中心に一時期活発になっていたこの地域の探検は一気にしりすぼみになった。僕は2003年にベーカーたちも行けなかった大峡谷のさらに奥を単独無許可で探検したが、残念ながら新たな滝は見つからなかった。

 でも、僕はベーカーに対してひとつだけ自慢できることがある。それは、彼が見つけようとして見つけられなかったホクドルンの洞窟を見つけることができたことだ。03年の単独探検で僕は大峡谷の最奥に謎の巨大洞窟を発見し、これが桃源郷伝説のもとになったのではないかと考え、最後は洞窟の中まで足を踏み入れた。ベーカーの本を読むと、地元の村人はこの洞窟の存在を知っており、そこを信仰上の聖地であると考えていたようだ。しかし、この洞窟は川の断崖にあるので対岸からしか見えないうえ、洞窟の中に入るにはロープで懸垂下降しなければならないので、村人たちには洞窟まで行くことはできない。村人から話を聞いたベーカーもこの洞窟を探したらしいが、結局見つからなかった。そのくだりを読んだとき、僕は正直、「オレは洞窟の位置を知っているぜ。ふふふ……」と妙な自己満足を覚えてしまった。


↑↓ホクドルンの洞窟(03年撮影)

 

ツアンポー峡谷の探検はまだ終わっていない。19世紀からの課題とされてきた核心部分は完全には踏査されていないからだ。今年はやるぜー。すべての滝の写真を正面から撮影し、正確な位置を地図に落とす。なにせ、そのために会社を辞めたようなものだからな。その前に右ひざのけがを癒さなくては……。びっこを引いて歩いていると、腰まで痛くなってきてしまった。

 ヤル・ツアンポー峡谷に興味を覚えた人は、F・K・ウオード「ツアンポー峡谷の謎」という本が岩波文庫にありますので読んでください。金子民雄「東ヒマラヤ探検史」(連合出版)も参考になります。さらに興味ある人は僕の探検の記録が「岳人」2003年6月号(672号)に載ってますので探してください。あかね書房の「ヒマラヤ名著全集」にはF・M・ベイリーの「ヒマラヤの謎の河」があるので、神保町の悠久堂ででも見つけてください。

 
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3 コメント

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角幡本 (ちば)
2009-03-28 05:47:57
こんにちわ!元A社のちばです!ごぶさたしています!!
メールを送ろうと思って探していたのですが、メールわかんないからいきなりコメントで失礼。

角幡くんの「川の吐息、海のため息」を昨年秋になって知り、読んでみました。とてもすばらしい本です。今日はサトシの先生にあげようと思って持っていくところです。
感想(まだ書いていない)を送りたいので連絡先を教えてください。
ちなみにこのヤル・ツアンポーの話の「岳人」も閲覧用・保存用・貸出用と3冊買ったのですが、怪人M氏が貸出用を持って行ったきり戻ってきません。「川の吐息・・・」も同じく3冊買い、友人にすすめまくっています。

ところで私は今日(28日)の17:30よりテレビ東京の「ザ・フィッシング」という番組に映るかもしれないぞ!小学生の後ろで胴長を着て網を引いているのが映るかもしれません。ぜひ見てくれ!!
千葉ちゃんへ (かくはた)
2009-03-28 12:13:37
 お久しぶりです。ひどい時間に書き込みしてますね。乱れた生活をしているようで……。
 僕より僕の本持ってるんですね。僕は岳人1冊しか持ってません。
 メールアドレスは
 kakuhata1976@ybb.ne.jp
 です。
 Kさんは元気ですかね?あの、お酒とセクシャルハラスメントが大好きな。
 テレビ楽しみしております。
Unknown (いぬのひるね)
2010-12-07 22:43:24
今空白の5マイルをわくわくしながら読んでいます。一日で144ページいっちゃいました。ひさし振りに忘れていた気持ちがよみがえってしまいました。

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