ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

読むの無理

2013年01月28日 08時45分53秒 | 書籍
先日、ひそかに帰国した。旅から戻った時は毎度のことだが、今回も異常なまでの活字への欲望に悩まされている(ちなみに書くほうではなく、読むほうだ)。ここ三日間は本屋に行っては書籍を購入し、帰宅して、こんなに読めるわけがないと呆然とするということを繰り返している。

帰国後、最初に読んだのは辻邦生『安土往還記』。カナダ滞在中に読んだ『西行花伝』に感銘を受けたからだ。同じことを書いているけど、こちらも迫力のある作品。この二冊で辻邦生の文章世界に衝撃を受けたわたしは、帰国した翌日、『背教者ユリアヌス』も読まねばと本屋に駆けんだ。しかしあまりの長大さに思わずたじろぎ、急きょ、『嵯峨野明月記』に変更した。

安土往還記 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社


西行花伝 (新潮文庫)
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新潮社


嵯峨野明月記 (中公文庫)
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中央公論社



その後、店内をうろついていると、村上春樹によるチャンドラー『大いなる眠り』の新訳を発見。チャンドラーは大好きだが、考えてみると、マーロウものの第一作である『大いなる眠り』は読んでいなかったので、まよわず購入。さらに書評コーナーでベアント・ブルンナー『月』という魅力的な装丁の本を見つけた。白水社の翻訳ノンフィクションにはずれはまずないし、北極では月には助けられたり、悩まされたりしたもした。自分がこの本を読まずして誰が読むんだろうと、変な義侠心みたいなものが出てきて、これも購入。なんということだ。『背教者ユリアヌス』を買いに来たのに、ぜんぜんちがう本を三冊も買っている。

大いなる眠り
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早川書房


月: 人との豊かなかかわりの歴史
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白水社



帰宅したら、アマゾンから門田隆将『死の淵を見た男』が届いていた。おお、帰国直前にカナダで頼んでいたことをすっかり忘れていた。チャンドラーの乾いた文体も魅力的だが、命をかけて原発事故と戦ったあつい男たちの物語に涙を流してもみたい。おっと、そうじゃなくて、その前に辻邦生だった。

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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PHP研究所



次の日、さっそく買った本を読もうと本棚を見回したところ、全然関係ない大江健三郎『個人的な体験』を見つけ、一気読みする。大江健三郎なんて学生の時に『性的人間』と『日常的な冒険』を読んだ後、『同時代ゲーム』に挫折して以来、十数年ぶりに読んだ。こんなに面白かったっけと突如、大江ブームが高まり、アマゾンで『万延元年のフットボール』を買う。それに加え、一昨年の北極探検の後に買った『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』も本棚で見つけて、ついついつまみ読みしてしまう。辻邦生ブームはどこにいったのだろう。

個人的な体験 (新潮文庫 お 9-10)
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新潮社


万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)
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講談社



ウィトゲンシュタイン 哲学宗教日記
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講談社



昨日は明治神宮に遅ればせながら初詣に行き、ついでに蔦屋代官山に立ち寄った。全然、本なんて買うつもりはなかったのに、運悪くマーシャ・ガッセン『完全なる証明』が文庫化されているのが目に入った。単行本が発売された時に、何度か買おうと思って、結局やめた本である。あとは辻原登『冬の旅』が面白そうだったので、二冊購入。いったい、いつ読もうというのか。

完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋


冬の旅
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集英社


今ふりかえると、カナダにいた時はメルヴィル『白鯨』とかダンピア『最新世界周航記』などいった、読んでいて疲れる海外文学の古典ばかりだったので、帰国したら絶対に一気読み必至の横山秀夫『64』を買おうと思っていたのだが……。それに読まなきゃいけない資料もあるし、冬の北極に行って、改めて植村直己『北極圏一万二千キロ』を読み返さなければならないと思っていたのに。

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))
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新潮社



最新世界周航記〈上〉 (岩波文庫)
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岩波書店



そして今もまた本屋に行きたくなっている。先日読んだ『月』の巻末の刊行案内に、出雲晶子『星の文化史事典』という魅力的な書籍が載っていて、買いたくてしょうがないのだ。それにアマゾンで関連商品を見ていて『望遠鏡以前の天文学』という、これまた魅力的で、かつ高価な本も見つけてしまった。いったいどんな本なんだ! 気になってしょうがない。あとで本屋に行って確認してみよう。

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昨日到着

2013年01月20日 03時48分27秒 | 探検・冒険
こっちの時間の昨日、町に到着した。

到着したといっても、目的地であるウルカクトックではなく、出発地点であるケンブリッジベイだ。実は年末に出発して五日目に、二台用意したストーブの両方とも調子がおかしくなってしまったのだ。ストーブに不安を抱えたまま、何百キロもの無人荒野に突入することはできない。そこで、ケンブリッジに一度戻って、知り合いにコンロを借りて、すぐに再出発し、ウルカクトックではなく、北米大陸のケント半島を3週間ほどうろうろしていた。

もともと今回は冬の北極を天測で旅できるのか確かめることが目的だったので、ウルカクトックにはさほどの執着はなかった。だからストーブが危なくなった時点で、すぐに計画を変更した。

しかし、結果的にはウルカクトックに行かなかったことで、逆に今回の旅はより奥深いものに変わったような気がする。たぶんウルカクトックを目指していたら、そのまま頑張って到着できていたと思う。しかし、到着で来てよかった、よかったで終わっていただろう。じっくり天測に取り組む時間もなかっただろうし、冬の北極を自分なりに味わう余裕もなかったはずだ。しかしケンブリッジベイ周辺を放浪することに計画を変えたことで、自分に中で冬の北極を旅することの意味がはっきりと見えてきた。どこかを目指すことを放棄することで、新たな旅のスタイルを手に入れたような気がしたのだ。

それにしても冬の北極は予想以上に気象条件が厳しい。天測は10日に一回できるかどうかというぐらい、チャンスが少なかったし、やはり実地でやってみると、今回採用したシステムは実用的でないことも分かった。用意した装備も冬だと厳しいことも分かり、検討課題が次々と明らかになった。寝袋なんかすごい。太陽がなくて永久に乾く機会がないものだから、汗がじわじわ綿の中で凍ってどんどんでかくなっていく。

あとナビゲーション。いやー怖かった。冬にGPSをもたない。それだけで北極を旅することは何倍も難しくなり、実に奥が深くなる。なんとも面白いのだ。そして何より、今後の冬の旅のテーマが明確になったことが、一番の収穫だった。実際に旅をすることで、新たな旅の姿が浮かんでくる、今回の旅はそんな素晴らしい体験になった。早く日本に帰って、すき焼きが食べたい。今はそんな気持ちでいっぱいだ。

ちなみに写真はない。出発直後に霜が内部に侵入し、それがテント内で溶けて、使えなくなってしまった。これもまた、次回の検討課題のひとつである。

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