掲載誌のお知らせをいくつか。
「考える人」秋号に沢木耕太郎さんとの対談が掲載されています。「歩く 時速4kmの思考」という特集の巻頭です。
対談が行われたのは7月下旬でしたが、ある意味ではこの対談が私にとっては今年一番の仕事だったといえるかもしれません。なにせ相手はあの沢木耕太郎さんです。
そもそもこの対談企画は、私が新潮社の編集者と池袋の中華料理屋で飯を食っていた時に、沢木さんの『深夜特急』について、ある疑問をぶつけたことがきっかとなって始まりました。実は私は、以前何かで『深夜特急』は小説だと書いてあるのを読んだことがあり、そう思い込んでいました。実際には沢木さん本人は『深夜特急』は完全にノンフィクションで書いたと『旅する力』に明記しているのですが、私は小説だと思い込んでいたのです。でも中身は完全にノンフィクションに読めます。だから、なぜ沢木さんはあの作品をフィクションだと定義していたのか、ずっと疑問でした。
そこで中華料理屋の席上で、その疑問を編集者にぶつけてみました。『探検家~』にも書きましたが、書くことを前提に旅などの行為をする際、その行為は大なり小なり書くことへの影響を受けて純粋なかたちから変形してしまいます。しかし作中ではどうしても、書くことを前提にした行為であることに蓋をし、主人公である私はさりげない行為者として振舞わざるを得ません。その行為は果たして純然たるノンフィクションであると言い切れるのかどうか、実は私には微妙に思っているところがあります。『深夜特急』を小説だと勘違いしていた私は、もしかしたら沢木さんは、仮に完全に事実を書いたとしても、書くことを前提にした旅は完全にノンフィクションだとはいえないと判断し、この作品を小説だと言っているのかもしれないと思い、その疑問を沢木さんに一度訊いてみたいなあ、などと編集者に言ってしまったのです。
するとしばらく経ってから、その編集者から「角幡さん、沢木さんが対談を了承してくれました」と連絡がきたものだから、びっくりしました。え、なんのこと!? 無責任なようですが、中華料理屋の席上ですっかり酔っぱらっていた私は、訊いてみたいと言ったことまでは覚えていましたが、対談の話が出たことなどよく覚えていなかったのです。
さあ大変なことになったと、その後は沢木さんの本を読みまくりました。既読本を読み直し、未読本も購入して、全部で20冊から30冊近く読んだでしょうか。ちなみにその過程で『旅する力』を初めて読み、『深夜特急』が完全なノンフィクションであると書いてあるのを見て、なんということだと呆然としました。しかし行為と表現の関係性というテーマは別に損なわれるものではないので、すぐに気を取り直しましたが。
本を読みながら、対談で聞いてみたい言葉や文章はノートに書きだし、自分なりの疑問点も整理しました。当時はちょうど『アグルーカ』の締切と重なり、猛烈に忙しかったです(この時期はブログをほとんど書いてなかったと思います)。おまけに沢木さんから、お互いに三冊ずつ課題本を提示し合い、それを読んで意見を交換しようという提案がなされ、読まなければならない本がさらに増えました。さらに言うと、沢木さんから提案のあったそのうちの一冊というのが本多勝一『極限の民族』で、これは『カナダエスキモー』『ニューギニア高地人』『アラビア遊牧民』の探検三部作が一冊になったもので、事実上、三冊です。まじかよ、と思わないでもなかったですが、かつて学生の時に読んだこの作品を改めて読み直しました。さらに付け加えると、他の二冊は開高健『ベトナム戦記』とドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ『さもなければ喪服を』(註・すごい分厚い)だったのですが、対談の直前になって、できれば開高さんの『輝ける闇』も読んで来てくれれば、とのさらなる追加提案がありました。うぎゃっ!と、パンク侍に斬られた時みたいに混乱に拍車がかかったのですが、一応読みました。偶然にもいずれも過去に読んだ作品だったので、その点は助かりました。
こんなに書くつもりはなかったんですが、前置きが長くなってしまいました。対談では想定外なことに、私の作品について沢木さんから書き方についていろいろ指摘がありました。そんな話になるとは思わなかったので、ちょっとびっくりしましたが、それだけよく読み込んでいてくださったというのは単純にうれしかったです。今回出した『アグルーカ』も、すばる連載時のものを事前に読んできてくださり、厳しい点も含めて批評してくださいました。かなり長い記事なので、よみ応えがあるものになっていると思います。どんな話になっているか、興味のある方はぜひ手に取って読んでみてください。
平凡社の文芸誌「こころ」で「ノンフィクションの現在」という特集が組まれており、「血となり肉となったノンフィクション」10冊を挙げています。以前、石井光太さん責任編集の『ノンフィクション新世紀』でも同じような企画があったので、それとは多少、色を変えて、今回は探検や登山ものを主に選びました。
朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』で状況という概念について思うところをエッセイにまとめました。