ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

三浦しをんさんとの対談

2012年10月20日 18時36分31秒 | お知らせ
読楽 2012年 11月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
徳間書店


徳間書店の文芸誌「読楽」の11月号に三浦しをんさんとの対談が掲載された。三浦さんの小説『神去なあなあ日常』の文庫本に解説をかかせていただいた関係で実現した企画である。

作風に関してはまったく接点のない私たちだが、何を隠そう、実は同じ年で、しかも同じ大学に在籍していたという共通点がある。対談にのぞむ前は、たぶんその方向で話が弾むに違いないと思っていたが、全然はずまなかった。考えてみると当たり前で、私はほとんど大学の授業やイベント関係に出席したことがなく、大学のことについて何も知らなかったからである。一応、同じ時期に大学にいたんですよねぐらいのふりはしてみたが、自分で言い出したにもかかわらず、全然話すことがなくて盛り上がらなかった。

しかしまあ三浦さんは人柄がそのまま作風に出ている感じの方で、非常に楽しく話せた。うれしいことに事前にぼくの本も読んでいてくれたらしく、対談の中で『雪男』ネタで結構もりあがった。驚いたことに、『雪男』を読んで、雪男を探す男の姿に感動して泣いてしまったらしい。この本を読んで泣いたという方は初めてである。すばらしい感受性の持ち主だ。

気になる方はぜひ読んでみてほしい。ついでに『雪男』も。


雪男は向こうからやって来た
クリエーター情報なし
集英社



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取り返しのつかない失敗

2012年10月10日 14時43分08秒 | 雑記
近著『アグルーカの行方』の評判が全然みえてこず、最近、次のような不安に苛まされている。

それにしてもアマゾンにレビューがあがらないし、ブログで取り上げてくれる人もあまりいない。おかげでついつい頻繁にツイッターをチェックしてしまう。ありがたいことに重版が決まったので、売れ行きは順調のようなのだが、いったいどうしたことなのだろう?

全然面白くないのだろうか。

でも、服部さんからは珍しく、すげえ面白かったとのメールがきたし、地平線会議の江本さんからも電話でよかったとのお言葉をいただいた。その他にもわざわざ手紙で肯定的な感想を伝えてくれる方もいて、登山や冒険に理解の深い方からの反応は、これまでの作品以上にいいように感じるのだが……。とはいえ確かに中身はかなり堅い内容だ。それに人間とのやり取りがこれまでより少ないので、女性受けはしないだろうな。そうだ、この本は結局、冒険業界向けの本なのだ。分かる人には分かるのだ。いや、まてよ。ついこの前、自分の本は山岳コーナーにしか置かれていないとブーブー文句を言っていたではないか。言っていることがおかしいぞ。

普段はよく、本を書く時は読者にどう読まれるかなど考えていないし、読者受けするテーマを選んでいるわけでもない。自分が書きたいことを、書きたい表現で書いているだけなのだ、などと偉そうなことを言っているのに、実際に本が出るとこのありさまだ。完全に言行不一致である。滅茶苦茶、読者の視線を気にしているではないか。どういうことなのだ!

ネット社会の弊害ですね。

さて、話は変わり、最近の衝撃からひとつ。

実は八月に自宅を引っ越したのだが、その時のどさくさで、普段、原稿や写真をすべて記録している外付HDのACアダプターが見当たらなくなった。机の引き出しの中をごちょごちょ探していると、それっぽいのがあったので、これかなーなどと思いつつ、安易に接続してみたが、電源が入らない。しょうがないので、ヤマダ電器に持っていってみると、「それはパソコンのアダプターですよ」と言われた。

え、それってまずいんじゃないのか?

やばいと思い、家に帰って、また机の中をひっくり返すと、今度は正真正銘、外付けHDのアダプターが見つかった。ほっと一安心して接続すると、やはり電源がつかない。やはり、壊れてしまったのだろうか……。

慌ててメーカーに相談してみると、修理は無料で行えるという。よかったと一安心したのもつかの間、機械の修理はできるが、その場合、中の記録が消去されてしまうので、無くなって困るようなデータがあるなら、専門業者に依頼してデータを取り出してからでないといけないという。

「いくらぐらいかかるんですかね」と訊くと、
「かなり高いみたいですよ」とのこと。

そしてこの程、その専門業者からの見積もりが来た。結果は恐ろしいことになった。データの取り出しは、ファイルごとに指定して行い、その合計のデータ量で値段が決まるらしいのだが、最低価格、つまりどんなにとり出すデータが少なくても、なんと約15万円もかかるのだという。最大だと55万円である。

なんということだ! 安易にパソコンのアダプターを接続しただけで、車一台買える金額がかかるというのである。

HDの中には、過去の作品の全原稿の他、雑誌に書いたエッセイの原稿、ツアンポーや北極の写真、登山の写真などなど、私のここ3年ほどの活動の記録のすべて入っていた。そして他にバックアップをとっていなかった。

バックアップなしの旅が好きだからといって、何も普段のデータ管理でもそれを実行する必要はなかったのだが……。

まだ結論は下してないが、さすがにそんな金は払えない。
さよなら、ぼくの過去。さよなら、ヤルツアンポーの写真。さよなら、今まで決して人目にさらさなかったいくつかの秘密の文章。さよなら、あといろいろいっぱい。

ツアンポーに関していえば、主要な写真はパソコン本体に残っているので、それでよしとするか。でも、どうしよう。まだ迷ってます。


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沢木さんとの対談など

2012年10月04日 08時46分25秒 | お知らせ
考える人 2012年 11月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
新潮社


掲載誌のお知らせをいくつか。
「考える人」秋号に沢木耕太郎さんとの対談が掲載されています。「歩く 時速4kmの思考」という特集の巻頭です。

対談が行われたのは7月下旬でしたが、ある意味ではこの対談が私にとっては今年一番の仕事だったといえるかもしれません。なにせ相手はあの沢木耕太郎さんです。

そもそもこの対談企画は、私が新潮社の編集者と池袋の中華料理屋で飯を食っていた時に、沢木さんの『深夜特急』について、ある疑問をぶつけたことがきっかとなって始まりました。実は私は、以前何かで『深夜特急』は小説だと書いてあるのを読んだことがあり、そう思い込んでいました。実際には沢木さん本人は『深夜特急』は完全にノンフィクションで書いたと『旅する力』に明記しているのですが、私は小説だと思い込んでいたのです。でも中身は完全にノンフィクションに読めます。だから、なぜ沢木さんはあの作品をフィクションだと定義していたのか、ずっと疑問でした。

そこで中華料理屋の席上で、その疑問を編集者にぶつけてみました。『探検家~』にも書きましたが、書くことを前提に旅などの行為をする際、その行為は大なり小なり書くことへの影響を受けて純粋なかたちから変形してしまいます。しかし作中ではどうしても、書くことを前提にした行為であることに蓋をし、主人公である私はさりげない行為者として振舞わざるを得ません。その行為は果たして純然たるノンフィクションであると言い切れるのかどうか、実は私には微妙に思っているところがあります。『深夜特急』を小説だと勘違いしていた私は、もしかしたら沢木さんは、仮に完全に事実を書いたとしても、書くことを前提にした旅は完全にノンフィクションだとはいえないと判断し、この作品を小説だと言っているのかもしれないと思い、その疑問を沢木さんに一度訊いてみたいなあ、などと編集者に言ってしまったのです。

するとしばらく経ってから、その編集者から「角幡さん、沢木さんが対談を了承してくれました」と連絡がきたものだから、びっくりしました。え、なんのこと!? 無責任なようですが、中華料理屋の席上ですっかり酔っぱらっていた私は、訊いてみたいと言ったことまでは覚えていましたが、対談の話が出たことなどよく覚えていなかったのです。

さあ大変なことになったと、その後は沢木さんの本を読みまくりました。既読本を読み直し、未読本も購入して、全部で20冊から30冊近く読んだでしょうか。ちなみにその過程で『旅する力』を初めて読み、『深夜特急』が完全なノンフィクションであると書いてあるのを見て、なんということだと呆然としました。しかし行為と表現の関係性というテーマは別に損なわれるものではないので、すぐに気を取り直しましたが。

本を読みながら、対談で聞いてみたい言葉や文章はノートに書きだし、自分なりの疑問点も整理しました。当時はちょうど『アグルーカ』の締切と重なり、猛烈に忙しかったです(この時期はブログをほとんど書いてなかったと思います)。おまけに沢木さんから、お互いに三冊ずつ課題本を提示し合い、それを読んで意見を交換しようという提案がなされ、読まなければならない本がさらに増えました。さらに言うと、沢木さんから提案のあったそのうちの一冊というのが本多勝一『極限の民族』で、これは『カナダエスキモー』『ニューギニア高地人』『アラビア遊牧民』の探検三部作が一冊になったもので、事実上、三冊です。まじかよ、と思わないでもなかったですが、かつて学生の時に読んだこの作品を改めて読み直しました。さらに付け加えると、他の二冊は開高健『ベトナム戦記』とドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ『さもなければ喪服を』(註・すごい分厚い)だったのですが、対談の直前になって、できれば開高さんの『輝ける闇』も読んで来てくれれば、とのさらなる追加提案がありました。うぎゃっ!と、パンク侍に斬られた時みたいに混乱に拍車がかかったのですが、一応読みました。偶然にもいずれも過去に読んだ作品だったので、その点は助かりました。

こんなに書くつもりはなかったんですが、前置きが長くなってしまいました。対談では想定外なことに、私の作品について沢木さんから書き方についていろいろ指摘がありました。そんな話になるとは思わなかったので、ちょっとびっくりしましたが、それだけよく読み込んでいてくださったというのは単純にうれしかったです。今回出した『アグルーカ』も、すばる連載時のものを事前に読んできてくださり、厳しい点も含めて批評してくださいました。かなり長い記事なので、よみ応えがあるものになっていると思います。どんな話になっているか、興味のある方はぜひ手に取って読んでみてください。

こころ 2012年 vol.9
クリエーター情報なし
平凡社



平凡社の文芸誌「こころ」で「ノンフィクションの現在」という特集が組まれており、「血となり肉となったノンフィクション」10冊を挙げています。以前、石井光太さん責任編集の『ノンフィクション新世紀』でも同じような企画があったので、それとは多少、色を変えて、今回は探検や登山ものを主に選びました。



朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』で状況という概念について思うところをエッセイにまとめました。

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天文航法

2012年10月03日 08時55分45秒 | 雑記
今年の冬は星を頼りに北極圏の暗闇を彷徨する計画である。『アグルーカ』の中でも書いたが、昨年、北極圏を長く旅した時に、GPSを使って位置確認をすると、どうも旅がつまらなくなってしまうと感じた。極地は山と違って、起伏のない平面がどこまでも広がっているだけなので、今自分がどこにいて、どちらに向かえばいいのかというナビゲーションをどうやるかがゲームとしての面白さだといえる。しかしGPSを使うと、ボタンをぽちっとおせばそれが分かってしまうので、その面白さがなくなってしまうのである。

探検や冒険の魅力は、無垢な自然の中に身体を入り込ませるところにある。特に極地に場合、人間世界から何百キロも離れたところを旅できる点が、他のフィールドでは体験できない特徴だ。やはり究極の自然の中を、自分の力だけで旅をしてみたいという欲求は抑えがたいものがある。そしてその舞台は太陽のない極夜が望ましい。太陽のない世界は極地独特のものだし、長い夜を経験することで本当の春を実感できるとかいうようなことを、確か星野道夫もどこかに書いていた。私も世界にそこにしかない春を感じてみたいのである。

ということで今年はGPSを使わず、天測で極夜を旅できないか、実験的に行ってみるつもりで、最近は家で一日中、『天文航法』という本を読みながら、天測について勉強している。

それにしても地球の時点と天体の動きの理屈が全然分からない。理系科目の特徴は、ある大きなシステムを極度に単純化したモデルを使用することで、複雑なシステムを容易に理解するところにあるわけだが、もちろん天文航法でもそれは同じで、自転する地球、天球に浮かぶ太陽や星々の動き、それに伴う時間の経過がモデル的に説明されているのだが、それが全然頭に入ってこないのだ。

そもそも理系科目は中学生の時以来、全然勉強していない。計算の方はまだ足し算、引き算しか出て来てないが、時間の計算が多く、多くが60進法なので、頭がこんがらがってしまう。昨日は、例えば6月3日AM2:35から16時間24分41秒を引いたら、何月何日何時何分になるかというような単純な計算がうまくできず、納得いくまでに2時間ほども要してしまった。こんなんで天測の基本をマスターできるのか、あやしいものである。

六分儀はまだ手に入れていないが、『雪男』の取材で知り合った、ヨットで世界一周の経験がある国重さんに相談したところ、すぐに友人から借りることができたと連絡が来た。ありがたいことである。入手し次第、海でキャンプを張り、星を眺めながら天測の習得に努めたい。いやー楽しみだ。

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