ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

私のように黒い夜

2013年11月24日 10時19分54秒 | 書籍
私のように黒い夜
J・H・グリフィン
ブルースインターアクションズ


ひさしぶりに本の紹介。最近、朝日新聞やPR誌の書評、それに文庫の解説の仕事が多くて、自分が読みたい本がなかなか読めなかったが、この本は久しぶりに強い読後感に打ちのめされた。先日、朝日新聞紙上で高野さんと対談した時に教えてもらった本だが、こんな名著のことを今まで知らなかったことを恥じ入るばかりだ。

この本は1959年に、白人である著者が人工灯による太陽光照射と薬物で肌の色を焼いて、つまりまるっきり黒人になりきって、当時人種差別の激しかった米国南部を旅した記録である。黒人になることで著者は白人の時にはまったく体験しなかった差別、嫌悪を体験することになる。

驚くべきことに当時の南部において黒人は公衆便所を使うことさえ認められていなかったらしく、トイレを求めて町を横断するといったことはざらだったらしい。バスや店先で浴びせられる汚いものを見るような視線、侮蔑的な罵声、人間を動物以下としか見なさない、白人に対する時からは想像もできない人種差別主義者たちの人間性の欠如を体験することになる。

これは絶対に白人だったら見えなかった、書き記すことのできなかった現実である。この時の対談は探検・冒険本特集で、高野さんはこれをそういう本の一冊として選んできていたのだが、著者は命の危険も感じているので、まさに冒険である。体を張って別の位相にある世界に切り込んでいくという意味では『狼の群れと暮らした男』に近いものを感じた。もちろん社会の不正義を告発しているのだがから、それ以上にジャーナリスティックである。



雪男文庫などなど

2013年11月17日 21時05分10秒 | お知らせ
いくつかお知らせです。
まず『雪男は向こうからやって来た』の文庫が集英社から発売されます。あとがきを加えているほかは、単行本からの変更点はほとんどありません。

解説は三浦しをんさんにお願いしました。朝日の書評委員でお会いした時に、激ボメしてくださってかまいませんと冗談で言ったら、本当に激賞の解説をかいてくださった。余計なことを言ってしまったと少し反省。でも三浦さんらしいユーモアにあふれた、それでえいて作品の本質をずばりとつくような、すばらしい解説です。

オビに堂々と書かれた「新田次郎文学賞受賞作」という大文字も気分がいい。祈重版。

雪男は向こうからやって来た (集英社文庫 か 60-2)
角幡唯介
集英社


次にアグルーカの時に一緒に北極を旅した荻田君が本を出します。タイトルはずばり『北極男』。

北極男
荻田泰永
講談社


表紙のあべ弘士さんによるイラストを見てもわかるように、ごりごりとした冒険モノというより、ほのぼのとした雰囲気の仕上がりの本になってます。北極の魅力にとらわれて人生を彷徨する荻田君の青春の記録です。

先日見本が届いたので開いたところ、びっくり。表紙の裏側に、見開き2ページで橇を引く私の写真が載っている。確かに撮影したのは荻田くんだが……。読者は間違いなく、この橇を引いている人は荻田君だと勘違いすると思うのだが。

ちなみに解説は私が書きました。「北極バカ一代」。手にとったらついでに読んでみてください。

最後にもう一つ。
明日午後9時からテレビ東京で放映される「世界なぜそこに?日本人」に、2001年に一緒にニューギニアを探検した藤原一孝さんが紹介されるそうです。

http://www.tv-tokyo.co.jp/nazesoko/

このホームページにあるインドネシアの秘境に云々の、裸の現地人に囲まれた仙人みたいな人が藤原さんです。ぼくらとニューギニアに行った後、どうやら彼は現地に住み着き、ネットカフェを経営しているらしいという噂は時折聞いていましたが、まさかこんなになっているとは。

実は2001年に隊ではいろいろあって、私は藤原さんと意見が合わなくなって一人で帰国しました。だからその後、彼がどのようになっているのか、ほとんど知りません。手紙も出さなければ、電話もしたことがなかったので。

写真を見る限り、『闇の奥』のクルツそのものだ。私も今から番組が楽しみです。


幻冬舎plus

2013年11月12日 22時07分36秒 | お知らせ
幻冬舎のPR誌「星星峡」がこのほど幻冬舎plusというウェブサイトに衣替えた。星星峡で密かに書いていた「探検の日々ボンボン」という読書エッセイも、このサイトに移動している。過去の分も読めるようだ。

http://www.gentosha.jp/category/tankenkanohibibonbon

この連載は気晴らしもかねて、かなり軽めの文体で書いているつもりだが、やっぱり活字からウェブサイトに移ると読んだ時の印象が変わる。字体が少し大きいので文章が間延びしたような感じがするのは、私だけだろうか。

これはいろんな編集者に言っていることだが、活字であれウェブであれ文章というのは字体が小さい方が引き締まって上手に見えるというのが私の持論である。だから自分の本が出る時はなるべく小さい活字で組んでもらいたいのだが、そんなことをしても読みにくくなって売り上げが落ちるだけだと、誰からも鼻で笑われる。なんで分かってくれないのか、まったく謎だ。

みなさん、幻冬舎plusの連載は、表示を75%以下に縮小して読みましょう。

ライカでグッドバイ

2013年11月08日 09時33分33秒 | 雑記
ライカでグッドバイ: カメラマン沢田教一が撃たれた日 (ちくま文庫 あ 47-1)
青木富貴子
筑摩書房


9月、10月とやたら本の末尾の解説やら書評の仕事が多かった。そのうちの一つ、青木富貴子さんの『ライカでグッドバイ』がちくま文庫から刊行された。

ベトナム戦争の写真報道でピューリッツァー賞を受け、その後、戦場で命を落としたカメラマン沢田教一の評伝ノンフィクションで、写真を撮ること、作品を作ることの業に捕われたものの一生を描いたものである。危ない目に遭いながらも何度も危険地帯に写真を撮りに行かざるをえない姿は、人間の生き様としてひとつの極限だと思う。

今回のちくま文庫版は絶版となっていた文春文庫版を底本としており、その時の開高健の解説も収録されているのだが、見本が送られてきてびっくり。帯に「解説=開高健・角幡唯介」とあるではないか。

なんだか文豪になった気分だ。仕事を引き受けてよかった。

食品偽装はもういいよ

2013年11月06日 10時14分16秒 | 雑記
今日の新聞をみると、また食品偽装の話が一面トップを飾っていた。私がとっているのは朝日新聞なので、その偽装の中身を簡単に紹介すると、高島屋の惣菜店が「車海老のテリーヌ」と表示して、その実、ブラックタイガーを使うなどしていたらしい。

こんなどうでもいいニュースを、よく一面トップで扱えるなと正直あきれ返る思いだ。

腐った肉ミンチを混入させていたとか、廃棄すべき食材を再利用していたとか、消費者の安全に関わるような不正だったら大きく追及するのも分かるけど、車海老がブラックタイガーって……。一面トップで扱うような話なのだろか。社会面の端っこに載せておけばいいような程度のことだと思うのだが。

こんなのもある。喫茶店「ル カフェ ドゥ ジュエル・ロブション」で紙容器入りの100%フルーツジュースを、搾りたてを意味する「フレッシュ」と表示していた。

これってもはや偽装ではなくて、日本語の表現上の解釈の問題だろう。フレッシュという英語の意味を厳密に理解していなかったというだけなのに、いちいちたたくような話なのか?

こういう重箱の隅をつつくような不正をあげつらっても、社会が息苦しくなって閉塞的な雰囲気が増すだけだ。ちょっと規範から外れただけで徹底的にたたくという構造は、ネット世論と似たり寄ったりである。私も記者の経験があるからわかるが、細かな不正でも追求すると自分たちが正義の執行者になったような気がして気持ちがいいのである。だがそれが社会にとっては一番有害だったりする。

こんなどうでもいいことより、秘密保護法案という最悪の法律が成立しそうになっているのだから、連日一面でこれを議論するぐらいのことをやってほしいもんだ。