ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

下田川内(沢登り) 仙見川中俣沢~光来出川~大川~砥沢川源流~叶津川

2016年07月28日 15時23分38秒 | クライミング
今年の夏は日本の原始境を長期にわたって漂泊的に沢登りする計画だった。原始境だから濃密な自然に支配され、かつ登山道がかぎりなく無に近い山域がいい。春先から暇を見つけては国土地理院のサイトを開いて地図をにらんできたが、やはり広大さにおいては只見近辺がもっともワイルドな登山が楽しめそうである。ぱっと目についた最も美しいラインは、南会津を南北に貫く三本の川、小戸沢西の沢と白戸川と御神楽沢をつないで会津駒に登るというものだ。しかし、これだけだと一週間、長くて十日もあれば終わってしまいそうで、夏のイベントとしてはなんだか物足りない。私の狙いはこの日本で二十日間クラスの山岳放浪をすることなのだ。ということで、強引にその北の広がる下田川内をくっつけた。事前の計画では前半十日間で下田川内を縦断し、只見の集落に下りて、後半十日間で南会津に突入というつもりだった。

7月19日に東京発。新潟県五泉までいく。タープの下に敷くブルーシートを忘れ物したので、ダイソーで購入。などしているうちにちょっと遅れてしまい、結局タクシーで仙見川の林道を門倉というところまで運んでもらった。ここから赤倉川と中俣沢の二股までは藪におおわれた登山道がつづくが、凄まじいまでのヒルの培養地である。夏のツアンポー峡谷か、ダウラギリ山塊タレジャコーラに匹敵する数だった。ズボンに空いた小さな穴に五匹のヒルが血をもとめて蠢いているのをみると、さすがに気色が悪かった。沢用の脛宛てでガードしたが、それでも両脚や腰回りなど計十五カ所ほど吸血され、それから数日間はヒルジンが引き起こす独特のむず痒さに苦しめられた。赤倉川二股で幕営。

20日から本格的な遡行開始。昨日は夕立で土砂降りだったが、この日から連日晴天がつづく。てっきり梅雨明けしたのかと思っていた。仙見川中俣沢は淵やプールが連続し、そのたびに高撒きを強いられるが、さほど悪い巻きはない。ザックを重たくしたくないので、泳ぎは回避したが、途中から巻きが面倒になり泳ぎも半分まじえながらの遡行となる。21日に光来出川に下り立つ。この沢はため息がでるほど美しい景勝地のような沢だった。大川合流点近くの下流部にちょっと長いゴルジュがあるが、とにかく白い岩肌、エメラルドグリーンに輝く淵。岩魚もいっぱいですばらしいの一言につきる。できれば下降ではなく、遡行したい沢だった。


光来出沢の美渓


ジャングルでのキャンプ地


大川のゴルジュも美しい

22日に大川合流点付近まできて、23日に大川の支流である小又川を上流部まで遡上。テンカラの要領もわかってきて、天気も良く、快調に登山は進む。この頃になると水も冷たくないので積極的に泳いで淵を突破するようになっていた。24日、小又川を越えて砥沢川源流部に突入の予定だったが、ここで失態を演じる。なんと地図を読み間違って、詰めていた沢をぐるって回りこんで同じ沢を下降するというミスを侵してしまった。なんでこんなことになったか。詳細は省くが、生まれて初めて沢で迷い、半日無駄にした。結局、小又川源流で幕営して、翌25日に砥沢川源流に足をふみいれ、翌日、叶津川をくだって、一気に只見の集落まで降りてきた。


途中でパンツのお尻がボロボロになり、雨具を切り裂いて縫い付けた。


叶津川源流部にて

とりあえず七泊八日で全体の計画のうちの半分が終了。翌日からメーンの南会津編に突入の予定だったが、只見駅で一晩横になっているうちに気が変わった。

体力もモチベーションも全然落ちていなかったが、やっぱり一度、下界に下りてきてしまうと、どうしても登山の継続性が薄れてしまうのだ。今回の計画は二十日間にわたって日本の原始境を漂泊的に登山するのが目的だったが、一度集落におりて、しかも足りない食糧を買い足すとなると、それは二十日間の登山ではなく、完全に十日間の登山を二つつなげただけになってしまう。南会津の沢はこれまで登ったことがなかったし、その自分にとっての処女地を一週間程度の慌ただしい登山で汚してしまうのはもったいないような気がしてきたのである。

まあ、只見に下りるタイミングで天気が悪化したこともあったが、そんなわけで前半で今回の登山は一度打ち切ることにして、昨日、帰京した。八月は日高で地図無し登山を計画していたが、日高は来年、もうちょっとしっかり腰を落ち着けてとりくむことにして、今年の夏はもう一度、南会津に出直しである。少なくとも二週間以上の漂泊登山。毛猛からつなげたら、途中でダムの橋は渡らなければならないが、実現できるかなという気がする。毛猛の沢は滝が多くてザックが重いと面倒くさそうだけど。
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