ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

テラー号発見のビックリポン

2016年09月18日 22時40分04秒 | 雑記
先日、ナショナルジオグラフィックのサイトで、フランクリン隊の沈没船テラー号が発見されたとのニュースが報じられた。
http://linkis.com/nikkeibp.co.jp/EfKjR
2014年に同じパークスカナダの調査隊が、フランクリン隊のもう一隻のエレバス号を発見したが、今回のテラー号発見は前回のエレバス号を十倍上回る驚きだった。

拙著『アグルーカの行方』を読んでいない不幸な方々のために説明すると、フランクリン隊とは19世紀に幻の北西航路を発見するためにカナダ北極圏にむかった英国の探検隊で、テラー号とエレバス号という軍艦2隻でむかった。しかし船はキングウイリアム島近辺で氷に前進をはばまれ、129人の男たちは全員、同島近辺で全滅。その後、イヌイットの証言を聞いた捜索隊が同島周辺で彼らの遺骨やメモを発見して遭難が判明したが、船も記録類ものこっていなかったので、彼らは遭難した理由は何もわからず、極地探検史上、最大の謎のひとつとされてきた。

パークスカナダは何年も前からこのフランクリン隊の沈没船を捜索をつづけ、2014年にエレバス号、今回、テラー号と二隻とも発見したというわけだ。ちなみに『アグルーカ』は私と荻田君がこのフランクリン隊の探検ルートをなぞるように1600キロの徒歩旅行をしたときの旅の記録で、われわれの冒険の模様とフランクリン隊の謎をからめるように仕立てたノンフィクションである(面白いので未読の人は読んでください)。

さて、今回のニュースで私が驚いたのはテラー号が見つかったテラー湾という場所だ。テラー湾というのはキングウイリアム島の南西部にある湾である(テラー湾という名称自体、テラー号にちなんで名づけられており、その時点でなにか宿命を感じる)。なぜこの場所が驚きかと言うと、まず、フランクリン隊の唯一にして最大の物証とされる副官クロージャーがのこしていたメモ内容との絡みである。

船が氷にはばまれて前進できなくなったフランクリン隊の男たちは船をその場にのこして島に上陸。フランクリン隊長はすでに死亡していたため、副官クロージャーは生き残った男たちを率いて南下を開始し、キングウイリアム島北部のビクトリー岬につぎのようなメモを残していた。

1848年4月25日付
テラー号とエレバス号は1846年9月12日以来氷に囲まれ、4月22日、ここより北北西24キロのところで放棄されることとなった。105人からなる士官と乗組員はF・R・M・クロージャー大佐の指揮のもと、ここ北緯69度37分42秒、西経98度41秒の地点に上陸した。(中略)ジョン・フランクリン卿は1847年6月11日に死亡した。この探検における死者数は今日までに士官が9人、乗組員が15人。
ジェームズ・フィッツジェームズ大佐 エレバス号
F・R・M・クロージャー大佐兼筆頭士官
明日26日より、バックのフィッシュ川を目指す。

このメモを手がかりにすると、フランクリン隊の二隻の船はメモのあったビクトリー岬より北北西24キロの海上に放棄されたことになる。しかし2014年に見つかったエレバス号も、今回のテラー号もビクトリー岬よりはるかに南の海上で見つかっている。

ただ、前回のエレバス号発見のときは、ある程度予想通りだった。というのも、当時のイヌイットの証言のなかには、フランクリン隊の船の一隻がキングウイリアム島の南のオーレイリー諸島まで流れ着き、その船から北米大陸に隊員の足跡がのびていたという話がのこっていたからだ。つまりビクトリー岬に上陸した男たちのなかには船に戻った男がいて、彼らはオーレイリー諸島付近まで一隻の船を操縦して、そこで船を捨てたらしいと考えられていたわけだ。イヌイットの口承のなかにはこの船に乗り込んだ話も伝わっていて、船内には足の大きな男の遺体や缶詰などが残されていたという。また船はイヌイットたちが金属や木材を入手するため穴を開け、沈没させてしまったとも伝えられている。そして、これらイヌイットの口承を裏付けるように、2014年、エレバス号がこのオーレイリー諸島付近で見つかった。

しかし今回、テラー号もまたビクトリー岬よりはるかに南のテラー湾で発見された。これはどう解釈したらいいのだろう。確実なのは隊員たちはテラー号にも再乗船して、テラー湾まで船を運んできたということだ。だとすると、ビクトリー岬のメモに書かれていた、二隻とも氷に囲まれたので船を捨ててバックのフィッシュ川(これは現在の北米大陸をながれるバック川のこと)との行動計画は取りやめになり、全員で船にもどって何か別の行動を起こしていたということになる。だとすると今回の発見の意味は重大だ。これまでフランクリン隊に遭難に関しては、このビクトリー岬のメモがにもとづいて推理がなされ、物語がつむがれてきた。しかし今回のテラー号発見でその前提が崩れたことになり、史実が書き換えられることになりそうだ。

今回テラー号が発見されたテラー湾というのは、じつは大規模なカニバリズムがあった場所でもある。フランクリン隊はテラー湾に大規模なキャンプ地をつくっていたようで、彼らの遭難後に訪れたイヌイットのよって隊員たちの切断された手足や骨が発見された地でもあるのだ。

いったいどういうことだろう? クロージャー率いる生き残った男たちは、ビクトリー岬から船に再乗船してキングウイリアム島を西から回りこみ、エレバス号はオーレイリー諸島に流れ着き、もう一隻のテラー号はキングウイリアム島と北米大陸の間の海峡に入りこんだ。そしてテラー湾で停泊してキャンプ地を設けたが、その場で何人もの隊員が死亡し、飢えた男たちが遺体に手をつけたということだろうか。あるいはメモが残された1848年は結局、島に残ってテラー湾で越冬し、その最中に多くの隊員が死んだということだろうか?

さらにこの記事なかで最大の驚きは、テラー号のマストがテラー湾の海の中から突きだしたままになっていたという話だ。はっきり言ってマジかよ、という思いだ。しかも調査に訪れた考古学者はわずか二時間でマストを発見したとも書かれている。160年以上にわたってマストが突き出たままだったというのは本当なのだろうか。イヌイットの口承にはカニバリズムについての詳細な証言は残っているものの、テラー湾に船が浮かんでいたという話は伝わっていない。またテラー湾は、彼らの遭難の後、フランクリン隊の捜索隊が何隊も訪れた場所だが、船についてはまったく発見されなかった。そしてそれ以上に私自身、2011年にアグルーカの旅をしたときにこのテラー湾のど真ん中を横切っているのだ。

もしかしたらどこかにマストが突きだしていたのを見逃していたのか? 世紀の大発見を逃した気分だ。







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名古屋でイベントのお知らせ

2016年09月16日 22時25分07秒 | お知らせ
10月6日に名古屋でイベントを開きます。『漂流』絡みのものではなく、北極の話です。昨年のグリーンランドの話を中心に、今年の計画などを話そうかと思っています。今年は10月30日に日本を出発し、11月からいよいよ極夜探検の予定です。この5年間の総決算。というか探検家人生最大の旅のつもりです。まだかなり残席があるようなので、ご都合のつく方はぜひご来場ください。

以下、主催者から送られてきた告知内容です。

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極夜という空白部を旅する。

この冬、極夜という太陽が昇らない北極圏を数ヶ月にわたって一頭の犬とともに旅をする角幡唯介さんをお迎えして、名古屋で初めてのトークイベントを開催します。
主催者 朝日陽子

日時:2016年10月6日(木曜日)
19:00〜20:30(開場18:30)
開場:ウインクあいち 愛知産業労働センター9階 905号室 (名古屋駅より徒歩5分)
定員:35名(要予約)
予約方法:氏名、電話番号、参加人数を記入の上、メールにてご連絡ください。(返信メールが拒否される場合があります。返信メールが受け取れるように設定の変更をお願いいたします。)

noboruhito.peoplewhoclimb@gmail.com

参加費:2000円

詳しくは、Facebookページ「登る人」にて随時更新いたします。下記アドレスから、どなたでもご覧いただけます。
http://www.facebook.com/noboruhito

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なお、18日のデサントでおこなう『漂流』のイベントもまだ余裕があるようです。詳しくはデサントのページへ。
http://www.descente.jp/shoptokyo/event67/

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重版しないかな~

2016年09月12日 09時18分06秒 | 雑記
中井にある「伊野尾書店」店長の伊野尾宏之さんが『漂流』のオリジナルポスターを作ってくれて、先日のラカグのイベントに持ってきてくれた。非常にうれしかったので昨日、家族でお店を訪問したが、残念ながら店長は不在。店員さんにあいさつして、せっかくなのでケヴィン・ケリーの『〈インターネット〉の次に来るもの』と『サピエンス全史』、あと子供の写真絵本を購入して帰宅した。ポスターはしっかりとお店に掲示されており、『漂流』も堂々と平積みされていた。ありがとうございます!

伊野尾さんはブログでも『漂流』のことを紹介してくれている。
http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2016/09/post-6caf.html

冒頭、本の雑誌の杉江さんとこの本について語り合うシーンからはじまっており、二人とも「この本が売れなかったら、もうダメだ」という点で意見が一致したとの内容だ。『漂流』のことを非常に熱く書いてくださり、とても感激した。感激したのだが、しかし、この本ってそんなに売れなさそうな雰囲気を醸し出しているのだろうか……とも思ってしまった。

というか、出版社の営業担当と本屋の主人がそう言っているということは、すでに売れていないということなのだろうか……。

ほかにもツイッターでのつぶやきを見ていると、無明舎出版という秋田の出版社さんがこんな感想をかき込んでいて、やはりうれしかったが、やはり気にもなった。

〈久々に本格的ノンフィクション作品を読ませてもらって満腹感が残っている。これだけの長期取材をし、何度も沖縄や海外を訪ねていると、1900円のこの本が何冊売れれば元が取れるだろうか。〉

すでに赤字ライン前提で語られている感じである。この本、そんなに売れなさそうに見えるのだろうか? 

たしかに人の関心を引きそうなテーマではないうえ、文字のフォントも小さく、ぎっしりと詰まっており、430pもの厚さがある。それに私自身、読者の共感を誘うような書き方があまり好きではないので、この本の読後感も爽快なカタルシスを得られるようなものにはしていない(というか内容的に無理なのだが)。なので、売れるような本ではないと自覚していたが、しかし中身の深さには圧倒的な手応えがあったので、なんだかわけのわからないすごい本があるという評判が広がって、もしかしたら重版するかもという期待もあった。しかしこれら本を売る人たちの「面白いけど売れなさそ~」という率直なご意見をたまわっていると、やはり厳しいか……と感じてしまう。

この本で重版できなかったらショックだなぁ。そういえば重版って言葉、もう何年聞いていないだろうか……。最後に重版したのはアグルーカの文庫だったか、なんだったか。いや、アグルーカは単行本は重版したけど、文庫はしていないんだっけ? もう忘れてしまった。

追記 そういえば新潮社の波に掲載した小野正嗣さんとの対談がネットにアップされていた。『漂流』の狙いがよくわかるので、ぜひご一読を。
http://www.shincho-live.jp/ebook/nami/2016/09/201609_14.php

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チケット完売。18日にも別のイベントあります

2016年09月05日 21時01分17秒 | お知らせ
9日に新潮社のラカグでやるイベントですが、なんと、なーんと、90席すべてが完売したとのこ。

ビックリポンとはこのことである。

参加費2000円なので、まあ、せいぜい30~40人というところかなぁと思っていたのだが、90席とは前代未聞の人数である。アマゾンで頓珍漢なレビューがあがっていて頭にきたが、自分としは『アグルーカ』を上回る深いテーマで書けたと思っているので、この作品に込めた熱気が伝わったのかと思うと率直に嬉しい。この前、担当の今泉さんと何を話したらいいですかねぇと相談したところ、完全にまな板のコイでいいんじゃないですかと言われたので、進行は藤原さんにお任せして、聞かれたことに素直に答えることにしよう。

さて、このイベントに参加できなかった人のために朗報です。18日にまた『漂流』絡みでトークショーを開きます。聞き手はライターの川内イオさん。こちらも取材中の裏話や苦労話、この作品に込めた思いなどを語りたいと思います。

以下、告知です。

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〈探検家・角幡唯介さんトークイベント「『漂流』で描きたかったこと、描かかなったこと〉


今年8月、ある漁師の波乱に満ちた人生を中心に、海洋民の生き様を描いた渾身の長編ノンフィクション『漂流』を発売した探検家、作家の角幡唯介さんのトークイベントです。

角幡さんは探検家、ノンフィクション作家として『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞などを受賞)でチベットの前人未到の秘境を単独で調査し、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞受賞)ではヒマラヤで雪男を捜索するなど常に未知の世界に挑んできました。

自らの足で北極1600キロを踏破した『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞した後、4年ぶりとなる本格ノンフィクションとなるのが、初めて海をテーマにした『漂流』です。今回の主人公は、かつて37日間も太平洋を漂流し、奇跡の生還を遂げた沖縄のマグロ漁師です。

沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで現地取材を重ねた角幡さんに、普段はなかなか知ることができない本に書かれなかったエピソードや取材の裏話についてお話して頂きます。取材時に撮影した動画も公開されるかも!?
『漂流』を掘り下げながら、角幡さんの探検家としての人生にも触れられる90分!
この機会にぜひ!

<日時>
2016年9月18日(日)16:00~17:30(15時30分開場)

<入場料>
1,000円(前売券)
1,200円(当日券)

<会場>
DESCENTE SHOP TOKYO BOOKS

※原宿駅の目の前です。
http://www.descente.jp/shoptokyo/access/
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