ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

『宿屋めぐり』『パンク侍、斬られて候』&米子不動黒滝

2012年02月28日 21時41分23秒 | 書籍
宿屋めぐり
町田康
講談社



パンク侍、斬られて候 (角川文庫)
町田康
角川書店


最近、町田康の小説『宿屋めぐり』『パンク侍、斬られて候』を読んで、大変な目に遭った。

私は別に文学には全然詳しくないが、日本の現代作家で天才と呼べる人がいるとすれば、それはやはり町田康だと思う。二冊とも内容が哲学的で、今、私たちの目の前の現実がどこまで本当なのか、虚構なのか、何が本当で何が本当でないのか、強烈にわけのわからない文体で解き明かそうとしている。デカルトのコギトエルゴスム(我思う、ゆえに我あり)を日本語に翻訳して、長編小説にしたらこうなるんだろうなあ、という感じだ。

『パンク侍』の高橋源一郎の解説が秀逸で、この小説はもうすごすきて訳が分からないという感想を吐露して、解説自体、訳が分からなくなっている。

この人の小説を読むたびに、なんでノーベル文学賞をとらないんだろうと不思議になるが、でもよく考えたら、こんな文体、外国語に翻訳できないから当たり前なのかもしれない。翻訳されてるのだろうか。その辺はよく分からない。

大変な目に遭ったというのは、一つは『パンク侍』に出てくる腹ふり党に感化されて、時々、家で腹を振ってしまうことである。とりわけ酔っぱらって時は腹を振ってしまう。今も酔っぱらっているので、これから振ろうと思うのだが、腹ふり党の実践活動はふざけているように見えて、実は意外と奥が深いんじゃないかと私はにらんでいる。単調な動作を連続させるという行為は、世界における自己の存在を認識する上で極めて有用な身体活動のような気がするのだ。

ということで、私は『パンク侍』を読んでから、時折、家で思い立ってように腹を振ってみるのであるが、これが実に難しくて、人間、なかなか腹は振れないということに気づかされる。腹を振っていると思っていても、実は振っているのは腰で、腹ってどうやってふるのか、全然わからないのだ。しかも私は腰痛持ちなものだから、腹を振ろうとして、腰を振って、腰が痛くなったりしている。

もう一つは、実務上の問題だ。

現在、私はあるエッセーを書いているのだが、それがたまたま『パンク侍』の読書期間と重なり、町田康の文体に思いっきり引きずられてしまったのだ。もう書いている間は変に覚醒していて、腹を振るがごとく、ポンポン言葉が出てきて、もう俺って天才なんじゃないかとすごい勢いで二日間、のりのりで文章を書いていた。そして恥ずかしいことに、実際、知り合いに、俺って天才かもしれないと言ってしまったりもしていた。

しかしパンク侍の洗脳が解けた後に読み返してみて、私は愕然とした。この文章、終わっている……。終わっているし、終わりすぎている。こんなもの、絶対に人目に触れさせてはいけない。ああ、恥ずかしすぎる! そう思って、すっかり落ち込んでしまったのである。

あのノリノリだった二日間は何だったのだろう。町田康の小説は絶対に自分の作品を書く時に読んではいけない。

   *    *

週末は沼田のS野さんと、米子不動の黒滝を登って来た。ばっちり氷ってました!



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山と溪谷インタビュー

2012年02月18日 11時37分18秒 | お知らせ
山と渓谷 2012年 03月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
山と溪谷社


山と溪谷3月号の単独行特集に、私のインタビューが載っています。
記事をまとめてくださったのは、『マッケンジー彷徨』を書いた麻生弘毅さんです。


マッケンジー彷徨
麻生弘毅
エイ出版社



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世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶 などなど

2012年02月16日 22時21分48秒 | 雑記
どたばたと昨日、今日の報告を。

昨日は夕方から原宿で、石川直樹君とヴェルナー・ヘルツォーク監督の映画「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」について対談した。この映画は1994年、フランスのショーヴェ洞窟で発見された三万年前の人類最古の洞窟壁画を、3Dで表現したものである。高松塚古墳でも問題になったが、こうした壁画遺跡は観光客などを入れると呼気などでカビが生えて保存環境が悪化するため、シューヴェでは政府が徹底した立ち入り禁止措置を取っている。フランス政府から洞窟内撮影を許可されたのは、この映画が初めてとのこと。

映像は素晴らしいの一言に尽きる。壁画に関してはずぶの素人だが、三万年前にこの場所に、この壁画を描いた人が生きていたのだ、と今まで感じたことのない、変な感動を覚えた。3D映画はアバター以来だが、洞窟という光と影が織りなす特殊な閉鎖空間が立体的に浮かび上がって来て、リアルな迫力がある。

映画は3月3日から、TOHOシネマズ日劇ほか、3週間限定で公開です。私も広告用の一言を書かせていただきました。
公式サイト http://www.hekiga3d.com/

対談の内容はそのうち、OPENERSというウェブマガジンで公開される予定なので、そちらを読んでほしい。私の場合、対談の依頼というのはほとんど来たことがなくて、これが四回目。一回目石川直樹、二回目高野秀行、三回目高野秀行、四回目石川直樹、と高野さんと石川君としか対談したことない。いいかげん、本谷有希子とか、優香とか、石原さとみあたりと対談したいのだが……。やっぱり無理なのだろうか。話がかみ合わないのだろうか……。

今日は水戸に行き、先週亡くなられた芳野満彦さんのご自宅に伺い、お線香を上げさせていただいた。芳野さんはかつて日本のロッククライミング界を引っ張った伝説の登山家で、新田次郎『栄光の岩壁』のモデルである。日本人で初めてマッターホルン北壁を登頂した。私は2008年に、芳野さんがダウラギリ4峰で見たという雪男の話を聞きに、ご自宅に伺ったことがある。その話の詳細は『雪男は向こうからやって来た』の中の第四章「登山家芳野満彦の見た雪男」の中にまとめさせていただいた。ニコニコと優しい笑顔で、昔話をいろいろと聞かせてもらいました。

月曜の葬儀に参列するつもりでいたが、実は唐沢岳幕岩の下山が遅れ、帰京が間に合わず、ご自宅に伺った次第である。謹んでご冥福をお祈りいたします。

水戸から成田空港へ直行。北極点へ向けた旅立つ荻田くんの見送りである。3月の早い時期にワードハント島から出発の予定だという。今年は去年に比べ氷の氷結状態がいいので、たぶん大丈夫でしょう。







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唐沢岳幕岩西壁ルンゼ&すばる3月号

2012年02月13日 17時56分58秒 | クライミング


11、12日と、クライミングファイトのS田君と唐沢岳幕岩へ。大雪を恐れていたが、唐沢のアプローチは思ったより全然雪が少ない。各ルンゼは数日前になだれたらしく、デブリの跡がすごかったが、思ったよりもスムーズに壁まで行けた。

S字状ルートを登るつもりだったが、壁の氷結状態は良くないようだ。以前来た時は壁に何本も氷柱みたいのが出来上がっていたが、今回はうっすらとベルグラが張り付いているだけ。S字状も悪そうなので、西壁ルンゼを見に行く。右稜のコルからノーロープでしばらく登り、スラブの短い岩壁が出てきたので、そこで1ピッチ、スタカットで登る。すると目の前にベルグラのついてスラブが現れた。白山書房の「冬期クライミング」のトポの4ピッチ目を登ったところだろうか。奥には垂直の壁がそそり立ち、一番上にしっかりした氷柱ができあがっている。とりあえず、そこまでロープをフィックスし、その日はベースへ。

翌日はフィックスをたどり、午前8時頃から登攀開始。ベルグラはスカスカでピックがかからず、予想通り悪い。右側の草付きとのコンタクトラインから登り、垂直部へ。垂直部はまず真ん中の草つきを10m登る。小ハングが現れ、右の岩壁に乗り移ろうとしたら、6、7mほど墜落してしまった。理由は不明。ピックをかけていた氷がはがれたのだろうか。運よく怪我もないので、そのままもう一度取り付き、右側の壁に移って、松の灌木でビレイ。次ピッチはS田君が真ん中の草付きを20mほど登り、右にトラバースし、灌木で切る。そこから悪いスラブを7、8m左にトラバースし、浅い凹角に入る。そこからはしっかりとした氷になり、最後はS田君が氷柱を越えて終了した。





登攀終了は13時半。ひさしぶりに登れてよかった。落ちたけど。

ところで前回行った時も分からなかったのだが、大町の宿ってどこにあるんだろう。冬は埋まってるのだろうか。

   *   *

なお、すばる3月号に「アグルーカ」の三回目が掲載されております。編集の都合上、今回は分割掲載となっており、後半部分は4月号に掲載予定です。

すばる 2012年 03月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
集英社

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311

2012年02月09日 10時23分21秒 | 雑記
昨日、ドキュメンタリージャパンの清水さんに誘われ、「第三回座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」を見に行った。夜は森達也セレクションの『311』。森さん、綿井健陽さん、松林要樹さん、安岡卓治さんの四人が、東日本大震災の被災地に訪れた時の映像を作品化したものである。

最初に原発の30キロ圏内に入るところから始まり、その後、津波の被害地に行くという六日間の旅をつづったものだ。現場の混乱にたじろぐ四人の姿が赤裸々に映し出されていて、面白かった。被災地の現状を直接描くというより、主に被災者に話を聞いたり、現況を目の当たりにする取材者の動揺を通じて、震災にあうこと、震災に遭わなかったことの意味があぶりだされる。

私の場合、2月から7月まで北極にいて震災の情報からほとんど遮断されていたので、正直に言うと、被災地に行けていいなと思った。自分もまた地震の時に日本にいたら、人生が今とは変わっていたのかもしれないと、今でもよく思う。その後の四人のトークセッションでは、被災しなかったことの後ろめたさが主なテーマになったが、私の場合、後ろめたさを感じられなかった後ろめたさみたいなのがある。今でも地震の話は、私の中では避けたい話題である。

その後の飲み会にも参加させていただいた。森さんは以前、「kotoba」で『雪男』の書評を書いてくださっていたので、お礼ができてよかった。もともと森さんの本のファンなのだが、すごくソフトな人で、またいっそうファンになった。同世代の松林さんは『空白の五マイル』を読んでくださっているそうで、それもうれしかった。

『311』は3月3日からユーロスペースで公開開始。
http://docs311.jp/index.html


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たね蒔きジャーナル

2012年02月08日 10時44分07秒 | お知らせ
明日21時半から20分ほど、大阪のMBSラジオ「たね蒔きジャーナル」に生出演します。
主に雪男の捜索について話をすることになりそうです。関西の方はぜひお聴きください。

http://www.mbs1179.com/tane/

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大武川一の沢大滝、だった

2012年02月04日 22時00分12秒 | クライミング
今週は先週のリベンジということで、再び大谷不動を予定していたが、雪の降り具合を鑑みるとどうも得策とは思えないため、ウッチ―と荒川出合1ルンゼに行くことにした。しかし出発五分前に急きょ気が変わり、大武川一の沢大滝に勝手に変更し、土曜日に日帰りで登りに行くことにした。

沢には先週登った人のトレースがついており、おかげで非常に快調に登ることができた。途中で先週の人の幕営地が現れ、そこを過ぎると、間もなく下の大滝というのが現れる予定だった。すると、それっぽい20メートルぐらいの滝が現れたので、間違いないと思い、それを越える。次にはいよいよメーンの大滝が現れるはずだ。すると、確かに滝は現れたのが、少し小さい。30メートルぐらいしかない。これじゃないのかな、とノーザイルで越えると、次にまた滝が。あれに違いないと、登り始めるが、また30メートルぐらいで終わってしまう。しかも、間もなく稜線に出そうな雰囲気になってきた。これは、もしや、どこかで沢を間違った……?

急いで下に戻ると、先週の人の幕営地の先が二股になっており、私たちは本来右股を登らなければならないところを、誤って左股を詰めてしまっていたのだ。間違った理由はいろいろあるのだが、簡単に言うと、雪の少ない南アルプスの日帰り山行ということで、なめたハイキング気分が抜けていなかったということだろう。事前に下調べもろくにせず、大滝がどこにあるのかも知らずに行けば、失敗は目に見えていた。沢をつめれば大滝がドーンと勝手に現れるもんだとばかり思っていたが、現れなかったというだけだ。

結局タイムアウトで下山。先週に引き続き、滝に登れず敗退。しかも今回は自分のミスということもあり、下山中はかなり憂鬱になった。なんであんな間違いをしたのかな。なんで俺ってこんなおっちょこちょいなのかな……。「このところ、おれら全然だめだな」と話すと、ウッチーがいった。「いやー、ぼく雪山は負け癖があるんですよ。昔三回連続で敗退して、会の人から、お前と行くと登れないと言われました」。なんだよ、お前のせいか。ほっとしたぞ。

来週こそ、リベンジ。他の人と行くから、たぶん登れるだろう。

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ブックリスタ「ずっと読もうと思って読めずにいる本」&考える人

2012年02月02日 09時42分44秒 | お知らせ
ブックリスタのホームページに、私のエッセイが掲載されています。
「ずっと読もうと思って読めずにいる本」というリレーエッセーです。ハインリッヒ・ハラー『石器時代への旅』を取り上げました。

エッセーはこちらです。ぜひ、読んでみてください。
http://www.booklista.co.jp/index.php/voices

また、現在販売中の『考える人』2012年冬号に、私のインタビューが掲載されています。「人は山に向かう」という特集です。
紹介が少し遅くなってしまいました。

考える人 2012年冬月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
新潮社

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神保町×2

2012年02月01日 14時43分09秒 | 雑記
たとえば私は、次のようなことをしばしばしでかす。

今日は夕方に神保町で打ち合わせがある。それまで家で原稿書いてようと思っていたが、今書いているのは過去の原稿のリライトだし、たまには外で書くか、と素敵なことを思い立ち、かばんにパソコンをつっこんで、意気揚々と家を出る。天気もいい。

椎名町の定食屋で昼飯を食べ、西武線と丸ノ内線と半蔵門線を乗り継ぎ、目的地である神保町のドトールに到着。時刻は1時半。約束まで4時間はあるので、ブレンドのLサイズをたのむ。二階に上がり席に座るが、テーブルががたついていて仕事がしにくいので、別の席に移動してパソコンを開く。すると窓際のゆったりと座れる席が空き、そっちのほうが仕事がしやすそうなので、再び席を移る。

パソコンを起動させる。原稿の入っている、外付けHDのアイコンをダブルクリックする。開かない。あれ、どうして開かないんだろう、と思い、首をかしげる。しばらくして、ようやく気づく。あ、ここに外付けHDはない……。せっかく、パソコンを持ってきたのに、仕事ができないではないか!

約束まで4時間以上。くそ、おれは何をやっているんだ、そして約束まで何をしよう……。ついさっき、おれは今から仕事をするぜ、と誇示するかのように開いたばかりのパソコンを、隣の人に気づかれないように静かにしめて、かばんにしまう。今から家に帰って、また神保町に戻るのもアホくさい。しょうがないから、読書でもするか、と鞄の中から本を取り出す。

すると悪いことに持ってきたのは、山崎正和『世界文明史の試み』。意識がどうしたとか、身体がどうしたとか、言語がどうしたとか、難しいことばかり書いてある。隣の人は、なんでこの人、パソコン開いてすぐ閉じたんだろうなあ、とか思ってるんだろうな。今から帰ると、二時間は仕事ができるな。でもコーヒーはLサイズだし、こんなに残して席を立つと、隣の人に不振がられるだろうな、とかなんとか余計なことばかり考えて、全然落ち着かない。こんなに難しい本、さっぱり内容が頭に入らない。

という訳で、結局、10分ぐらいで、席を立ち、神保町を後にした。家に帰って来たのは14時半。さて、二時間仕事するぞとパソコンを開いたが、どういうわけか、ブログなんか書いている。

二時間後には、また神保町に行かなくてはならない。あー、もうやんなっちゃう。


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