環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

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世界経済のグローバル化がもたらしたこの10年間の「環境負荷の増大」

2010-04-05 08:00:44 | 経済
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4月1日のブログで、過去10年間使ってきた「このまま行けば、2010年は混乱、2050年は大混乱」という図に代えて、「このまま行けば、2010年は混乱、2030年は大混乱!?」という図を新たに掲げました。10年前の2000年に比べて、世界経済のグローバル化がさらに激化し、その結果としての「環境負荷」がますます増大してきたからです。


私の環境論では「経済と環境の関係」を次のように捉えています。

     環境問題は経済活動の「目的外の結果」の蓄積である
     これが「私の環境論」の基本的な認識の一つで、多くの日本の環境問題の学者や専門家、政策担当者、環境NPO、マスメディア、
     そして、企業人との認識と表現方法を異にする点である。

私たちが行動すると、その目的が達成されようとされまいと、必ず「目的外の結果」が生ずることになります。20世紀後半に顕在化した「環境問題」の大半は、私たちが豊かになるという目的を達成するために行った「企業の生産活動」「企業と市民の消費活動」があいまってつくりだした経済活動の「目的外の結果」が蓄積したものなのです。経済活動が大きくなれば「目的外の結果」も比例的に、あるいはそれ以上に大きくなります。つまり、「経済」と「環境問題」は切っても切れない関係にある、わかり易くいえば「コインの裏表」と表現してもよいでしょう。コインの表である「経済」は基本的には資源とエネルギーで支えられており、コインの裏である「環境問題」は経済活動の結果、つまり、資源とエネルギーの利用結果が蓄積したものなのです。

したがって、「これまでの経済学者やエコノミストの多くはコインの表である「経済」“金の流れ”だけで評価し、判断しています。環境論者はややもすると経済活動を注視することなく、経済活動の拡大の結果生じた「環境問題の現象面」ばかり見ています。21世紀の経済はコインの裏である“資源・エネルギー・環境問題”で考えるべきだ」とする私の主張は、案外、新しい視点なのかもしれませんね。 

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私の環境論では、「環境・エネルギー問題の本質」は次の図のようになる。


ですから、21世紀の経済成長の制約は「資源やエネルギーの供給量の不足」によるものではなく、「環境負荷の増大」によるものであることは疑う余地がありません。したがって、次の図が決定的に重要です。

20世紀の安全保障の議論は「軍事的側面」に特化されていましたが、21世紀の安全保障の概念は軍事的側面だけでなく、さらに広く「グローバルな経済活動から必然的に生じる環境的側面」へと展開していかなければなりません。戦争やテロ活動がなくなり、世界に真の平和が訪れたとしても私たちがいま直面している環境問題に終わりはないからです。その象徴的存在が「気候変動問題」といえるでしょう。

そこで、次の図を見ていただきましょう。この図は、1990年から2007年までの17年間に世界で毎年排出し続けてきたCO2の排出量に基づいて、1990年の排出量と2007年の排出量を比較してみたら80億トン増加していたこと(この間、大気中には毎年その年の排出量が累積的に蓄積されていく)と、世界全体の排出国の排出割合がこの17年間で大きく変わってきたことがわかります。


次の図は、世界の2008年の化石燃料の燃焼に伴うCO2の排出量が過去最高の87億トン(炭素換算)に達したこと、90年比で41%増加したことを報じています。重要な視点はこれまであまり、明らかにされていなかったが、青色の網をかけた部分です。



そして、次の図は、その結果として大気中のCO2濃度が2008年に観測史上最高に達したことを示しています。




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