青い青い空の下
ひろいひろい草原の真ん中に
ふたり肩をならべて腰をおろしていると
遥か ずっとずっと昔から
ここにこうしていたような気がします
もう ずいぶんと長い間
ぼくたちは深い沈黙を共有し
やすらかな静寂の中に身をおいています
いま
遠くに見えるあのなだらかな丘の上を
真っ白なちぎれ雲がひとつ
ゆっくりと
ゆるやかに流されていきます
きっとあなたの視線の先にも
あのちぎれ雲があるのでしょうね
ぼくにはわかります
あなたの横顔を見なくとも
なんとなく
そのことがわかるのです
こうして並んで腰をおろしているだけで
知っていますか
あの空の
深い深い底の底では
いまも無数の星たちが
ささやき瞬いているのですよ
あまりにお陽さまがまぶしすぎて
ただぼくたちに
見えていないだけなんです
どこからか
小鳥たちのさえずりが聴こえてきますね
ときおり地上にも風が吹いて
草原は静かに波うつ海のようです
沈黙がそっと大気にとけこんで
あなたの胸の美しい鼓動が
すぐ耳もとで時を刻んでいます
やすらかな静寂と
あなたの胸の清らかな鼓動
いまこのとき
ぼくはたしかに
あなたのすべてを感じています
ここにただこうしているだけで
時が流れていくということは寂しいものですね
生きていくということはせつないものですね
それでも世界は思いのほか
やさしくできているということを
ぼくは深い沈黙の中で知ることができました
ひろいひろい草原の
遠くに見えるあのなだらかな丘の上を
真っ白なちぎれ雲がひとつ
ゆっくりと
ゆるやかに流されていきました
きっと
あの丘の上の
あの空のあたりに
風のとおり道があるのでしょうね
ひっそりと ひそやかに
☆絵:フレディック・バレイ☆



もしもぼくがいなくなったら
いったいどれだけのひとが悲しんでくれるでしょう
寂しいことにだあれの顔も浮かんできやしません
もしもぼくが二度と戻らないとわかったら
いったい誰が憐れんでくれるでしょう
ほんとうに寂しいことですが
だあれの名前も浮かんでこないのです
きょうは雲ひとつない青空が広がっています
お陽さまの光がやわらかく降りそそぎ
やさしく髪をなでて吹き過ぎる風もここちよく
大気はちょうどいい頃合にひんやりと澄んでいます
まったくのところきょうという日は
さよならするにはもってこいの日です
こんなにも穏やかな美しい日に
もしもぼくが冷たい骸(むくろ)になったとしたら
あなたは涙を流してくれるでしょうか
たったひと粒でいいんです
きれいな涙をひとしずく
ぼくに見せてくださいますか
その麗しい睫毛をほんの少し
濡らしてくれるだけでいいんです
もしもぼくがいなくなってしまったら
あなたはその愛らしい瞳に
涙を浮かべてくれるでしょうか
☆絵:ラウル・デュフィ☆



はじまりは光織りなすめくるめく揺らめき
いつのまにかあなたのことが気になりはじめ
ふと気づけばあふれんばかりのせつなさが
小さな胸いっぱいに満ち満ちていたのです
あなたと過ごしたささやかな時間
それは色の織りなすめくるめく夢のひととき
あなたと歩いた小路 あなたの手のぬくもり あなたとの語らい
そんな些細なことがかけがえのない喜びだったのです
いつかは終わるとわかっていました
まだ何も始まっていないうちから
あなたのそばにいられることが
なぜかしら心もとなく儚げに思えたのです
わたしひとりを置き去りにしてゆき過ぎる日々
あれから幾年月がたったでしょう
あなたの声 あなたの仕草 あなたの匂い
これからもずっと忘れることはありません
移ろいゆく季節の中でふとよみがえる想い出は
香り織りなすめくるめく幻の記憶
悲しいほどに清らかで
やるせないほど美しい
けれどわたしの心の万華鏡
あなたの影が滲んで揺れて
もう二度ときらめく光は紡げない
けしてふたたびきれいな模様は描けない
☆絵:マリー・ローランサン☆



なにかが始まろうとする予感に
わたしは心を閉ざします
野辺で出逢った一輪の花に
どれほどこみあげるものがあったとしても
無闇に手折ることなどできないのですから
いいえ、それどころか
ふれることさえ許されないのです
いまのわたしには・・・・・・・
心を閉ざして耐えきれなくなったわたしは
あるときは野をわたる青い風となって
吹き過ぎてゆくでしょう
可憐な花びらを散らさぬように
そしてまたあるときは
夜空をよぎる星屑となって
淡い影を落とすのです
微かにふるえる花びらのうえに
なにかが始まろうとする予感に
わたしは心を静かに閉ざします
募る愛おしさはすべて静寂の泉に深く沈めて
密やかに密やかに
わたしは心を閉ざすのです
忍んで秘めた想いほど
汚れなく美しいものはないと信じたいから
☆ダニーロ・フェルナンデス



許されない想いを抱いて過ごすのは
木の葉がゆるやかに朽ちてゆくのに似ています
揺れる想いを秘めたまま
淡い日々をやり過ごすのは
あざやかな朱に染まった西の空が
やがて夜の闇に追いやられてゆくのに
似ている気がしてならないのです
想いが深くなればなるほど哀しくなってくるのです
逢えば逢うほど寂しくなってしまいます
愛しさが募れば募るほど虚しくなってしまうのです
そうして
あなたのたわいないあどけなさにふれるほど
つらさがましてしかたないのです
あなたの微笑がほころぶとき
青いライムを齧ったときのようなほろ苦い香りが
しっとりとぼくの孤独を満たしてゆきます
と、同時に
まるで心がひどく乾いて
無残にひび割れてゆくような心持がするのです
耐えがたいせつなさに身の置きどころを失って
時だけが無常に流れ去ってゆく中で
ぼくはまたしても思い知ることになりました
この世にはどうしてもままならないものがあるということを
こうしてあなたに
めぐり逢ってしまったから
☆絵:ジェニファー・ハモンド



ひきだしの奥で眠りつづけた一冊のノート
あなたのことを書きはじめ
あなたのことを書きつくせないまま
日々の記憶はその年の秋で途絶えています
静かにはじまった物語りは
やがてひそやかに終幕を迎えたのでした
そうして残されたページは白いまま
人知れずいくつもの季節を息づいてきたのです
色あせたノートを手にすると
遠く過ぎ去った日々が
まるできのうのことのように想い出されます
あふれるものを書きつくせないもどかしさ
書きたいことはたくさんあったはずなのに
あなたへの想いを綴るには
言葉はあまりにもむなしいものでした
あれからぼくの目の前を
どれくらいの年月がむなしく通り過ぎていったことでしょう
それでもぼくは
いまだ終止符を打つことができないでいるのです
残された白いページが
いまもひっそりと息づいているのを知っているから



きょうラジオから
思いがけない曲が流れてきました
おそらくあなたは憶えていないでしょうね
あの物憂い雨の日の午後
ふたりで何をするでもなく
ただぼんやりと耳をかたむけていた歌のことを
その雨色をしたシャンソンは
青く澄んだ水のように少しずつ部屋を満たして
やがてぼくらは
深い湖の底に沈んでいったのです
あの日のぼくらは
まるで水底に寄りそって眠る貝殻のようでしたね
だれが歌う何という曲なのか
あの時はそんなことさえ気にもなりませんでした
ただ あなたと過ごしたつかの間の時間だけが
ぼくの存在を意味づけるすべてだったから
だれもが幸福を求めながら
幸せはけして
だれにも平等に訪れるものではないのですね
ぼくはそんなことさえ忘れていました
きょうラジオから
思いがけない曲が流れてきました
物憂い雨の日の午後
ふたりで何をするでもなく
ただぼんやりと耳をかたむけていたあの歌です
けれどもう ぼくのそばにあなたはいない
そして あの頃のぼくも
もうここにはいない



ときにはぼくのことを思い出しておくれ
ぼくがきみを想うほどでなくていいから
なにかの拍子にふと
思い出してくれるだけでいいんだよ
幼いころ口ずさんだ歌をふいに思い出すように
冬の陽だまりでお陽さまの暖かさを懐かしむように
なにげない日々の暮らしの中で
ふとぼくのことを思い出してほしいんだ
春にはうす紫に色づくレンゲ畑に目をほそめながら
またある夏の日は
青空に浮かぶちぎれ雲のゆくえに想いを馳せながら
きみの中からぼくが
きれいさっぱり消え失せてしまわないように
ときにはぼくのことを思い出してほしいんだ
たとえば風にふるえる色あせた木の葉に
そこはかとない哀愁を感じるように
たとえば初霜の降りた朝
冷たくかじかんだ手に白い息を吹きかけるように
静かに思い出してくれるだけでいいんだよ
ほんのわずかな時でいい
どうか少しは
ぼくのことを思い出してほしいんだ
きみの中でぼくが
小さな記憶のかけらとして在りつづけるために


