あれはいつのことだったでしょう
たしか西の空が
真っ赤に熟した柿の実色に染まった
秋の夕暮れどきのことでしたね
そよ吹く風が運んで来たほのかな香りに
季節が移りゆくのをふと感じたような気がします
かたわらにたたずむあなたの横顔をそっと盗み見ると
愁いをおびたその長い睫毛が
かすかに濡れていたのをおぼえています
ぼくたちはなにも語らず
ただじっとたたずんでいましたね
ながいながいあいだ
どのくらいそうしていたでしょう
うす闇が静かにあたりを満たし
しだいにものの輪郭がほどけていくようでした
と、目のまえに
そっとさしだされたあなたの小指
そのしなやかでかぼそい指先に
ぼくはためらいがちにふれたのです
ものごとは思いのほか単純にできているようですね
なのに言葉にしようとすると
とたんにむずかしくなってしまうのです
ふたりが小指をからめあわせたちょうどその時
暮れゆく夕空の片隅に
小さな一番星が瞬いたのをおぼえていますか


