東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

有栖川宮記念公園~南部坂(2)

2011年06月15日 | 坂道

南部坂下標柱 南部坂下 南部坂下 南部坂下 有栖川宮記念公園を出て左手にちょっと歩くと、すぐそこが南部坂の坂下で、坂の標柱が立っている。そこから左を見ると、標柱の向こうに坂が公園の塀に沿ってまっすぐに延びている。

信号を渡ってから左折し坂上に向かうが、坂下側は緩やかでほとんど勾配はない。途中、左側に南部坂幼稚園があるあたりから勾配がはじまり、そのさきのドイツ大使館のあたりから勾配がきつくなる。

坂下と坂上に新しい標柱が立っており、次の説明がある。

「なんぶざか 有栖川宮記念公園の場所が、赤坂からうつってきた盛岡城主南部家の屋敷であったために名づけられた。(忠臣蔵の南部坂は赤坂)」

尾張屋板江戸切絵図(東都麻布之絵図)を見ると、南部家屋敷の南の道に坂名も坂マークもないが、近江屋板には、△ナンブ坂とある。坂名は坂のそばにあった屋敷名に由来するパターンである。

『御府内備考』の廣尾町の書上に次のようにある。 「一坂 登凡三拾間餘巾五間半餘 右当町より東之方南部信濃守様御中屋敷前ニ有之里俗南部坂と唱申候尤武家方持ニ而町内組合持ニ而者無御座候」

長さ三十間(55m)、幅が五間半(10m)とあるが、現在とほぼ同じように思える。坂の保守管理は武家方持ちであった。

南部坂下 南部坂下 南部坂下 南部坂下 南部坂は、忠臣蔵の物語に「南部坂雪の別れ」などとしてよく登場する(たとえば、真山青果「元禄忠臣蔵」岩波文庫)。しかし、それは、標柱のように、この麻布の南部坂ではなく、赤坂の南部坂である(以前の記事参照)。わざわざかっこ書きで注をつけているのは、赤坂の南部坂としばしば混同されたからであろう。横関は次のように説明している。

正保元年(1644)の江戸絵図では、赤坂の南部坂上に「南部山城守下ヤシキ」とあり(いまの赤坂氷川公園、氷川小学校の辺(当時))、また、いまの有栖川宮記念公園のあるところに、「浅野内匠頭下屋敷」とある。それから約三十年後の寛文十三年(1673)二月の寛文図では、赤坂の南部坂の頂上、南部山城守の下屋敷のあったところが「アサノ采女」となり、麻布の浅野内匠頭の下屋敷のところは、「南部大ゼン」に変わっている。正保図と寛文図を比べると、南部邸と浅野邸が入れ替わっているのである(横関に両図がのっている)。

赤穂浪士の吉良邸の討ち入りは元禄15年(1702)であり、そのときはすでに麻布に浅野内匠頭の屋敷はなく、また、内匠頭長矩未亡人(瑶泉院)は赤坂の南部坂近くの実家である浅野土佐守長澄の中屋敷(いまの氷川神社の境内)に身を寄せていたから、大石内蔵助が討ち入り前の雪の降る日に瑶泉院に最後の別れに参上したのが史実であるとしても、そのときの南部坂は麻布であるはずはなく、赤坂である、ということである。

いずれの坂も盛岡城主の南部家屋敷そばの坂であったため同じ坂名となったが、上記のように、この坂よりも赤坂の南部坂の方が古い。

南部坂ドイツ大使館壁 南部坂ドイツ大使館壁 南部坂ドイツ大使館壁 南部坂中腹 この坂は左手の有栖川宮記念公園の樹々がよく目立ち、坂を上ると、右手のドイツ大使館とその歩道に沿った壁が印象的である。

その壁に貼りつけてあった案内(左の写真)によると、ことし(2011)は、日本とプロイセン(1866年からは北ドイツ連邦、1871年からはドイツ帝国)との間で修好通商条約が締結されてから150年で、それを記念する行事が行われているらしい(詳しくは「日独交流150周年」参照)。

1860年(万延元年)、オイレンブルク伯爵(左の写真の下左の人物)の率いるプロイセンの東方アジア使節団がドイツの諸国を代表して日本を訪れ、条約が1861年1月24日に調印された。そのとき使節団の一員として来日したドイツ人画家が描いた江戸の風景画が風景画集「オイレンブルク遠征図録」として残っているらしく、今回、記念行事の一環として、その150年前の江戸の風景画を説明文とともに大使館の壁に坂下から順に22枚貼りつけて紹介している。2,3枚目の写真はそれを撮ったものである。いわば、江戸の風景の坂道展覧会である。なかなか面白いアイデアと思った。

南部坂上 南部坂上 南部坂上 南部坂上 壁の絵をながめて、写真を順に撮り、ふと気がつくと、坂上であった。坂上を進むと右側に標柱が立っている。

このあたりは、何年か前に訪れているが、この坂は今回がはじめてである。赤坂の南部坂の記事を書いたとき、南麻布の坂巡りはしたがこの坂には来ていないことに気がつき、それ以来気になっていた坂であった。ようやく訪ねることができたが、坂道展覧会とあいまって印象に残る坂巡りとなった。
(続く)

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
「大日本地誌大系御府内備考 第四巻」(雄山閣)

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