東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

中村みつを「お江戸超低山さんぽ」

2010年03月09日 | 読書

東京の『山』というと、最高峰雲取山や高尾山や奥多摩の山を思い浮かべてしまうが、「お江戸超低山さんぽ」(書肆侃侃房)が紹介するのは、そういった山ではなく、東京23区内の山である。「超低山」のタイトルがおかしく、これにひかれて思わず買ってしまった。著者はイラストレーターで、山の案内図がよいため登ってみたくなる。

十一峰が紹介されているが、最高峰は戸山公園にある箱根山である。標高44.6m。最低山は品川富士で標高約6m。ただし、登り口の標高との関係で実感的高さは単純に標高に比例しないかもしれない。

西郷山は、目黒の西郷山公園で、西郷隆盛の弟で海軍大臣も務めた西郷従道の別邸があったことに由来する。従道は兄を招くためこの地を得て庭園と邸宅を構えたとのことだが、隆盛は西南戦争で敗れ訪れることはなかった。旧山手通り方面から行けば、登るようなピークはなくほぼ平坦であるが、目黒川方面から行けば、坂道でなく「山道」を登らなければならず、なるほど山である。なお、坂は上るでよいが、山はやはり登るである。ここは西側の眺望がよい。夕焼けを見てみたいところである。

道灌山近くの富士見坂もあるが、ここも日暮里駅から諏訪台通りを通って行けば、そのまま坂上に至るので、山という感じはしない。したがって、坂下からか、西日暮里駅から行かないと山の実感はない。この坂でいつかのんびり遠方を眺めていたら、突然車が坂を上ってきたのにはびっくりした。ここは車道である。坂上からさらに進み諏方神社に入ると、右手に展望のよいところがある。東側の眺望がよく、眼下に山手線などの電車が通る。ここから西日暮里駅方面に下る坂が地蔵坂(階段)である。近くの浄光寺の地蔵尊から名がついた。

千駄ヶ谷富士と品川富士はいわゆる富士塚である。江戸時代に富士山信仰がさかんになり、富士講をつくって富士山に登ったが、登れない人のためにつくられたのが人造富士、富士塚である。本書によると、都内に残っている50ほどの富士塚の内、千駄ヶ谷富士が最も富士の姿をとどめているとのこと。千駄ヶ谷の将棋会館近くの鳩森八幡神社内にある。坂巡りの途中立ち寄り登った記憶がある。品川富士は第1京浜そばの品川神社にある。かつて北品川を訪れたとき御殿山方面に進みここには行けなかった。

紹介の中で知らない山があった。池田山(標高29m)。東五反田五丁目にあり、備前岡山藩主池田家の下屋敷の一部が池田山公園となったとのこと。超低山といえども、山であるから、登山口から登りに行きたい。いきなり頂上では興ざめである。アプローチの仕方が問題のようである。

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