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日々是好舌

青柳新太郎のブログです。
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諺に茶は人化かす狐草

2018年03月18日 14時12分32秒 | 日記
 今回ご紹介するのは静岡市葵区足久保奥組奥長島にある「狐石」です。

 静岡茶発祥の地の足久保には、「狐石(きつねいし)」と呼ばれる日本で一番大きいと思われる松尾芭蕉翁の句碑があります。
大きな自然石の表面に、天明8年(1788)に駿府の茶商・山形屋庄八(初代竹茗)によって刻まれたと伝わる碑文があり、松尾芭蕉の「駿河路や はなたちばなも 茶のにほひ」の句とともに自らの製茶技術復活の業績が記されています。
 
 竹茗堂の初代・竹茗(山形屋庄八)は、茶道や歌道に通じる文化人でした。宇治に出かけた時、同地の茶が非常に優れていることに感銘を受けた竹茗は、天明の頃、安倍川上流の足久保が茶樹の品種改良に適していると考え、茶園を開きます。そして竹茗自身も鮒沢(舟沢)の辺りに小屋を構えて茶を栽培し、古老から話を聞くなどして、十年に及ぶ苦心の末、青仕立て煎茶の製法復活に成功しました。


 「狐石」の名の由来は、かつてここに狐が棲んでいたことからと言われていますが、諺に「茶は狐草」というのがあるので小生は狐草説が有力だと思います。
台湾日日新報(新聞) 1917.10.17-1917.10.19(大正6)の茶業改良意見 という記事に、三好徳三郎氏談として次のようにあります。

 「余は茶産地たる山城に生れ殆んど半生を茶業に没頭し多年の経験より現在にては自から生産者となり自から販売者となるの簡便を悟了し数年前より淡水方面に茶園を設け自から製造に従事し居れり然るに茶の鑑定程困難なるものなく内地斯業界にては之を狐草と称し居れり即ち茶は光線の如何に依り品質を左右せらるるものにて例えば南受けの光線にては品質優良に見ゆるも北受けの光線にては品質劣悪に見ゆ、斯くの如き商品なれば製造よりも寧ろ販売に注意と努力とを要し純然たる茶農にては能く其の利益を保護し得ざるを以て旁々共同販売機関を必要と信ず云々」と。

 お茶が狐草と呼ばれるのは、水によって味が「化ける」からということからきているらしいです。たとえば、東京で飲んだお茶と大阪で飲んだお茶、あるいは京都で飲んだお茶が、同じ茶葉を使っているのに、まったく違ってくるのは、水によって変わってくるからとも言えます。

 台湾日日新報の記事中には、光によっても変わってくるともあります。
よく考えると、温度によっても変わってきます。
 一方で、お茶の葉の見極めは熟練の技を要するため、知識がないとだまされてしまう、ということからも、茶は「狐草」といわれていたそうです。



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