杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

時の渚

2022年08月18日 | 

笹本稜平(著) 文春文庫

元刑事で、今はしがない私立探偵である茜沢圭は、末期癌に冒された老人から、35年前に生き別れになった息子を捜し出すよう依頼される。茜沢は息子の消息を辿る中で、自分の家族を奪った轢き逃げ事件との関連を見出す…。「家族の絆」とは何か、を問う第18回サントリーミステリー大賞&読者賞ダブル受賞作品。(「BOOK」データベースより)

 

殺人犯に妻子をひき逃げされた茜沢は捜査に加われない腹立ちのまま刑事を辞めて私立探偵になっています。元上司の真田の紹介で余命半年の元池袋のヤクザ松浦から、35年前に池袋の公園で見知らぬ女性に託した息子を探す仕事を引き受けます。手掛かりはユキという名前と彼女が要町で「金龍」という居酒屋をやっていたことだけ。捜し人が茜沢と同じ35歳という点がまず引っかかってきます。

一方、茜沢の妻子の事件当時容疑者だった江戸川区議の駒井が新たな殺人事件の容疑者に浮上し、真田と情報協力することになります。駒井も35歳で、35年前の殺人事件の被害者夫婦の息子ですが、犯人の遺留品の毛髪と被害者の間の親子関係が否定されたため容疑者から外れていました。

ユキちゃんの本名は原田幸恵で、鬼無里の老舗旅館の娘、正確には嫁だったことがわかります。厳しい姑に辛い毎日を送っていた彼女は、客の絵描きと恋に落ちて駆け落ちしていました。働き者の彼女が自分の店を持ち、子供も授かろうとした矢先に不幸が襲い、失意の時に松浦と出会い子供を託されたのです。ここまで読むと、具体的に書かれていなくても彼女が流産したことがわかります。

託されたといっても、養子の手続きは簡単ではない。実子として届け出るために幸恵は旅館の元番頭の助けも借りてある工作をしていました。それを茜沢は彼女と縁のある人たちを訪ねて一つ一つ解きほぐしていくのです。彼らは皆暖かく善意の人たちで、ユキちゃんの人柄もおのずと偲ばれるようになっていました。だからこそ、彼女が育てた息子は駒井であってはならないという思いにさせられます。

並行して、駒井が覚せい剤の常習者であり、自らも麻薬商売に手を染めていることがわかってきます。金に困った彼が両親を殺害したのは状況的に明白ですが、実子と思われていた彼と茜沢の意外過ぎる衝撃の接点が最後に明かされるのは運命の悪戯にしては手が込んでるというか、偶然にもほどがあるというか・・・ 

松浦の息子がユキちゃん夫婦に愛情深く育てられ成長していたこと、松浦の存命中に再会を果たせたことがせめてもの救いでしょうか。

駒井・茜沢・松浦の息子、同い年の彼らの運命とその親子関係について考えさせられます。親を疑うことなく育った茜沢、実子でないことを告げられても変わらぬ情愛で結ばれている松浦の息子に対して、駒井は出生の秘密を知ったことで自身の核を持てずに転落していったのかなと想像しました。駒井自身の弱さと斬って捨てるにはほんの少し同情の余地を覚えました。

殺人事件を扱ってはいるけれど、血なまぐさいシーンはなく、どちらかというと人情に重きを置いた作品なのも好ましかったです。

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