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行ったり来たりの落ち着かない暮らしの中
まださほど長くは暮らしたわけでもないシアトルで
生涯の友になるだろう人たちに、すでに何人か出会いました。
もしかしたらそれは
シアトルという町の持つ
不思議な引力のせいかもしれません。
あるいはそれは
不器用ながらにも一生懸命歩いて来た者の晩年に
「神様がくださるご褒美」なのかもしれません。
出会った友のひとりが言いました。
「年をとってくるとなかなかこういう出会いがなくなるから
メイさんと会えたことはとても貴重なことに思える。」
けれども、私はこう思います。
「いえ、もう私たちの年になったら無駄な出会いなどない。
全ての出会いが意味あるもののはず。」
それが、「神様からのご褒美」ということです。
そんなよき出会いのひとつ、シアトルのミサコさんから
今朝こんなメールが届きました。
体調を崩されたことを聞いて以来、心配していた年上の友です。
「だいぶ元気になりました。
雨が上がってお日さまが顔を出したので、もう5時でしたがカーキークパークに鮭の様子を見に行きました。あちこちでパシャパシャと水音が聞こえると、毎年のことなのに胸が高鳴ります。今年は大きい鮭が多く、中には1メートルもありそうなのがいました。
稚魚を匂い付けしてから流す小さなクリークは、最近の倒木で流れがさえぎられた箇所がたくさんあり、案の定、すきまにひっかかって行き場がなくなってしまった大きな鮭がたくさんいました。これが自然の成り行きなのか、と思う一方でなんだか哀れで胸が詰まりました。教育のためと称して人工的に放流された鮭が、自然の本能に従ってこんな小さな川に帰ってくるわけですが、稚魚ならともかく、こんな小さな流れに成長した鮭を呼び戻すのはちょっとひどいんじゃないかと思います。
やみくもに上流を目指さないで、下流の安全なところで手を打って産卵してくれることを願ってしまいましたよ。どうせ死ぬにしても、鮭だってパートナーに出会って子孫を残してから死にたいでしょ。
あと半月もすれば流れは屍骸でいっぱい、臭くってたまらなくなります。そうやって自然に還って行くわけですけれど、半分は鮭を見たさに人間が仕組んだことでもある、と思うとちょっと切なくて、誰もいない薄暗い公園をどこまでも歩いてしまったシアトルの秋です。」
シアトルも秋、東京も秋。
人も秋、鮭も秋。
食卓も秋。
こちらはシアトルに着いた時の玄関。
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そしてこちらはシアトルを発った時の玄関。
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読んでくださってありがとうございました。
今日もどうぞ良い一日でありますように!
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