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覆面10傑第8位、レッド・ピンパネール

2017-03-31 06:19:05 | 日記
実力はあっても集客力無
 昭和47年3月に旗揚げシリーズを敢行した新日本プロレスには、
大きな悩みを抱えていました。
手薄な日本人レスラーに加えて、興業の看板を張るスター外人レスラー
までもが不在だったのです。

 毎週金曜日は「甦れ!金曜8時の昭和のプロレス」をお届けしています。
今週は昭和を代表する10名の覆面レスラーの第8位、「幻の足技を駆使
した赤い覆面男」です。

 アメリカマット界の主力選手を招聘しようとする新日の試みは、老舗
日本プロレスの熾烈な妨害でことごとく失敗していました。
大会場に客を呼べるのはカール・ゴッチしかいません。
 その苦境を打破する為に、日本プロレスでアジアタッグ選手権に挑戦
した経歴のアベ・ヤコブを変身させる奇策に打って出ました。
「ショーマン的な要素で覆面を被っているのでは無い、どうしても着け
なければいけない理由があるのだ。」
思わせぶりなゴッチの推薦文と共に、正体不明の赤覆面として来日を発表
したのです。

 ヤコブがアメリカ国内でパット・オコーナー、ジン・キニスキー、
ルー・テーズらに挑戦している事は報じられていましたが、実力はあれども
何とも地味な姿のままではファンの食指は動かなかったでしょう。
ところが怪覆面に転じた途端、注目されたのです。
 同年9月には猪木がゴッチから奪ったベルトに挑戦を果たし、27分43
秒必殺卍固めに敗れたものの大会場のメインを務め上げました。
翌73年5月にも来日し猪木とシングルで戦い、アンドレ・ザ・ジャイアント
らの有名レスラーを呼べる様になる迄の間、手薄な外人勢の中核を占める
貴重な働きをしたのでした。

画像データー無し

 ピンパネールの代名詞は足技のキウイ・ロールです。
初登場した頃は毎試合の様に繰り出して、豊登らの日本勢をおおいに苦しめ
ました。
しかし当時の新日にはテレビ中継はありません。
残念な事に会場に行ったファンしかこの技を見ていません。
 現在ネットで検索しても画像はありません。
<相手の片膝に自分のスネを押し当てて、残った足をフルに使いながらマット
の上をグルグル回転する技>と解説されますが、実際に見ていない者には
その動きはイマイチ想像できません。

 何とかして写真を見たいと探し回り、たった1枚を見つけました。
昭和47年3月から50年12月までのパンフレットを収載した「新日本プロ
レスリング パンフレット縮小版」です。
400ページを超える電話帳の程の分厚い本の92ページに「これが必殺
キウイ・ロール」の文字と共に、何とも不鮮明な白黒写真が載っていました。
 マットに仰向けになった相手の左足の膝の下には横方向からピンパネールの
左脛が押し当てられています。
分かるのはそれだけ、両選手の右足がどう働いているのか、ピンパネールの表情
はどうなのか、それらは全く見えない構図です。
 新日の黎明期を支えたピンパネールの晴れ姿は、この1枚しかありません。 

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