衆議院が解散した16日以来、NHKテレビなどで盛んに政治に対する「街の声」を取り上げている。こんなとき必ずといってよいほど、原発事故で避難した人々が「福島の声」の代表として紹介される。それもどちらかというと、政治の負の象徴のように扱われる。仮設住宅での窮屈な生活。帰還も覚束ない厳しさ。そしてそれが福島全体の現状のごとく印象を与える。
確かにこうした避難民の厳しい環境は福島県民の側面であることは間違いない。しかしそれは実際一部である。なぜメディアはもっと多様な福島を紹介しないのだろうか。たとえば、すでに避難区域が解除された自治体は、問題を抱えながらも復興に向けて進みだしている。あるいは一時出荷停止に見舞われた農家や漁村は食の安全を必死に訴えるべく生産回復に励む。観光地は風評被害の逆風と立ち向かい活気を取り戻そうとする。地場産業は住民雇用を再構築し福島経済の活性化に尽力する。そして多くの一般県民は一時の放射能不安を克服し、日常の福島を見いだそうと思っている。
こうした多くの前向きな福島の人々が、今の政治に何を望んでいるのかをもっとメディアは掘り下げるべきだ。避難民の今後の補償も確かに必要だし政治が取り組む課題であろう。しかしこれはある意味負の清算であり、それだけで事足りるというものではない。もっと福島全体が今後力強く復興するために支援する政治であって欲しい。メデイアもいつまでも事故被害に苦しむ福島といったイメージ先行で報道するのもいい加減に改めるべきだと思う。