自由報道協会の上杉隆氏が、経済ジャーナリストの池田信夫氏やその運営サイトを名誉毀損で訴えた裁判は、昨日最初の口頭弁論が行われた。裁判の今後はどう見ても上杉氏に不利なことは明白だ。上杉氏は自分が提供した資料を読売の資料と同じ内容だと認めたが、記事の発信は読売が先になっているので記事盗用疑惑は遺憾ともしがたい。
ここでその記事云々を論ずるつもりはない。驚いたのは昨日の口頭弁論に原告としては上杉氏本人が出席せず「老弁護士1人」だけだったことだ。被告の池田氏側が6人の大弁護士団だったのとは対照的だ。池田氏が「こんなやる気のない原告ははじめてみた」と酷評していたのもうなずける。自由報道協会の内紛を乗り切りためのアリバイづくりといわれても仕方がない。
先月も12人の理事の一人畠山理仁氏が会を離脱した。畠山氏が退会の経緯を自分のブログで激白していた。
「取材者たちが自由に取材する権利を確保することで、多様な情報が世の中に流通する」ことを目指して彼もその設立メンバーに名を連ねていた。しかし、現実には組織の中核になる理事会が、即席の寄り合い所帯といった性格が強く、その経済的基盤も脆弱だ。自由報道協会のサイトを見て、まず気がつくには「寄付」の依頼の文字である。協会の理想とは裏腹に運営面での資金的な厳しさが窺える。
各省庁で記者会見を開くにも自前の会見場をもっていない。会見の運営費(会場費、人件費など)も当初会員の持ち出しによって工面するほどであった。しかし、それで運営は立ち行かず広く寄付を募っているのが現状だ。
畠山氏自身も慣れない事務の雑事に没頭され、本来の報道活動の障害になっている。しかしブログで明らかにしていたが毎月の10万円程度の手当てさえも、厳しい財政事情を考えたら心苦しく感じていたようだ。
しかし、関連書籍出版を巡る畠山氏への不当な嫌疑が協会不信を引き起こし、今回の上杉氏の盗作疑惑が決定打になって彼を退会に追い込んでしまった。自由報道協会の理事らが共同出筆した書籍(被災支援を趣旨とした内容)を出版するに当たって、出版元から印税と制作費が支払われた。普通編集は外注するのだが、経費節減のため自前で編集作業を行った。編集は協会とは別に協会の有志が独自に進めていたが、畠山氏も理事として唯一その作業に加わっていた。100万円近くなる印税は被災地支援の活動資金に回され、制作費25万円が編集者たちに分配された。畠山氏はそのうち3万6千円を受領した。原稿料は無償だという。
しかし協会仲間からは印税をも「つまんだ」のではないかと疑われてしまう。会計報告が遅れたことはあるが、こうした嫌疑は彼には身に応えたようだ。そして今回の上杉盗用疑惑。協会規約に「ジャーナリストの職業倫理の向上」を唱っているのに上杉氏は満足な回答をしない。報告書を出すといっていたが、一向にその気配がない。仕方なく畠山氏が裁判所で訴状を閲覧し「真相」確認する有様だ。(まちろんそれを読んでも納得するには程遠かった。)
それでころか上杉氏は自分から緊急理事会を招集して、先の出版での「不明瞭な運用費」を問題にして畠山氏を追求する始末。ここに堪忍袋の緒が切れたということだ。
協会の理念は素晴らしい。しかし、会員の言動が良きにつけ悪しきにつけ注目を集めれば、結果として「会員の評価」が「会の評価」に影響を及ぼす可能性があります。いくら「自由報道協会はメディアではない」と内部の人間が力説しても、外部からは理解されないのではないか。
その理念とは裏腹に、協会内部のドロドロした世界から畠山氏が弾けだされた印象が強い。理想を掲げて旗揚げしただけに、こんな現実を見せられては幻滅に転じるのは早い。まして寄付を募るのなら尚更だろう。
私はその責任を取るためにも、協会を退会することにいたしました。精神面での疲弊とともに、経済的な面での疲弊も一因だったことも申し添えます。
上杉氏以下、依然協会で留まる理事たちはこの悔悟さえ窺える無念の思いをどのように感じているのだろうか。