粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

マイナー化する反原発

2012-11-02 13:12:12 | プロ市民煽動家

上杉隆氏の記事盗用疑惑はもはや彼を記者生命の瀬戸際にまで追い込んでいる。彼の主宰する自由報道協会も脱退者が続出し崩壊寸前だ。多くの有力者から見放され、彼の支持基盤は一部熱狂的な上杉教信者のみだ。

そんな折、群馬の「信者」が、上杉氏らのデマを糾す江川紹子さんや福島の郡山でその再生に尽力する佐藤順一氏をツイッターで中傷して問題になっている。中学の国語教師のようだが、その内容には呆れてしまった。

江川紹子さんは郡山のジュンイチ夫妻と線量測って回ったってけど、線量を低く見せてた本人と一緒に回るって、ジャーナリストとしてどうなのよ。開成山公園も行ったって言うけど、あそこは僕も実際に測ったけど地上1mで1μSv/h超えるところがゴロゴロあった。一体誰が嘘をついているのか?

特に「線量を低く見せてた本人」と槍玉に挙げられた佐藤氏が、その「信者」に謝罪を求めたが、反省する様子もない。むしろ「郡山では1μSv/hを超える高線量のところが多い」ことばかりを強調して「低く見せる」行為の当否からはひたすら逃げるばかりだ。子供でも抱く疑問にこの国語教師は答えない。

大学教授やジャーナリスト、政治家ならばその立場からある面責任が重い。しかしこういっては何だが、一介の中学の国語教師の私的なツイート(中傷そのものは言語道断だが)ならば「ごめんなさい」で済むかもしれない。それで彼のキャリアに大きな傷がつくとは思えないのだが、この教師の胸中を計りかねる。

思えば、反原発派の「逆噴射」そのものは規模も小さくなってきた。いまや学者や有名ジャーナリストの反原発の煽りも影を潜めている。彼らがいくらそんなデマを流しても反発を食らうほどに、一般国民の目は冷静になってきている。大新聞、テレビ、有力週刊誌も同様だ。

いまや一部マイナーな市民活動家やこうした中学教師などの無名なネット人が中心だ。メディアにしてもローカルな放送局、宝島やカタログハウスなど変わり種の出版社ばかりだ。あれほど盛り上がった官邸前デモも今は消滅寸前だ。

こうしたマイナーな反原発派は影響力は限定的だ。一般世論にはならないが、ただ中核のコアーの部分は依然として残っている。反原発の煙は燻り続けている。拡散の狼煙から思わぬ火の粉が広がらないとも限らない。今後もこうした動向には注意を払う必要がある。