『オールドボーイ』 2015年3月1日
毎日、毎日、同じパターンで追われるようにして過ごしてたので小休止すると調子が狂うね。でも、のんびりできるから幸せだね。
駄文自体は、今のところは、毎日気を張って書き続けてた日々と同じく、二日にせよ三日にせよ間を空けても考えるのに変わりは無い。
春になって、ウロウロ外に出かけて発想の何かが変わればいいのにね。「何かって何や?」 そんなん解るかいな。
レベルの高い人からすると、大層なことを云うとるわってお思いでしょうが、低いものには低いなりに迷うもんでぇございやす。「またや」
お笑いくださいませぇ、人間、迷い迷い、生きて往くもんじゃあございやせんかぁ? 「誰のつもりで喋ってんねん?」
何を隠しやしょう、鶴田浩二って、けちな野郎でぇございます。今の世の中ぁ、右も左も、真っ暗闇じゃあ~ございませんか。「なんのこっちゃねん?」
西は、和歌山の紀ノ川沿いで子供が刺されて殺されて世間が吃驚冷めやらぬうちに、東は川崎の多摩川沿いで子供が首を切られて突かれて殺される。
いったい何をやっとんねん? いいことを教えよう、どうしても殺したかったら、まず、自分を殺せ。欲求も晴れれば害にも及ばん。
なんなんだろうかねえ~? 改めたい気持ちがあるならば、まず、言葉を改めろ。努めてきれいな言葉を使え。人は、言葉から崩れ堕ちることを知れ。
些細なことが原因なんだよ。若い時は粋がって言葉を崩す、言葉を崩すから行為が雑になる。行為が雑になると粗くなっても気づかない。
精神が荒廃する第一歩だよ。作り言葉でもいいからきれいな言葉を使っていれば慣れる。日々の積み重ねを軽く見てはいけない。
癖にしろ。習慣になれ。そして、いつしか、それが本質になるんだよ。言葉が人を創るんだよ。自分を律することを覚えるよ。
人も生暖かいところでは腐るんだね。自分に課して寒風の川原で裸で耐えろ。人間が生きて往くための基礎を身体が覚えてくれるよ。
世の中には、もともと残忍冷酷を本質とする人が居るんだろうかねえ? 救えない人ってのは、それに負けない心を養うことだろうね。
「おまえも言葉がきれいとは云えんで」 そうでしょうか? 「急に上品になるな」 使いこなせれば、其れはそれで操作能力があるんだよ。
つまり、言葉で人間性に影響される段階を突破した完成品だよ。今のオレが精進せねばならんのは表裏の無い人だよ。「あるのか?」 ちょっと。
「善い人が悪い人にもなれるってことか?」 反対だよ。悪い人が善い人にもなれるってことさ。「完璧な悪やないか」 そうか?
オレの場合は知恵が邪魔するんだよ。使わずにおこうと律してるんだけど思いとは裏腹に知恵走りするんだよ。オレが生きる武器だったからね。
猿と一緒だよ。「お前は、自分を上げてるのか下げてるのか解らん奴やね?」 それが知恵だよ。
「その知恵の極意を云ってみろ」 う~ん、一言で云うならば、自分の置き場所を心得ることさ。「不動じゃないのか?」 浮遊してんだよ。
雲と一緒さ。白にもなれば黒にもなる、怪しく正体が解らんグレーにもなるし、スカッと晴れたら遠慮して消える。
「いつか、息子に、おとんは実体がないねんって云われた話をしていたな?」 よう見とるで、流石だよ。 「自慢できることかあ?」
基本とするところはね、人が心地良ければ、それでいい、これだよ。「おまえは?」 人が喜んで悪くいくことはないよ。
『エリザベス・オルセン』
『オールドボーイ』って映画を観たんだけどね、オレの勘は、まだ、ボケてなかったよ。
後半に入った頃から、これは韓国映画のリメイクじゃないんかなって思ったの。で、観終わって検索してみたら、やっぱり、そうだったね。
なんか、泥臭くて血なまぐさい展開だから、ふっと「悪魔を見た」って韓国映画が過(よ)ぎったよ。でも、原作は、日本の漫画なんだね?
バットやナイフを持った大勢のチンピラを相手に金槌一本で戦うシーンがある。どいつもこいつもボコボコにどつきまくって相手は全滅。
でも、主役も背中にナイフを深々刺されてる。其処へ新たに大勢が現れて、もう、あかんやろって思ってたら視界を塞ぐ扉が開いたら、こいつらも全滅。
もう、滅茶苦茶に強すぎる。自分で背中のナイフを引っこ抜く。別に格闘家でも傭兵でも特殊部隊上がりでもない普通の男なんだけどね。
『ジョシュ・ブローリン』
風呂もトイレもベッドもテレビもある部屋に監禁されて、自分が、離婚した元妻を強姦して殺して逃走したとテレビのニュースが騒いでる。
監禁されるまでは、だらしのない酒びたりの不良サラリーマン。訳解らぬまま20年間監禁されるんだね。
20年後、気がつけば、狭い箱の中、おもくそ蹴飛ばすと大きなトランクの蓋が開く。太陽が眩しい。野原の真ん中で解放されるんだね。
『オールドボーイ』 2013年アメリカ作品
スーツ姿に着替えさせられ散髪してスッキリした男(ジョシュ・ブローリン)、時代は進んで携帯と札束が用意されてる。
箱から辺りを見回すと野原の向こうに黄色い傘を差した女性が居る。20年前に見た女、男は、箱から飛び出しざま、
見覚えのある女を追跡するんだけど見失う。多くの人が行列する中で混乱する男、其処で医療ボランティアの女性(エリザベス・オルセン)と知り合う。
自分に濡れ衣着せて元妻を殺した奴を探さねばならない。幼い一人娘は助かって養女に貰われ、今ではチェロ奏者で有名になっている。
監禁された部屋で、其の経緯を伝えるテレビ番組で成長した娘を観て歓喜するシーンがある。何でもええけど、粗筋は、ホンマに鬱陶しいね。
「粗筋程度は映画紹介には必要だよ」 オレは、もう知ってるんだよ。「当たり前やないか、読んでる人は解らんやろ」 面倒で歯がゆいんだよ。
終らないんだよ。粗筋は、他所のブログなどで読んでもらって理解した上で、オレのブログを覗いて欲しいよ。「なんちゅう奴や」
オレに云わせれば、この映画はだね、近親相姦が発端で近親相姦で復讐する計画の行程上、20年間の監禁が必要だった。
それは何故かというと男の娘の成長を待つためなんだね。親娘の近親相姦を目撃されて吹聴された学校経営者が散弾銃で一家無理心中する。
弾丸が急所を外れて一命をとりとめた息子(シャールト・コプリー)が、目撃した事実を吹聴した男(ジョシュ・ブローリン)に復讐するんだよ。
つまり、男にも近親相姦をさせて親父と同じ苦しみを味あわせるためなんだよ。財産家だから金は困らない。趣味の悪い計画だね。
懲り過ぎだね。馬鹿みたいな復讐だよ。映画だから20年間でも、アラヨで終るけど、実際だったら忘れてしまうよ。「執念深いんだよ」
『シャールト・コプリー』と謎の女性 この女性が強いんだね。
そもそも、親父と娘の不埒な関係がことの起こりだからね。学生時代の男の軽はずみな吹聴は、若気のいたりってとこがある。
学生時代の友人がバーを経営してんだけど、男は其の友人を頼って現れる。この友人が、舌切り取られて殺されて一番迷惑被ったよ。
この友人と医療ボランティアの女性にも協力してもらって謎解きに奔走するんだね。背中のナイフの傷も、此の女性のお陰で治癒する。
モーテルで二人きり、風呂上りの裸身にバスタオル姿で男の傷を手当てするんだけど、ハラリと落ちかけるバスタオル、ええねえ~色っぽいねえ~。
堪らず男は女性を抱き寄せる。大きな乳房がむぎゅう、ハラリと落ちるバスタオル。ええねえ~。
男も女も衝動的に、もう、あかん、我慢できないっ。ええねえ~。もう、理性は飛んで動物の世界。ええねえ~。
『今回の写真は、特別大サービスだよ』
二人の激しい姿が、壁一面のモニターに映ってる。「なんや? なんでや?」 盗撮されてんだよ。
ラスト近く、娘を囚われた男は、突き止めた復讐鬼と化した息子と対峙する。地下に案内されてチェロの音色が聴こえるほうへ駆けつける。
テレビで観た娘が、眼を腫らしてチェロを弾いている。ガラス張りの向こうの娘に復讐鬼は「もういい」と指示する。
娘は、眼の周りの腫れた痣をハンカチで拭いはじめる。男は、すぐには理解出来ない。痣を拭い取ると娘は席を立ち、さっさと姿を消す。
復讐鬼は、笑いながら、計画を成り立たすために10歳の時から雇っていた娘だと説明する。じゃあ、チェロ奏者の女性は娘じゃないのか?
呆然としている男に復讐鬼は、監禁部屋のテレビの放映は自分が創ったものを流したと説明する。
もう、ゲームはやめろっと激昂する男に、復讐鬼は壁をモニターにして男の元妻が強姦されて殺されるシーンを見せ付ける。やめろっ。
そして、男の愛娘が映る。成長した娘が映る。そして、それは、医療ボランティアの女性だったんだね。モーテルでの情事が映し出される。
男は、信じられない展開に茫然自失、泣き伏し、オレを殺してくれと哀願する。その苦しむ姿を見たかった。
目的を果たした復讐鬼は、勝ち誇って銃を口に咥え込むと引き金を引く。なんと、まあ、後味の悪い結末なんだろうかね。趣味の悪い映画だね。
書くのを忘れてた。そんなに都合よく親娘がめぐり合い、謀ったように肉体関係に堕ちるかあって思うでしょ?
野原の真ん中でトランクから出て黄色い傘をさした女を追うね、これは、まず、娘に会わせようという姦計なんだね。
でも、それだけで関係が発展するかあって思うでしょ? ここからは、娘の性質、性格、志向性を利用したゲーム要素の可能性を愉しむんだろうね。
困っている人を捨て置かない慈愛の心を悪用してんだね。貧しい人たちを助けるべく医療のボランティアで活動する心優しい娘なんだね。
双方が気付かない分け合った血の引き合う力も働くんだろうかね?
20年の空白に戸惑いながら必死に真実を探し求める男に同情するであろう思惑通りの展開を見たんだね。
それに、この男は、監禁されるまでは女好きでだらしのない奴だったから、まずは、成功率50%の確率は計算できたんだろうね。情けないね。
この韓国版を観てないから決め事云えないけど韓国映画って、こういう陰湿で残酷な映画を創るのが上手いようだね
「悪魔を見た」なんかでも残虐さが徹底してたもんね。いやでも想像せずにはおれん描写の手腕が冴えてるよ。
アメリカは、此の手の描写力ってのは、よく頑張って 「ゴッドファーザー」 レベルが精一杯ではないんかいなあ? 「怒りよるぞ」
2月も去って3月に入ったね。もう、春だよ。人生、なるべくは明るく健康的に生きたいもんだね。
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